メインシャフト降下
ヘスティアに腕を引かれ、蒼汰は短時間のフライトを終えた。
慣れない生身飛行であったが、ようやく地に足つけて安堵を覚えたものだった。
ヘスティアは地面に足を下ろすや否や、一切の迷いを見せることなく歩みを始めた。
行き着いた場所は車両倉庫。
トラックが整然と並べられた倉庫内に立ち入ったヘスティアは、壁に隣接されたコンソールの操作を開始した。
ミスタッチのない慣れた手つきでパスワードを入力。
合計12桁の英数字を打ち込み、エンターキーを押し込んで終了。
地面に備え付けられた秘密隔壁が口を開く。
コンソールの操作を正常に受信した隔壁は、直径4メートルほどの円形構造となっており、扉の奥にはエレベーターが隠されていた。
2人が乗り込んだ後、エレベーターのセンサーが反応し自動的に降下を始めた。
エレベーターの稼働に合わせ、蒼汰の頭の上で秘密隔壁が閉ざされた。
そして機密エレベーターは終着駅に到達した――
こうして蒼汰とヘスティアは、広大な容積を誇る地下研究所――『ミコト研究機関』へと足を踏み入れたのであった。
麗と幸奈とは違い、正規の入り口からの入館に成功した2人。
エレベーターの向こうは無人の空間であった。
受付カウンターには、誰にも座られることなく冷え切ったチェアーが鎮座しており、エントランスは非常灯だけが明かりを照らす光景であった。
――藤ノ宮と胡桃沢はこんなところに……。
その不気味な雰囲気が、魔法少女たちの身への気がかりを一層深くさせる。
定時通話の欠落、ヘスティアの動揺。
この研究所で何かがあった。
得体のしれない何かが、麗と幸奈に牙を剥いたのだ。
(2人の居場所を割り出さないと……)
蒼汰は隣に立つヘスティアへ流し目する。
彼女はこの場に到着する際、隠されていた地下へのエレベーターの座標を難なく特定した。
そして既知のパスワードを入力。
流れるようにこの場へと蒼汰を誘った。
(ヘスティアさんは何かを知っている……)
何を知っているのか、そしてどこまで――
彼女が何かを隠しているような懸念さえ生まれそうなほど、ヘスティアはこの研究所のことを知っているのではないか?
それが蒼汰にとってプラスかマイナスか、今は推し量ることはできない。
だが今は、彼女の存在が麗と幸奈のもとへの道標になることは確かである。
「――ヘスティアさん、藤ノ宮と胡桃沢がいる場所への道案内……お願いできますか?」
蒼汰の要請。
ヘスティアは声を出すのでもなく、頷くわけでもなく表情に華を咲かせる。
彼女は意識を集中し、熟練した所作で2人の魔法少女の居所を探り出す。
狙うは魔力周波。
魔力を使った戦闘中ほど濃くはないが、それでも常時発出している魔力周波を感知できるはずだ――
「――潜ります、ついて来てください」
暗がりの中、ヘスティアの表情には焦りが見え隠れしていた。
確かに麗たちの魔力周波は感知した。
それを感じられる以上、彼女たちは生きている証拠である。
しかし、それはあくまで『今』である。
ヘスティアが息を呑んだ。
蒼汰はヘスティアの様子に感づいた。
だから彼女へ手を伸ばした。
刹那後、ヘスティアが蒼汰の手を握った。
気が付いた時には、通常歩行では使わない筋力が床を蹴っていた。
華麗な赤髪を一気に風に乗り、明らかな戦闘速度でロケットのように体を飛ばす。
B1のメイン通路を突き進み、すぐに視界が開け、吹き抜け構造の大きなメインシャフトが姿を現す。
中央エレベーターは最下層に停止している。
蒼汰を連れた状態では心許ないが、今は即座に麗と幸奈のいる階層に降り立つことが先決である。
疾走速度を緩めず、ヘスティアは崖から吹き抜けのメインシャフトに飛び込んだ。
盛大に赤髪を舞い上がらせながら降下していく。
対魔導・物理防御術式を足裏に展開し、ヘスティアは着地の衝撃を相殺。
同じくヘスティアの保護を受けた蒼汰も、何の違和感もなく両足を床につける。
「――地下19階、ここに藤ノ宮と胡桃沢がいるんですね」
蒼汰が確認を取る。
それに対し、ヘスティアは空返事で応答を返した。
心ここに在らずといった様子で佇むヘスティア。
蒼汰が訝しむように彼女の横顔を眺めていると、不意にヘスティアが活動を再開する。
暗闇の中、光る魔法陣。
別次元へと繋がるそこから一振りのランスを召喚した。
引き締まった表情で口を紡ぐヘスティアは、魔法陣より抜き去ったランスを携え蒼汰に警戒を促す。
「蒼汰君、目の前の『第1実験場』というところに麗と幸奈がいます」
それは中央エレベーター目前の通路の先に存在する区画。
麗と幸奈を安否不明にさせた元凶がいるであろうその部屋に、こうして戦意を剥き出しにするのは普通の反応である。
「ですが、私たちの後方にも何人か……」
ヘスティアの戦意は『第1実験場』とは正反対の方角――
自分たちの真後ろに向けられていた。
「――頭下げてください!!」
蒼汰が背後を振り返るよりも早く、ヘスティアの手のひらが彼の頭を制する。
半ば強制的に蒼汰を伏せさせたヘスティアは、魔力を収縮させたランスを振るった。
撃ち放たれた銃弾が、苛烈な温度で熱せられたランスの刀身に弾着――
エネルギーの差で押し負かされた弾丸ははじき返され、その身を無残に変形させられ地に落ちる。
ヘスティアに発砲をした人間――
1人の民間人らしき女性を連れた武装員数人が、続く第2射を撃つべく引き金に力をこめる。
しかし、彼らの指の動きよりも数段速いヘスティアの演算により、ランスに留まっていた魔力が砲撃として撃ち出される。
ヘスティアの演算とマルチロックオン技術により、幾筋にも拡散された魔力砲撃が正確に複数の銃口を焼き払う。
手元の拳銃が蒸散し、武装員数名が揃って苦痛の声を絞り上げる。
不殺の戦闘能力剥奪により、相手からのこれ以上の攻撃はないと判断したヘスティア。
それに傍らで震える1人の女性もいる。
争いとは無関係そうな彼女を巻き込んでしまう戦闘など、ヘスティアにはできない行いである。
非戦闘員、この研究所の関係者であろうか――
少なくとも、彼女に敵対の意思はなし。
これから、麗と幸奈を安否不明に陥れた元凶と対峙する予定のあるヘスティア。
彼女のお守りをする余裕はない。
ここで腰を抜かされていても迷惑だ。
ヘスティアは彼女を安全な場所に連れて行くべく、ランスを仕舞って静かに歩みよる。
後がつかえているヘスティアは、早足気味にブーツを鳴らした。
「――大丈夫ですか? 今から安全な場所に連れて行きます、立てますか?」
膝を落とし、ヘスティアは彼女に手を差し伸べる。
手のひらとヘスティアの顔を交互に見渡す女性。
ヘスティアを信じるべきか否か――
数秒に渡る躊躇いの後、女性は意を決してヘスティアの手を取った。
「――あ、ありがとうございます。私は助けを求めていた……わけではないですが、安心しました……」
恐怖の抜けきらない女性は、強張った表情で感謝の意を述べる。
「いいえ、当たり前のことをしたまでです」
女性の手を引き立ち上がらせる。
ヘスティアは未だ床で悶える武装員を尻目に、蒼汰へアイコンタクトを送る。
「……蒼汰君?」
目配せはしたはずだった。
蒼汰の反応を得られず、ヘスティアは彼の名前を呟いた。
「どうしたのですか?」
蒼汰の硬直の意図が掴めない。
どうして反応を返さないのか、なぜ一点に焦点を当てているばかりなのか。
だがじきに、蒼汰の視線がヘスティアではなく、保護した女性に対して注がれていることに気が付いた。
「……蒼汰く――」
「――幸子さん……」
ヘスティアの言葉を遮って、蒼汰は日本人女性の名前を読み上げた。
――幸子。
蒼汰の記憶の中で、唯一その名前を持つ女性――
「君は……吉野蒼汰君?」
高校2年生の娘がいるとは思えない若々しい女性。
離れ離れになった娘を想い、あの日、あの場所でアルコールに呑まれていた女性。
狗神幸子――狗神もえかの実母が、体制派の地下機密研究機関に存在していた。




