彼女の態度
蒼汰の首元を掴むその手は憎しみに染まっていた。
長身女性にすごまれ、蒼汰は思わず委縮する。
「もう一度お尋ねしますよ」
ドスの効いた声がさらに重くなる。
彼女の息遣いがまじかで感じられるほどの近距離、これが別のシチュエーションであったならば心躍らせていたところだ。
だが今の蒼汰は別の意味で心を躍らせている。
心に炎を灯したヘスティアの顔は赤く、それが蒼汰を恐怖に陥れる。
動悸の激しさが一向に止まない。
「あなたは、ユキナに何をしたのですか?」
完全に疑っている。
ユキナといたのは蒼汰だけ。
ユキナの顔を見て様子がおかしいと気が付いたヘスティアは、原因と考えられる蒼汰に詰め寄った。
「――僕は」
心当たりはある。
彼は願った、絶対に当たるな、と。
その瞬間ユキナの瞳は変色、性格の変動と共にほうきの操作も大胆なものに変化した。
まるで別人のように――
押し黙った蒼汰を見るヘスティアの形相に深みが増す。
「待って――」
蒼汰の襟を握りしめるヘスティアの手を誰かが包み込む。
いつの間にか二人の傍にまで歩み寄ったユキナ。
その赤い瞳でヘスティアの碧眼を覗く。
「まだそうたさ……吉野君が何かをした、とかなんて分からない。だからその手を離してあげて」
ユキナの真摯な瞳。
彼女の態度に何かを感じたのか、ヘスティアは拘束を解く。
ヘスティアは一度蒼汰を睨め付け、持っていたランスを消失させる。
魔力光に包まれ、一瞬にして四散。
「まだあなたのことは信用できません――でも根拠も無しに疑ってしまったのは謝ります、ごめんなさい」
彼女の敵意はまだ健在。
だがそれでも自分の非を認め、素直に謝った。
その様子に呆気に取られる蒼汰。
二人のやり取りを目撃していたユキナは小さく笑う。
そして自然とユキナの瞳から色が抜けていく。
普段通りの日本人らしい瞳に戻ったユキナ、何か不審に思ったのか辺りを見渡し始める。
「? ユキナ、どうしたのです?」
「――あ、いや。何でもないの」
苦笑いでやり過ごす。
表面上は笑っている、だがユキナの深層は――
(何で私……いつの間に屋上に来たの?)
きょろきょろと動かす視線の先、何かを捉えた。
それはヘスティアが排除したサイボーグ、厳密には生き残りである。
「ヘスティア、ちょっと来て」
ヘスティアを手招きし、ユキナが生き残りのサイボーグのもとへ歩み寄る。
「もう体は動かせないみたいだけど、何か情報を聞き出すことはできるかも」
うつぶせに倒れているそれをひっくり返し、仰向けに寝かせる。
あらゆる破損個所からオイルが垂れ流しにされ、鼻を突く臭いに顔をしかめる。
「でもこの人形は会話ができるのですか?」
刺激臭を我慢しながらヘスティアも残骸の前にしゃがみこむ。
「幸運で生き残ったところ悪いけど、あなたを送り込んだ黒幕のことを聞かせてもらいたいな」
返事はない。
ただフードの下で、僅かに開いた目をピコピコと点滅させるだけである。
ヘスティアはフードを脱がし、その顔を確認する。
肌が裂けて中のメカが露出し、頭には髪の毛やら頭皮が存在しない。
機器が直接頭に備え付けられ、ケーブル類がむき出しとなっている。
ヘスティアは目の前の光景を見てもなんとも思わないが、隣のユキナは妙な感覚に襲われている。
(こんな弱点を晒すようなサイボーグが私たちを襲ってきたの……?)
少なくとも自分とは別の世界からやって来た代物だ。
姿を見ただけでは戦闘用なのか作業用なのかは分からない。
だが一つ分かること、頭の機器に穴が開き、そこから見える内部構造――
空洞だった。
「ヘスティアちゃん――麗ちゃんが言ってた」
「何をです?」
「この敵は、生物の体力限界ってのがない。もちろんオイルが切れれば動かなくなるけど……」
「え? あの……」
「もしくは外部からのエネルギー供給を受けていた。その外部からっていうのが重要なんだけど、それが可能なら遠隔操作もできるんじゃないかなって思った」
遠隔操作で別の場所からこの黒マント集団を操っていた。
そうであれば足跡をたどるくらいはできるかもしれない。
でもそれは魔術的な力で遠隔操作をしていた場合の話だ。
「ヘスティアちゃん、遠隔操作系の魔法のことは詳しく知ってる?」
「――ええと、対象に受信術式を植え付け、魔法使いが送信術式を使って接続。それから操作術式を展開して上手く操る――それらを合わせて遠隔操作術式と言います」
「ならまずは受信術式の有無をサーチするね」
探索術式を展開。
サイボーグの体に触れ、意識を集中させる。
冷たい金属の感触の向こう、うごめく術式の気配を探る。
ユキナの頭の中に多大な情報が流れ込む。
あらゆる魔法で創り出されたサイボーグ。
幾多の術式を用いて完成させたこの人型から特定の術式をピンポイントで特定する必要がある。
「――まだ、もっと奥……」
サイボーグの表面上にヒットするものはない。
であれば奥底に眠る魔術の反応を見つけ出すしかない。
そして数十秒――アラーム起動、受信術式探知。
「やった。これで足跡を追えば――」
自爆装置起動を確認。
ユキナの頭の中に警告メッセージが送信される。
受信術式を発見した後、そこから送信術式の足跡を追おうと探索術式を展開する。
それに反応して自動的に自爆装置にスイッチが入る仕掛け。
ユキナの表情が変わる。
血の気が引き、思わずサイボーグから手を離す。
「自爆装置――退避して!!」
その瞬間ヘスティアは蒼汰を抱え、屋上から飛び降りる。
ユキナもワンテンポ遅れて屋上の手すりを飛び越える。
だが――
彼女の細い足首を掴む手。
もう動かないとばかり思っていた生き残りのサイボーグ。
それがユキナの足首を拘束。
「やだ――離して!!」
手すりにつかまり、ユキナはもう片方の足のヒールで掴む手を蹴りつける。
ヒールの踵で蹴られた指が千切れる。
あと4本、それでも掴む力は衰えない。
(何で……こんなに力が強いの……)
力負けして引きずり込まれる。
しがみ付いていた金属の手すりがひしゃげ、思わず奥のフェンスに手を伸ばす。
止まらない汗が顎先を流れ、下に落ちる。
ポケットからスマホがずり落ち、床に落ちた瞬間に着信が入る。
『麗ちゃん』そう表示された通知に出れるはずもなかった。
残り4秒――
手すりとフェンスが倒れ、ユキナは屋上床に体を叩きつけられる。
残り3秒――
彼方遠くのビルの屋上――きらりと光る反射光。
残り2秒――
ユキナの体を引き寄せ、抱きつこうと片腕を広げる。
それと同時にフェンスを突き破って侵入する飛翔体。
彼女の足首を掴む右腕へ向かうそれが、容赦なく腕を引き千切る。
残り1秒――
解放されたユキナはすぐにフェンスを飛び越え地上へ――
爆破――
彼女の斜め上、屋上で大爆発が起きる。
マンションのガラスを叩き割り、ガラスの破片と共にユキナは地上へと落下する。
15メートルほど落ちた先、ヘスティアがユキナの体をキャッチする。
受け止めた衝撃がヘスティアの腰や膝を痛めつける。
「大丈夫ですかユキナ?」
痛む体を無視してユキナを気にかける。
「うん、大丈夫」
緊張が解け、お互いの表情が緩む。
三人の無事を見届ける瞳。
狙撃銃のスコープで三人の姿を確認した麗がストレッチをする。
うつぶせで痺れた体に健康な血流を送り込む。
狙撃銃を肩に担ぎ、どこからか自分たちを見ている目に意識を向ける。
「――気を付けなさい吉野君。あなたの現実は、生半可なものじゃないわよ」