彼女の後退
広々とした実験場の街並みは廃墟と化している。
瓦礫と炎による破壊の爪痕で汚され、戦争の痕跡という言葉が一番似合うその場所で――
「――藤ノ宮! 胡桃沢!!」
足元を焼く爆炎に身を焦がれそうになる窮地の中、蒼汰は2人の魔法少女の名前を叫ぶ。
必死に車道を疾走する蒼汰の背後――
周囲の車を薙ぎ払いながら、機械的な刀を携えたもえかが距離を詰めていた。
ダイレクトに突進の勢いが伝えられた斬撃が、蒼汰の手足に襲い掛かる。
再び蒼汰の腕が斬り落とされそうになった瞬間、彼の背後のアスファルトが盛り上がる。
その刹那後に爆発した地面がアスファルトを粉砕し、地下からの衝撃と破片がもえかの全身を穿つ。
地面の爆発がもえかの斬撃制御を狂わせ、その鋭利な刃は明々後日の方向へと跳ね返される。
蒼汰ごと吹き飛ばした地面の噴火。
それによって開けられた穴の中から、眩い魔力光が溢れ出す。
「――ミラクル☆ドッキュンアロー!!!」
地下より投げ上げられたユキナの声音と共に、光が撃ち上げられた。
矢の形に形成された魔力弾が、体勢を崩したもえかに命中する。
着弾と同時に、矢の魔力が臨界を迎える。
そして火がつけられたように魔力爆発を引き起こし、滞空状態のもえかを薙ぎ払う。
大きなエネルギーで上空へと体を浮かせるもえか。
少女が宙に跳ね飛ばされたことを確認。
彼女を後方から追っていた麗が胸元に意識を集中させる。
服の中で霊装が輝きを放ち、その魔力光が地上に数台の高射機関砲を呼び起こす。
レーダーがもえかを捉え、自動照準で彼女の軌道を追う。
そして耳がつんざく発射音が、空中高く砲弾を撃ち上げる。
もえかは空中で咄嗟に『対魔導・防御術式』によるリフレクターを展開。
連続で発射された砲弾が、リフレクター表面を抉りにかかる。
重く鋭い砲弾が立て続けにリフレクターを殴り続ける。
受け止め続けることが困難な重圧が、もえかをひしひしと追い詰める。
そしてリフレクターが限界を迎える。
強固に整形されたリフレクターが砕け散り、壁を抜けた砲弾がもえかの肌を抉る。
体をひねり、ぎりぎり射線上から体をずらすもえか。
すぐに第2陣のリフレクターを展開し、それを足場に遠方へと跳躍する。
「――逃がさないわよ!!」
麗は再び霊装に働きかける。
光と共に出現した対空ミサイルが、自動制御で距離を離すもえかに向けられる。
3発のミサイルに火が入り、空中へ飛び立った瞬間急激に加速する。
後部のロケットエンジンからの噴流が穴の中のユキナと、麗の髪とスカートを荒ぶらせる。
自分を追尾しながら飛んでくるミサイルに目を丸くしつつも、もえかはすぐに刀を構える。
刀身に魔力を集中させ、魔力砲撃として剣先から射出――
刀から撃ち出された魔力砲撃は一直線に突き進み、前方のミサイルを易々と貫通する。
高温の砲撃がミサイルの炸薬を燃やし、内部から爆発。
「――っ!!?」
撃ち落としたミサイルの爆発が真っ黒なスモークをまき散らす。
もえかの視界を埋め尽くすほどに拡散し、周囲が視認できないほどの暗黒世界を構築する。
1発目のミサイルはフェイク。
撃ち落とされた瞬間にスモークを発生させることを主眼に改良されたもの。
そして煙の中から2、3発目のミサイルが飛びこんでくる光景を視認した。
リフレクターを再展開しようと魔力を集中させる――
だが、その暇を与えることなく2発のミサイルが爆発した。
全身に爆発の衝撃が襲い掛かる。
足場も何もない空中において、成す術なく彼女はビルの外壁へと体を叩きつけられる。
外壁を粉砕した後、もえかは重力に引かれて地上へと墜落する。
容赦なく地面に体を打ち付けられ、血の混じった息を吐き出す。
遠慮のない痛みに生気を失いながらも、意識だけは保っていられるよう自分に言い聞かせる。
力を振り絞り、OSを『救急』へと変更。
ナノマシンと回復術式を併用し、体の修復に取り掛かる。
しかしそれも束の間――
ツインテールをなびかせたユキナが追いついた。
ユキナは魔法のステッキの先端部に魔力を凝縮。
それをブレード状に形成し、『ドッキュン☆ブレード』なる魔力武器へと変換させる。
変身によって強化された魔法少女。
ナノマシンや実験によって強化された人工魔法少女。
その2人の持つ剣と刀が、爆発的な轟音と衝撃を伴って斬り結ばれる。
鍔迫り合いの中、力負けしないユキナは全力で相手の刀を抑えつける。
純粋な腕力でユキナに勝てないもえか。
目の前のユキナに意識を集中させる彼女の背後を狙い、麗が接近する。
携えていたスコップを突き出す。
もえかの胸を狙った鋭利な先端が、彼女のブレザーを貫いた。
生命維持を危険な領域にまで追い詰める攻撃が、もえかの鍔迫り合いの抵抗力を奪い去る。
流されるように、ユキナのブレードが滑り込む。
ブレードがもえかの体に触れた瞬間、彼女の体に張り巡らされた何らかの作用が作動する。
不可視の力が、突如ユキナのドッキュン☆ブレードを弾き飛ばした。
手の内から離れた剣は弧を描いてユキナの後方にまで吹き飛ばされていく。
武器を奪われたユキナは、隙を与えず右膝をもえかのお腹に打ち付ける。
防御も受け身をとることなく、ユキナの膝蹴りを受けたもえかは力が抜けたようにその場に崩れ落ちる。
バックステップで距離をとり、ユキナは新たな魔法のステッキを召喚する。
そこへ近づいてきた麗が耳打ちをする。
「……おかしいわね」
「うん、さっきより反応速度も魔法の強さも全然弱い」
視線の先にうずくまる少女は人工魔法少女だ。
先ほどまで手も足も出なかった狂人が、どうしてここまで……。
「さっきまでは、どうしようもない化け物だったのに……」
見たことのない幼馴染の姿を前にする蒼汰。
「もえか……」
それ以上の言葉が出てこなかった。
「……やるなら今しかないわ」
麗は血の付いたスコップを投げ捨てる。
霊装により召喚した拳銃を握りしめ、地に伏せるもえかに突き付けた。
銃口がもえかの頭を捉え、蒼汰が発砲を止めようと麗の目の前に立ち塞がった時――
『――緊急自立回避システム作動』
大天使のアラームの直後、倒れこんでいたもえかに火が入る。
突然体を起こし、思い切り地面を蹴る。
推進力を得た彼女は、遥か後方へと跳躍していく。
一瞬にしてビル群の狭間に消えていくもえか。
咄嗟の逃亡に反応しきれず、その場に取り残される形となった3人。
「……緊急自立回避システム」
大天使の放った言葉をオウム返しする蒼汰。
蒼汰の言葉を耳にし、麗の表情に焦りの色が見え隠れする。
「緊急自立回避……すぐに追いかけないと!」
麗の心臓に霊装の光が宿る。
真っ白な翼が突き出され、足裏が地から離れる。
「ユキナ、吉野君を連れてついてらっしゃい!!」
麗が先行し、もえかの行き先に進路を向ける。
「吉野君、行くよ!!」
ユキナは魔法のほうきを出現させ、蒼汰を後ろに乗せて上昇する。
魔法のほうきに魔力をこめ加速。
前を行く麗に並走し、ユキナは背後の蒼汰に話しかける。
「さっきの動きは緊急自立回避なんだよね?」
「う、うん。大天使がそう言ってた」
あれを成したのが、人工魔法少女に備え付けられた緊急自動回避だとすれば――
「――やっぱり、狗神もえかさんを追い詰めてたってことだよ!!」
自動的に回避モードに入る機能など、さきほどまで作動することなどなかった。
最初は麗とユキナの攻撃を軽く受け止め、平然としていた化け物。
それが今や、『緊急』という言葉の伴う自動回避システムを発動させるまでに至った。
おそらく、彼女の身に迫る危険を全力で回避するための手段。
「魔力、戦闘力の低下と関係しているのかもしれないわね……」
そう嘯く麗を尻目に、ユキナは届くことのない頂に手をかけたような気分に浸る。
今なら……今なら彼女を倒せる――
期待を胸に秘め、ユキナは更なる魔力投入で加速していく。
彼女たちを覗き見する幾多の視線。
観測室で記録をとる白衣の男たちは、焦ることなくある準備を完了していた。