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彼女の告白

「――本当に……いい加減にしてよ、ばか!!」


 怒りを顔に浮かべ、横たわる敵の足を蹴っ飛ばす。

 感情的に人に当たっている少女は、ユキナであった。


「……気持ちはよく分かるけど、落ち着きなさいユキナ」


 彼女を諫めつつ、壁に背を預けて肩で息する少女は麗である。


「魔力周波はまだ健在ですね……」

 

 顔の汗を拭い、ヘスティアは床に突き立てたランスに体を預ける。


 彼女たち3人は、疲労と戦傷、そして魔力枯渇寸前に追い込まれていた。

 

  第19フロアのとある通路で、彼女たちは体制派(システマイザー)の異世界転移者の足止めを食らっていたのだ。


 一時的に増援の波は退いた。 

 それでも、現状敵の反応は未だ健在。

 何らかの()()が働いているのか、その反応はこちらへ向かう様子はない。


「……どうにかして、この研究所から脱出しないと……」


 苦々しく自分たちの状況を確認し、蒼汰は逃げ延びるための術を頭に思い描く。

 

 おそらく敵は、もえかを取り戻そうと躍起になっているのだろう。

 だからハンターと呼ばれる異世界転移者を寄越し、こうして襲撃してきた。


 3人が蒼汰を守りながら戦っている間、蒼汰ともえかは彼女たちの戦いを見守っていた。


 蒼汰は洗脳遮断装置の反撃の直撃を、数十回に渡って受け続けた。

 間接的にダメージを負った麗より、損傷は目に見えて大きい。


 蒼汰は、隣でしゃがみ込むもえかに視線を向ける。


 彼女は今、全身を拘束されて身動きができない状態にさせられている。

 今後どのタイミングで緊急回避が起きるか分からない。

 そしてこれは、彼女本人が望んだ処置である。


 もえかは一切言葉を口にすることなく座り込んでいる。

 虚ろな瞳は虚空を見つめ、本当に小さな口の動きが見て取れるだけだ。

 

 そんな彼女のことを気にしているのか、麗がもえかの傍まで歩み寄る。


「あなた、魔力量低下の枯渇が身体能力を低下させるみたいだけど、そこまで精神的に追い詰められるの?」


 もえかの状態は、通常の魔法少女とは、似ても似つかない不気味な雰囲気を漂わせている。

 魔力の莫大投資で体調を崩すことはあるが、さすがにここまで人形のようにはならない。


 ぶつぶつと聞き取れない音量で呟いていたもえかは、数秒遅れて麗に反応する。


「いえ……大丈夫で……す」

 

 消えてしまいそうな小さな声が、もえかの喉を突く。

 

「……そう」


 そっ気のない麗の返事。

 何度も殺されかけた張本人を無視するわけでもなく、麗は一応の返事を返した。


(もえかを殺そうとする気は、もう無いみたい……)


 もえかを救うか、殺すか。


 蒼汰と麗でぶつかり合った賭けは、結果的に蒼汰の勝利で終わった。


「……藤ノ宮」


 勝ち誇った顔でもない、普通の表情で、普通の態度で麗に話しかける蒼汰。


「どうしたの?」


「もう……もえかを殺そうとはしないんだね」


 麗の虚をつく質問。

 一瞬目を見開いた麗だが、すぐに平然を繕う。


「……別に、もう殺す必要がないって判断したまでよ」


 麗は交わった視線を反らさず、蒼汰の話にのめり込む。


「普段は義務とか責務とか……そういうものを重んじているのに、今の藤ノ宮は違う」


 勘の鋭い主人公である。

 麗の心境の変化を知覚し、こうして言語化したのである。


「本当は、僕の気持ちを汲んでくれたんでしょ?」


 それに対する麗の答えは無言だった。

 本当のことを話すべきか――いや、しかし……。 


「もえかがファルネスホルンにとって害になる可能性は今だって残ってる。いつもの藤ノ宮なら、殺すのが責務であり合理的だって言うと思うけど」


 錯綜する心の整理をしようにも、それを許さない蒼汰が一挙にまくし立てる。


「そう……ね」


 麗はそっと自分の胸を抑える。

 言語化するのは初めての想い。

 それを、気が付かせてくれた蒼汰に打ち明ける。


「……あなたが彼女を救い出したなんて奇跡を見て、私のように義務とか責務とか、そういうものに目をくらませているばかりじゃだめだと思ったの」


 麗の心を深く染め上げた過去のトラウマ。

 それに逆行し、打ち勝った彼女の表情は少し明るさを含んでいる。


「私の想いでは何もできなかった。多分彼女を殺そうとして戦っても、返り討ちに遭うだけだったでしょうね」


 麗の口元が、僅かに緩む。

 一度蒼汰から目線を離し、足元へ視線を落とす。


「あなたを通じて、義務や責任に凝り固まった『意志』よりも、もっと自由な、自分の想いを軸とした『意志』というものを優先してもいいと気が付いた……」


 顔を上げ、再び蒼汰と視線を交える。


「それに今回は、あなたの彼女に対する感情と、その感情からくる彼女を救いたいという『意志』が功を成したの」


「そっか……」


「で、でも、私は自分の役目を放棄するつもりはないわ。義務の完遂はとても大切で、感情に流された行動は時に悪になるのだから」

 

 麗はファルネスホルン最高評議会の人間だから、こうして義務に身を粉にしているのだろうか――

 もしくは別の理由か――


「……何を笑っているの?」


「……別に」


 奥底に自分の想いから来る感情という名の『意志』を持ち、普段はそれを隠しているのだ。

 それだけはよく分かった。


 蒼汰を取り巻く騒動の中、きっと麗は成長したのだろう。

 それは、ヘスティアにもユキナにも言えることなのだと思う。


 そして蒼汰自身も、かなりの成長を遂げていた。

 非日常へと足を踏み入れたからこそ、彼の成長は体現された。


 だが、心をズタズタに引き裂く絶望が訪れたら、彼はどのような反応をするのだろうか。


 麗の本当の気持ちに聞き入っていた時、隣のもえかが蒼汰の袖を掴む。


 自分の袖を摘まむ少女の手を見て、蒼汰はふと小さな疑問を頭に描いた。


(拘束……されてるはずなのに……!!)


 蒼汰の心臓が跳ね上がる。

 だが、彼が全てを察した時にはもう手遅れであった。


 拘束を引き千切り、自由の身となったもえかが蒼汰の首に襲い掛かる。


 彼女に馬乗りにされる形で押し倒され、首に食い込む細い指に力が入る。


「――狗神もえかさん、離れてください!!」


 切羽詰まったヘスティアの怒号。

 ヘスティアがランスを携え、蒼汰の許へ走る。


 しかし蒼汰はヘスティアを制止させるべく、手をかざして押し留める。

 

 徐々に遠のく寸前の意識。 

 首を絞められていることによって欠如する酸素と血流。

 

 声帯だけは、発声だけは確保しなくてはならない――


 蒼汰はもえかの両手首を掴み、全力で自分の首から引き剥がす。


 ほぼ互角の力でせめぎ合う男女。

 驚くほど人工魔法少女は力が衰えており、何とか蒼汰は3人の魔法少女へ向けて発信する。


「攻……撃はだめだ! 自爆する……」


 『自爆』という言葉は、彼女たちを青ざめさせるのに十分な効力を持っていた。


 大天使から伝わる、もえかの発作の謎。

 彼女の中に、悪あがきのための機能が備わっていた。


 ――簡易魔導生成装置。


 先ほどの死んだような雰囲気は、装置が作動するまでの準備状態だったのか――


 誰にも手は出せない。

 

 この状況を覆せるのは蒼汰だけ。 

 だが相手は手負い、そして単なる悪あがきに過ぎない。

 洗脳遮断装置も破壊した、切り抜けられる――!!


 目の前のもえかに対し、洗脳を開始。


 一瞬にして彼女の脳内へ入り込んだ洗脳波。


 そして命じる――簡易魔導発生装置による抵抗を停止せよ!!


 もえかの両目が赤く光る。

 

 大天使の命令を受領したもえか。

 大天使を上級上位な存在と認識。

 無礼を詫びるべく、もえかはすぐに蒼汰の首から手を離した。


 圧迫感から解放された蒼汰。

 反射的に肺が活動を活発化させ、大きくせき込み始める。


 咳をしながら、蒼汰は涙を溜めた瞳でもえかの顔を直視する。


 彼女の顔は、自分がなぜ危害を加えたのか分からないと、そう言いたげであった。


「――もえ……」


『――自爆装置作動』


 頭の中に轟く大天使の声。


 もえかの胸に眩い魔力閃光が収束し始める。

 

 蒼汰はもえかに手を伸ばす。

 

 もう少し。

 もう少しで彼女頬に手が届く――


「――吉野君!!」


 横から聞こえる少女の叫び。

 ツインテールを揺らしながら、蒼汰の上に乗ったもえかを蹴り飛ばす。

 そして爆発から蒼汰を守るように、彼の体を正面から包み込む。


 全てがスローモーションに見える、約2秒の緊急事態。


 それに終止符を討つように、もえかの胸を中心とした魔力爆発が引き起こされる。

 

 鼓膜をつんざく爆裂音。

 肌を焼く高温の魔力。


 爆発のエネルギーによって大きく投げ飛ばされ、蒼汰は何度も床を転げまわった。


 抗い切れない力から解放されたのは、通路の壁に体を打ち付けた時だった。


「……もえか……」

 

 彼女の名前を呼ぶことができる。

 まだ、彼はまだ生きている。


 ゆっくりと目を開け、辺りを見渡した。


 薄暗い通路内だが、煙が立ち上っているのは確認できる。

 自分自身は、ところどころ制服が焼け落ちているだけの損害。


(そういえば、胡桃沢が助けてくれた……)


 ――胡桃沢は!?


 蒼汰は急いで上半身を起こす。

 重くのしかかった何かを押しのけ、蒼汰は体を起こした。


(胡桃沢……胡桃沢……くる…み……ざわ)


 蒼汰は自分に身を預ける重りの正体を捉えた。

 茶色のツインテール。

 フリフリの付いた、派手なコスチューム。

 そして左手に握りしめた魔法のステッキ。


「胡桃沢……」


 間違いようもない。

 蒼汰の膝の上で眠る少女は、間違いなくミラクル☆ユキナこと、胡桃沢幸奈である。 

 

「胡桃沢!」


 蒼汰は至近距離で彼女の名前を叫ぶ。

 

 彼女からの返答はない。


 だがそれに答えるように、ユキナの全身が光り輝き、そしてその光が四散する。


 散った光の中から出てきたものは、彼女の身を包む紺色のセーラー服であった。


「胡桃沢……」


 もう、蒼汰にも分かっている。


 幸奈は……もう……。  


「――けほっ」


 小さなえずき。

 幸奈の肺が、強制的に空気を吐き出した音だった。


「胡桃沢……」

 

 蒼汰の沈んだ表情に明かりが灯る。


「吉野君!」


 麗の声。


「――藤ノ宮、平気!?」


「私たちは大丈夫、あなたは幸奈を連れてこっちに来なさい」


 蒼汰は誘われるままに、幸奈を抱えて立ち上がる。


「よ……しの……くん」


 喉の奥から絞り出される声。


「……平気?」


「ああ、僕は平気だよ……」


 爆発の直撃を受けたユキナは瀕死状態。

 こうして言葉を発することさえ困難な状況。


「大丈夫……胡桃沢は大丈夫だ……」


 蒼汰は大天使に語り掛け、彼女の重傷を治癒すべく助力を求める。


 だが――


『――人工魔法少女のナノマシンによる汚染を確認。洗脳を施した場合、それらがどういった抵抗を見せるのか不明な以上、洗脳による治癒は危険を伴います』

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