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麗の様子

「コードが乱雑してるから、足元に気を付けて」


 蒼汰はもえかの腕を肩に回してエスコートする。

 濡れた患者用手術衣に冷たさを覚えるが、蒼汰の肌にはもえかの体温がしっかりと伝わってくる。


 もえかも蒼汰に身を預け、彼の暖かさを肌で感じていた。


 もえかは覚醒し切れていない弊害で、おぼつかない足を必死に動かす。


「……ねえ、蒼汰君」


「……どうしたの?」


 蒼汰はもえかの横顔を覗き込む。


「もう1人の私のお墓、建ててあげたいな」


 それはクローンのもえかを気遣った言葉である。

 クローンは自分自身を余計者だと思い込んでいる。

 だがここにいる本物のもえかは、作り物も本物の自分だと思っているのだ。


 本物は決して偽物から目を反らさない。

 

 そして蒼汰も本物のもえかと同じ意見を持つ者として、彼女の提案に暗色を示すことはない。


「そうだね、『ゼネラルメビウス』にお墓を建てようか」


 この世界もいつ終わりを迎えるか分からない。

 だからお墓は、向こうの世界に建てるのである。


 入口扉の前で、蒼汰は開閉スイッチを押し込む。

 

 重々しい自動扉が左右に開放され、ヘスティアたちのいる通路へ。

 

 彼女たちのいる通路は、様々な機材のランプで照らされたこの部屋よりも暗い。


 だが僅かに照らされた通路に、確かに人影が存在しているのが確認できた。


「――おまたせ、3人共」


 蒼汰の呼びかけに反応する()()

 

「……?」


 蒼汰はその場に、4人目の誰かの存在に気が付いた。

 目を凝らしたが、顔はよく見えない。

 分かることといえば、男の体格をしているということぐらいだろう。


「えっと……」

  

「ああ、すまない」


 身元の割れない男が、開口一番謝罪を述べる。


 そして靴を鳴らし、蒼汰ともえかの前にまで歩み寄る。


「――初めまして、吉野蒼汰」


 蒼汰が見上げるその男は、被っていた中折れハットを脱いだ。


「私はファルネスホルン最高評議会日本支部の、後藤という者だ」


 蒼汰に簡単な自己紹介をし、蒼汰に手を伸ばす。


「――吉野蒼汰です、初めまして」


 蒼汰は後藤の手を握り返す。

 

 30代後半といった風貌の紳士は、再び中折れハットを被り直す。

 こうして近くまで歩み寄って挨拶であるため、暗がりでも後藤の服装が見て取れた。


 黒色で統一されたスーツとロングコートを羽織り、磨かれた革靴が光りを反射させる。


「今回の騒動ではご苦労様、君の活躍は聞いているよ」


「ありがとうございます――それで、後藤さんは一体……」


「――ああそうだったね。私は命令があって藤ノ宮を迎えに来たんだ」


 後藤は件の藤ノ宮の方へ向き直る。

 

「彼女に出頭命令が下った。今回の人工魔法少女関連の報告だよ」


「出頭命令……」


 彼女の職務からして、おそらく今回の騒動の事情聴取かその類の出頭であろう。


 だが蒼汰は心の中で暗雲がくすぶる感覚を覚える。 

 今まで、こうしてファルネスホルンの人間が直接麗を迎えに来ることはなかった。


「私は彼女を連れて一足先にここを出て、すぐに日本支部へ向かわなくてはならない。だから――」


「いえ、命令を優先せねばならないことは理解しています。僕たちは僕たちでここを出て家に帰りますので」


 考え過ぎであろうか。

 これまで様々な思考を行使し、あらゆる難局を乗り切ってきたことによる思考過多であろうか――


「そうか、ご高配感謝する」


 後藤は腕時計を確認し、早足気味で麗の許へ向かう。


 蒼汰もヘスティアと幸奈のところへ向かった。


 彼女たちはそれぞれ、床にしゃがみ込んだり壁に背を預けるなどしている。

 まともに戦闘を行えるだけの余力はもうない。

 増援が出てこないことは幸いだった。


 その時、蒼汰の視界に奇妙なものが映った。

 両腕で自らの体を抱き、何かに怯えるように震えを見せる少女。

 藤ノ宮麗である。


「……藤ノ宮、どうしたの?」


 この暗がりの中でも分かるほどの異質感。

 

 世話しなく瞳が揺れ、全身を汗が流れ落ちる。

 

 何度か息を呑む音が聞こえる中、様子のおかしい麗に後藤が声をかける。


「さあ行こう、藤ノ宮」


 後藤が藤ノ宮の腕を掴んだ。

 彼に触れられ、麗の肩が大きく跳ね上がる。


「――藤ノ宮、君は自分の成すべきことをしなくてはならない」


 これから日本支部へ行き、今回の事件についての事情聴取が待っている。

 そしてその後に報告書の作成。

 麗には休む前の一仕事があるのだ。


 だが大天使の補佐監査役の彼女であれば、そんなものは日常茶飯事であろう。

 なぜここまで怯えている?


 蒼汰の疑問を他所に、麗と後藤のやり取りは白熱していく。


「義務の完遂は君の本分、我儘を言ってはいけないと教えたはずだが?」


 詰め寄るような口調。

 後藤の言葉に、あの麗が明らかな怯みを見せる。


 麗は何度も喉の奥から言葉を吐き出そうとした。 

 だがその努力も空しく、それを音にする前に腹の中へと引っ込んでいく。


「諜報長官も待っている。君は、君の義務を投げ出す気か?」


 後藤の言葉の瞬間、途端に麗の膝から力が抜け落ちる。


「藤ノ宮!?」

 

 明らかな異常事態を前に、蒼汰は麗に近寄った。


「藤ノ宮、どこか調子悪いの?」


 こんな時に何を言っている。

 そんなもの、見れば一目瞭然だ。


 だが、蒼汰は麗の様子の変化を前に冷静ではいられなかった。


 普段から彼女は義務や責任を重んじている。

 それらに固執した『意志』よりも、もっと自由な『意志』を優先してもよいと麗は訴えていたのは事実だ。

 だからといって、彼女は義務や責任を忌避し投げうったりなど絶対にしないはずだ。


 だったらなぜ、こんなにも『義務』という言葉に拒否反応を示すんだ?


 様々な思考が蒼汰の脳内を錯綜する。


 その間、後藤は力強く麗の腕を引っ張り上げていた。

 無理やり立たされる形となった麗が、ぎゅっと蒼汰の袖を摘まむ。


 何かを訴えるような瞳を蒼汰に向け、不安と戦慄に駆られた表情を浮かべる。


 後藤は麗の様子を観察し、蒼汰の袖を摘まむ彼女を手を取り払う。


「義務を全うしろ、君の価値はそれだけだ。故にそれができれば一人前だ」


 後藤の一言一言が、麗に突き刺さっていく。


「――私の言うことには『はい』と答えろ。そして肯定しろ、君の全ては義務と責任だよ」


 麗への強い当たり。

 後藤が口を開くごとに、麗がひどく委縮していく。


「藤ノ宮……」


 この時、蒼汰は思わず麗に手を伸ばしていた。

 麗を放っておけない。

 そんな感情に揺さぶられ、蒼汰は麗に手を伸ばしたのだ。


「では行こう」


 蒼汰の手は届くことなく、彼女は後藤に引きずられていく。


「ま……待って――」


「――お待ちください!!」


 蒼汰の声を遮る怒号。

 気がつけば、ヘスティアと幸奈が怒髪天を衝く表情を浮かべていた。


「そんな様子の麗を連れて行くことに賛同しかねます!」


「そ、そうです! 麗ちゃんを休ませないと、どうかしちゃいますよ!」


 後藤への敵対心を丸出しにするヘスティアと幸奈。

 彼女たちの反抗を受けながらも、後藤はあくまで冷静な態度を見せる。


「――すまない、彼女をこんな形で連行することを許してほしい」


 そう言いつつ、後藤はヘスティアと幸奈に頭を下げる。


「実は、彼女が人工魔法少女を殺害できる機会に立ち合いながら、それを実行しなかったことに機嫌を損ねた者たちがいたんだ」


 殺害という言葉を聞き、もえかの表情が不安に染まる。


 おそらく機嫌を損ねたのは、もえかに軍事的脅威を感じる者たちのことだろう。


「ファルネスホルン最高評議会には人工魔法少女殺害派が多くいてね。すぐに藤ノ宮が殺害拒否の確固たる理由説明を行う必要だあるんだ」


 麗は今回の戦いで、義務や責任にばかり囚われてはいけないとする考え方を会得した。

 だがそれは、あくまで麗自身の価値観である。 

 組織という枠組みでは、彼女個人の考えなど全く関係ない。


「議会は彼女の行動の真意を知りたがっている。早急な嘘偽りのない答弁が必要なのだよ」


 ――もちろん話を聞くだけだ。反逆罪を押しつけて彼女を投獄する権限など、彼らにはない。


「それに藤ノ宮の任務内容に人工魔法少女の殺害は含まれていない、ファルネスホルンの壁となる可能性を秘めた存在を殺さなかったといって、罰が与えられるわけではないよ」


「で、では……麗のことは心配無用と考えても大丈夫なのですか……?」


「その通りだよシュタルホックス。だから安心して彼女に義務を果たさせてくれ」


 後藤の主張を受け止め、ヘスティアも幸奈も押し黙る。

 彼の言うことに何も言い返せない。


「それに移動中も彼女には食事や休息を摂らせるつもりだ」


 彼の言葉を聞き、ヘスティアと幸奈の感情に穏やかさが戻る。


「――ああそうだ、言い忘れていたことがあった」


 麗を連れる後藤の足がピタリと止まる。


「スパイとして財団に潜入していたクリスティアーネ・シュヴァインシュタイガーが現在行方不明だ」


 後藤の言葉を聞き、麗の驚きの表情を浮かべる。


「観測席でファルネスホルン実働部隊がアルフレッドらを襲撃したそうだが、返り討ちに遭って部隊は全滅」


 ――アルフレッドと体制派(システマイザー)幹部、人工魔法少女主任研究員の死体はなかったそうだ。


 その場に沈黙が流れる。


 誰も言葉を発さず、重い空気が場を支配する。


「――少し長くなったな、私たちはこれで失礼するよ」


 沈黙を壊した後藤が麗を連れ、再び足を動かした。


「――待ってください」


 後藤の呼び止めたのは蒼汰である。


「藤ノ宮は、いつ戻ってこれますか?」


 強い力のこもった瞳を向け、蒼汰は問いかけた。


「……取り調べ終了後、如何に彼女の任務復帰許可が出るかにかかっているな」


 現在ファルネスホルン最高評議会は、突き動かされる情勢への対処に奔走している。

 多忙によるミスで、麗への指示が滞る可能性もあるということだろう。


 それだけ言い残し、後藤は中央エレベーターに乗って上昇していった。


 麗の様子。

 彼女が後藤と何かがあったことは想像に難くない。

 だが今は真相を知る由はない。


 最後に見た麗の姿。

 彼女は必死に蒼汰へ視線を流し、何かを嘯いていた。

 彼女が何を言っていたのか分からない。

 だが、その表情は――


 心の底から必死に救いを求める、囚われの少女そのものであった。








 ……。


 …………。


 ……………………。


『――私には言えませんでした』


 彼女の声は誰にも聞こえていなかった。


『――蒼汰様にも言えませんでした』


 大天使。

 吉野蒼汰に宿った姿なき思念体。


『――あなたが傷つくところを、私は見たくなかったんです』


 そう呟く大天使。

 そうして彼女は、一切れの古紙を眺め出す。


『――今回、本当は『ワルプルギス文書』を回収していたんです』



 ――それは感情に揺さぶられない正しい判断によって行動を起こすことを意味する。それは人間に、いや神にさえ必要なことだ。



『――また1つ、文書が揃いました』


 文書を回収することが大天使の本望。 

 だが彼女は、嬉しそうな表情を浮かべない。


『――このまま回収を続ければ、きっとあなたは気づいてしまう』


 本当であれば、そうなる前に彼女が何とかしたかった。


『――でもごめんなさい、弱い私でごめんなさい、運命を変えることのできない私でごめんなさい』


 心からの許しを請う。


『――今回の文書座標特定と回収の事実を、言葉にすることを恐れていたんです』

 

 大天使がぎゅっと自らの胸元を抑えつける。


『――迫り来る現実を思い出して胸が苦しくなってしまうから、どうしても言えなかった』


 何度も行われる深呼吸。

 とても大切な彼を想いながらも、彼女は決断する。 


『――それでも、きっと伝えます。絶対に――』


 ――その時は一緒に悲しんで、一緒に苦しんで、そして私は、あなたに非情な選択を迫るでしょう。

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