駆逐される思惑、そして――
「そんな……なぜだ!!?」
観測席に響き渡る焦りの怒号。
焦りが焦りを生み,白衣の男たちの間に連鎖的な不安が蓄積される。
何度もエンターキーを押した。
何度もパスワードを打ち直した。
操作に不備はない。
研究員は不安と緊張に押し潰されながらも、何度も何度も起動に踏み切ったのだ。
「どうしたのかしら?」
苛立ちの垣間見えるアルフレッド。
投入したハンターも墜とされ、未だ蒼汰らの始末が終了しない現実。
悪あがきたる、クローンもえかの生命を材料とする簡易魔導発生装置を使った自爆を敢行。
それでも彼らを殺害することは叶わなかった。
そして彼女の自爆をもって、第4援軍のハンターを投入する流れだ。
しかしあまりよくない風向きである。
「そ……それが……」
アルフレッドに話しかけられた1人の研究員。
全身を硬直させ、呼吸さえ止まってしまいそうな強い緊張感に押し潰されていた。
「返答は迅速に行いなさい」
そんな研究員のことを顧みず、アルフレッドは捲し立てる。
彼女の威圧に完全に打ち負かされ、ようやく研究員が口を割った。
「お……オリジナルナンバーが起動を拒絶! 遠隔操作が利きません!!」
彼の口から語られる非常事態。
アルフレッドはティーカップを机の上に叩きつけ、ソファーから腰を上げる。
「オリジナルナンバーが動かない!? それも拒絶ですって!!?」
今までに聞いたことのない彼女の声音。
その場にいた全員が凍りつくほどの圧が観測席を支配する。
「すでに数十回の起動操作を行いましたが、いずれも失敗――」
アルフレッドの指示を受けてから、何度も繰り返した操作。
その全ての操作を跳ね退け、オリジナルナンバーは未だ培養器の中で眠っている。
(やはり吉野蒼汰の影響かしら……)
アルフレッドも研究員も、もえかが彼に好意を抱いているのは知っている。
それはオリジナルナンバー、つまりオリジナルの狗神もえかも同様である。
吉野蒼汰への慕情。
そして彼と戦いたくないという想い。
それらが人工魔法少女の起動に影響を与えたのか?
彼女のクローンも『意志』に力によって奇跡を成した。
では今回も?
(元々大天使との共闘を想定している人工魔法少女、大天使の存在を動物的な直感で感知できる機能が備わっているから、吉野蒼汰が研究所にいることを察知した?)
共闘を前提にした戦闘の場合、味方の位置を正確に掴むことは重要である。
彼女は大天使と違い、後天的な調整の可能な人工魔法少女。
バディである大天使の位置を補足する機能が、彼の居場所を特定。
――しくじった。
量産型として通常戦闘を主眼にしたクローンにはない機能。
オリジナルの彼女にしかない機能が、今の状況を作り出したのか……。
(いや、それでも……オリジナルには『BWP』による洗脳制御を施していないとはいえ、彼女自身に制御術式があるはず……)
アルフレッドは現実に回帰し、せわしなく動き回る研究員に声をかける。
「――彼女の起動ができなくとも、遠隔操作によって無理やり起こすことはできるわよね!?」
「――すでにそれも実行済みです。ですが反応なし……我々は狗神もえかを制御する手段を完全に失いました!!」
徐々に引きつっていくアルフレッドの表情。
オリジナルの人工魔法少女の制御装置は、そう易々と破られるものではない。
いくら『意志』の力が働こうが、どんな局面も問答無用で突破できる現象ではない。
もしくは洗脳?
オリジナルには大天使の洗脳による戦闘力上昇や蘇生も想定されており、洗脳遮断装置は搭載されていない。
いや、しかし――
(大天使がオリジナルに洗脳を施した形跡などない、なら外部からの干渉?)
――そんなことは……。
いや――
可能だ――
アルフレッドには心当たりがある。
体制派の資産でありながら、飼い主の手を煩わせる存在。
強制的な平和の維持を強制させることが可能である存在。
基本的に万人に通用する洗脳を施す、非常に効果的で戦略的な存在。
それは、この世界における日本国首都東京に築かれた、神々しき産物。
宇宙エレベーター『ヴァリアラスタン』の高軌道ステーションたる『ナノタウン』に存在するもの。
――『システム・ヴァリアラスタン』である。
(やはりシステムが独断で洗脳を……)
かのシステムが狗神もえかに洗脳を施し命令した――遠隔操作を拒むように。
(……あの時『システム・ヴァリアラスタン』のストッパーをファルネスホルン奪われたから、こうなったというわけね……)
これ以上の失態を積み重ねるべきではない。
「――総員に通達するわ。残存ハンターを即時投入、そして……」
「――研究機関の自爆などさせませんよ」
自暴自棄寸前のアルフレッドの背後から轟く声。
それと同時に、乾いた発砲音が立て続けに鳴り響く。
その銃撃は吸い込まれるように白衣の男たちを赤く染め上げる。
人工魔法少女の主任研究員だけを除き、命の糸が断ち切られた。
「――貴様!!」
アルフレッドの隣に座っていた幹部が拳銃を抜く。
銃声の方向へ銃口を向け、引き金を触る指に力がこもるが――
手元の爆発。
飛び散る鮮血。
幹部の握っていた拳銃が突如破裂し、彼の手の内をズタズタに引き裂いた。
「――抵抗はしない方がいいわよ」
風穴の開いた観測席の扉を蹴破る轟音。
複数のブーツの音が連鎖し、そして一同が観測席に集結する。
「……このタイミングで素性を明かすのね? シュヴァインシュタイガー」
焦りながらも冷静を取り繕うアルフレッド。
「あちゃー、私の正体に薄々気が付いていたような口ぶりね」
拳銃で研究員を抹殺したのはクリスティアーネである。
そして彼女の斜め後ろ――
幹部の銃を破壊した完全武装の黒服部隊員たちが、一斉にアルフレッドに銃口を向けていた。
「……ファルネスホルン最高評議会が寄越した戦闘部隊ね……」
忌々しく吐き捨てるアルフレッド。
背後の戦闘部隊の銃口に合わせ、クリスティアーネもアルフレッドに照準を向ける。
「オリジナルの起動失敗、どうやらファルネスホルンがストッパーを回収した影響で、システムの『意志』を抑えられなかったみたいね」
歌うように失態の原因を語るクリスティアーネ。
「ファルネスホルンが『システム・ヴァリアラスタン』の真相を掴めていないとでも?」
アルフレッドの眉間に皺が寄る。
「圧倒的な力を持てば、それは敵勢力への牽制と同時に攻略対象にもなるわ。だから私たちは裏の顔を覗き込むために必死にもなるのよ」
クリスティーネの言う裏の顔。
表の顔は、強制的に平和と秩序を創り出し、世界最高の幸福都市を作るもの。
裏の顔、もとい真実の顔はそんな生易しいものではない。
「さすがに、敵勢力を問答無用で洗脳できる兵器なんて無視できるはずもないわ」
クリスティアーネの追い打ちに、アルフレッドは表情に不快感を浮かべる。
『システム・ヴァリアラスタン』は体制派にとって重要機密の1つ。
それが漏洩されているとすれば、他の同じ機密レベル事項は――
「……あなたたちはどこまで掴んでいるの?」
「さあ?」
当然、クリスティアーネは明言するはずもない。
「――そろそろ連行するわ。尋問室で色々と、特に第4計画――『Mmw計画』について話してもらうわ」
アルフレッドの無言の目配せ。
2人の戦闘員がアルフレッドと幹部、そして主任研究員に手錠をかける。
「――吉野蒼汰たちを連れて脱出するわ、彼らと共闘して残存ハンターを食い潰す。2人は私について来なさい」
クリスティアーネに指名された2人が敬礼。
「あなたたちは先に地上へ。無線封鎖を解除するから、お迎えに連絡してくれる?」
拘束された3人を立たせ、残りの隊員が通信機に火を入れる。
クリスティアーネは所持していた拳銃を点検しながら、ようやく面倒な任務から解放されたことに安堵を覚える。
戦闘準備が整い、クリスティアーネは再びアルフレッドに向き直る。
「……そういうわけよアルフレッド。そして『ヴァリアラスタン』もいずれ攻略されるわけだから、今のうちに別れの挨拶でもしたら?」
クリスティアーネが強気でいることも不思議ではない。
こうして敵勢力の上層部にいる者を捕縛することができたのだ。
今回の出来事は、間違いなくファルネスホルンに有利に働く。
「――接収したそれを、ファルネスホルンで活用するのかしら?」
「ファルネスホルンがシステム利用反対派なのは自明のことでしょう? システムの中身と補助機能を返してもらうだけよ」
クリスティアーネの切り返しを受け、アルフレッドが口を閉ざす。
クリスティアーネは手で雪髪を払う。
そしてくびれのある腰に手を当てる。
「――システムの中身と補助機能はファルネスホルンの、そして帝国の資産なのだから、当然取り返すわ」
クリスティアーネは語るだけ語り、すぐにアルフレッドを連れ出そうとジェスチャーを送る。
まだ定刻には早い。
時間を稼ぐか――
「――帝国? まさかまだ過去の世界のことを引きずっていたのね。あんなもの、1回目の異世界転移で過ごしただけの世界でしょう?」
嘲笑うかのようなアルフレッドの抑揚。
そしてそれは、クリスティアーネの怒りに触れるには十分なものであった。
「――ラインハルト帝国なんて、大切に思えるほど自慢できるものではなかったでしょう?」
「大切よ。私が過ごしたあの世界、あの国は休む間もない戦いの世界だったから。自慰なんて忘れるくらい充実したものよ、最高だわ」
強気なアルフレッドに対抗する強気なクリスティアーネ。
「……本当に人は変わらないわね。最狂国家に属していると、あなたのようになってしまうのかしら?」
「何だかシステムの話から私の話になっているわね。今は関係ないでしょう?」
「これであなたとはお別れなのだから、少しくらいお話ししてもいいでしょう?」
アルフレッドの妙な笑顔。
もうすぐ、もうすぐだ。
もうすぐ彼らが地上に到達する――
ここで連行されるわけにはいかないのだから。




