支援班始動
「ユキナとヘスティアが彼女の気を引いていられる時間は限られているわ、急ぎましょう」
記憶を辿り館内マップを思い出す。
中央エレベーターの吹き抜けを上昇し、第12フロアに門を構える区画が目標地点である。
こうして戦闘地帯から離れているのは蒼汰と麗のみ。
ヘスティアとユキナは、直接もえかと戦っているはずである。
こうして2チームに別れたことには理由があった――
数分前――
「吉野君、麗ちゃんどうするの?」
『第1実験場』より退避した一行。
蒼汰と麗には何やら考えがあるようだが、ユキナは彼らが何を計画したのかを聞いていない。
「人工魔法少女無力化のための臨床実験よ」
それは蒼汰と麗の考える無力化計画である。
ユキナは空飛ぶほうきの操縦に集中しながら、麗の言葉に耳を傾ける。
「相手の魔力をできるだけ削り取って、その後の魔力供給方法を探るわ」
蒼汰と麗がこの計画に思い至る所以。
それは麗とユキナと人工魔法少女との初期戦がきっかけである。
十分な準備がなされた実験において、もえかは絶大な威力を示す戦闘能力を叩き出した。
だが、戦闘が長引くのに比例して低下する彼女の魔力や反応速度。
「私とユキナが追い詰める寸前で、彼女の緊急回避装置が発動した――」
おそらくあれは、魔力や体力の回復のために敵の猛攻から逃れることを目的としたものである。
「緊急回避後、彼女が魔力を回復させた方法は2つ考えられるの」
1つは、自分が持つ高性能な魔力生成機能の存在。
もう1つは外部からの魔力供給。
「――それらを調べ上げて攻勢のチャンスを見極めるの」
麗と蒼汰が考え付いた作戦に異議を唱える者はいなかった。
現状思いつく唯一の作戦である以上、これに賭ける他ない。
「――狗神もえかに全力で魔力を消費させる必要がある。そこで、チームを2つに分けたいの」
「分割?」
ユキナが疑問を抱いた。
「まず2人が狗神もえかと直接渡り合う。けど倒そうとしなくていい、あの娘に魔力を使い果たさせることが目的だから」
2人がもえかの魔力消費を促す囮に役に徹する。
できるだけ相手に魔法攻撃を撃たせ、そしてそれを全力で避けていく役割である。
「そして、もう2人が制御室へ行って戦闘組の支援をするのよ」
制御室はこの研究所の設備を司る心臓部である。
ここはこれほど大きな研究所であり、あれほど強力な人工魔法少女を扱う施設だ。
万が一の事故や被検体の暴走に備え、高度な鎮圧用セキュリティ設備を備えている可能性は高い。
それを利用するのである。
自分はどのチームに属すべきか。
しばらくの閉口が続いたが、ヘスティアが沈黙を破る。
「では私は戦闘に参加します、この中では私が一番元気そうなのだから」
洗脳によって傷は癒えたとはいえ、激戦続きで体力や精神力も削られている麗とユキナ。
そして何より、今でも完全に左腕の回復が追いついていない蒼汰。
「――それじゃあ、私も戦闘に参加するよ。私には機材なんて扱えないから」
ヘスティアに続き、ユキナも囮役を買って出る。
ユキナは未だにもえかを恐れている。
だが、今やヘスティアも合流し、いつものパーティが復活した。
心のゆとりが生まれ、敵に対して立ち向かおうとする勇気がユキナを活気づけたのだ。
「――そう、それじゃあ私と吉野君は支援班ね」
作戦の簡易説明と役割決めが終了。
ユキナはヘスティアと共に通路を反転。
蒼汰と麗は制御室に向かうこととなったのだ。
相変わらず研究機関の中は無人に等しい。
上の火力発電所からの電力供給により、どの区画も稼働していることは確かだ。
ここは『クルス研究機関』のように破棄された施設ではない。
故にこの人気のなさは異常である。
麗と蒼汰は目的地にまで至っていた。
蒼汰は開閉扉から少し離れた場所で待機。
麗は扉の表面に次々と粘土炸薬を張り付ける。
起爆装置を差し込み、起爆用のリモコンを片手に蒼汰の許へ駆け寄る。
「爆破するわ、耳を押さえてしゃがみ込んで」
麗の指示で蒼汰はその場で小さく丸まった。
扉の方向に背中を向け、麗は蒼汰に覆い被さる。
そしてリモコンの安全装置を外し、起爆ボタンを押し込んだ。
刹那後、背後で全身を襲う衝動と共に爆音が轟く。
2人の髪を揺らす爆風が過ぎ去り、蒼汰と麗はゆっくりと顔を上げる。
「……さあ、入りましょう」
麗は蒼汰に回していた腕を解放し、制御室へ走る。
蒼汰も立ち上がり、彼女の後を追う。
爆発による噴煙が視界をぼやかす中、爆破された開閉扉が見えてきた。
そこには大きな風穴が出来上がり、内部の様子が見て取れる。
制御室内部は制御盤やスクリーンが所狭しと並んでおり、暗がりの室内はコンピューターの光だけで照らされていた。
麗は施設内セキュリティ分野の制御盤に張り付く。
機器を起動させ終わると、麗は自身の胸に手を置き意識を集中させる。
蒼汰が見守る中、きゅっと胸の前で手を握る麗から魔力周波が放出される。
それが周囲のコンピューターへと流れていく。
部屋中に麗の魔力周波が広がり、彼女の光が次々とコンピューターを包み込んでいく。
その光に包まれた機材が、何の予兆もなく一斉に電源を入れられる。
火が入った瞬間、冷却ファンが一斉に回り出し、パソコンが急激な熱を発生し始める。
「藤ノ宮……これは?」
麗が手を使わずに、魔力周波によってコンピューターの電源を入れたことは理解できる。
ハッキングの類による起動であろうが、彼女がこのような行動を取る理由は?
「――周りのコンピューターを遠隔操作して、セキュリティ制御盤のIDとパスワードを特定するためのハッキング用並列処理装置として使うのよ」
麗の前の制御盤のモニターは黒く染まっている。
その黒い画面に次々とポップアップが立ち上がり、自動的に英数字を入力してはブロックされることを繰り返していた。
「……」
麗の表情に汗が混じる。
いくつものコンピューターの並列処理を、麗1人で仲介して行っているのだ。
脳や魔力への負担が重なり、彼女の体温が上昇していく。
解析の時間はそれなりに長いものだった。
しばらく蒼汰は口を開かず、麗の作業を見守るだけだ。
「あと……27億4892万8192通り……」
微かに麗が呟いた。
ブレザーの内側のYシャツは、すでに汗で肌に張り付いている。
足を覆う黒タイツを濡らし、顔や首元にも照りを見せている。
吐き気を呑み込み、さらに分析を加速させる。
ヘスティアとユキナは、あの人工魔法少女と交戦中である。
彼女たちを援護するために、すぐにでもセキュリティ装置を起動させなくてはならない――
「藤ノ宮……」
蒼汰の呟きは、彼女に届くことなく宙へ散った。
そんな中、いくつかのコンピューターがクラッシュを始める。
そして高熱に耐え切れなくなった個体は内部を焼き焦がし、炎を上げ始める。
「もうすぐ……終わる……」
すでに半数以上のコンピューターがクラッシュ及び炎上している。
限界を超えた極限の中、麗は朦朧として体のバランスを崩し始める。
体を支える足の力が抜け、麗は背中から床に向かって上半身を倒した。
床に後頭部を打ちつける予定だった。
だが予見は外れ、背中に硬くも柔らかくもない感触が広がる。
「……ありがとう……吉野君」
意識を失いかけ、倒れそうになった麗を蒼汰が後ろから支えていた。
制御盤のモニターは、IDとパスワードを要求する画面が更新されていた。
映し出されたものは、英語で表示されるいくつもの項目が羅列されている画面であった。
「藤ノ宮は少し休んで、やり方を教えてくれれば僕にもできるから」
火照った麗の香水と汗の香りが鼻を通る中、蒼汰は抱き支える麗を椅子の上へと座らせる。
「……吉野君、制御盤の左側にある操作レバー付近にキーがあるでしょう? 押してみて」
魔力周波を消失させた麗が指示を飛ばす。
蒼汰は彼女の命令通り、指定のキーを押し込んだ。
すると画面が切り替わり、研究所内部に点在する監視カメラ映像が映し出される。
蒼汰はさらにキーを押し、表示カメラ映像を切り替えていく。
連打して次々と画面を切り替え、そしてキーの上に置かれた指が止まる。
「――ここだ、ヘスティアさんと胡桃沢がいる!」
蒼汰が見つけたのは、第18フロア南東部、97番カメラ。
今まさにもえかと対決するヘスティアとユキナの姿が映し出されている。
「2人を見つけた?」
背後から聞こえる麗の声。
椅子に座っていたはずの彼女が、蒼汰の肩に掴まりながら画面を覗き込む。
「藤ノ宮、休んでてって――」
「心配してくれてありがとう。大丈夫とは言えないけれど、あなたの手伝いをすることはできるわ」
麗は制御盤備え付けのヘッドセットに手を伸ばす。
1つを蒼汰に被せ、もう1つを自身に装着する。
2人分のヘッドセットの電源を入れ、館内放送を立ち上げる。
マイク位置を調整した後、館内スピーカーへの接続を確認。
息を吸い込み、麗は喉を鳴らす。
「――これより隔壁対爆扉閉鎖、及び神経ガスの散布を開始する。繰り返す……」
麗が館内に呼びかけをしながら、目配せで蒼汰に指示を飛ばす。
彼女の視線から、蒼汰は自身が操作すべき区画を探り当てる。
そして第18フロア隔壁と表示されたキーに触れる。
「――戦闘班は支援範囲に注意せよ。繰り返す、戦闘班は支援範囲に注意せよ」
作戦は決行された。
今この瞬間をもって、狗神もえかとの最終戦が始まったのである。




