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安否不明

 学校から帰宅し、部屋の隅にリュックを放り投げた蒼汰。

 1日分の高校生活の疲れが、流れるように彼をベッドへ誘った。


 今日は母親の帰りが遅いため、いつものように空腹を満たす夕食がテーブルに並べられることはない。

 スーパーでいくつか買い物を済ませ、家に着いた時には空はもう暗かった。

 食材を冷蔵庫に詰め込んだ後、キッチンに立つだけの元気がなかった蒼汰。

 夕食作りよりも休憩を選んだのだ。

 食事が多少遅くなってもかまわない。

 食欲よりも、疲労回復を優先したいという気持ちが強かったのだ。


 蒼汰は全身をベッドへ預ける。

 マットレスが彼の体重を受け止め、ふんわりと沈み込んだ。

 

 おもむろにブレザーの内ポケットからスマートフォンを取り出し、光の灯らない真っ暗な画面を見つめる。

 軽快な着信音も、メッセージの受信を知らせる通知も表示されず、ただベッドに横になる蒼汰の顔が反射しているだけであった。


「……」


 蒼汰の顔色は決して明るいものではなかった。

 毎日のルーティーンが機能せず、どことなく落ち着かない。

 

「……藤ノ宮……胡桃沢……」


 2人の少女の名前をぽつりと呟く。


「……連絡がないな……」


 彼の瞳には不安と焦りが見て取れた。


 蒼汰は毎日麗と幸奈と定時連絡を交わしていた。

 2人は蒼汰の体調や様子の聴取、軽い世間話のために電話を寄越したものだった。

 これも麗と幸奈の優しさである。

 世界を揺るがす、大きな物語の主人公を押しつけられてしまった蒼汰への配慮。

 だが今日は、そのようなやり取りを行うための着信がない。


 蒼汰は電話帳を開いて連絡相手の電話番号を探し出す。

 そして、『藤ノ宮』と表記された番号に通話をかけ始める。


 耳に当てたスマートフォンから流れ出る着信音。

 だが電話が取られる様子もなく、一定のリズムでそれは鳴り続けるばかりである。


 そっと耳元からスマートフォンを離した。

 リミットを迎え、蒼汰の通話は切断された。


(胡桃沢は……)


 淡い期待を込め、今度は幸奈の携帯に電話を掛ける。


 ――。


 ――――。

 

 ――――――不在着信。


 スピーカーの向こうから、幸奈の声も届くことはなかった。


「……」


 渋谷でのサイコハザードから大した時間は経っていない。

 ファルネスホルンの人間である麗は、何かしらの対応に追われているのかもしれないが――


 コンコン――と、扉がノックされる。


「――どうぞ」


 今、家には母親はおらず、もちろん麗も幸奈も不在である。

 だが蒼汰は、この家に1人というわけではなかった。


 蒼汰の応答を確認し、ノックをした当人が扉を開く。

 赤色の髪を垂らし、端正な顔立ちの女性が顔を覗かせる。


「ヘスティアさん、どうかしましたか?」


 ヘスティア・シュタルホックス。

 その名を持つ異世界の姫君が、こうして蒼汰の部屋のドアをくぐった。


「蒼汰君、ちょっといいですか……」


 相変わらず光の消失した瞳を見せるヘスティア。

 どことなく不安げな表情を浮かべるヘスティアを見て、蒼汰は眠気を忘れてベッドから飛び起きる。


「――ヘスティアさん? 何か大事でも……」


 蒼汰が抱いていた嫌な予感。 

 ヘスティアは蒼汰の腕を引き、強引にベッドの上から引き剥がす。


 男子高校生では抗えない力で立たされた蒼汰。


「ヘスティアさん?」


 蒼汰がベッドから腰を上げてからも、ヘスティアは蒼汰の腕を離すことはなかった。


 正者の輝きを失ったような瞳で蒼汰を見下ろすヘスティアは、焦ったように口をアワアワさせながらも、何とか言葉を用意し口に出す。


「蒼汰君……行かなきゃ……」


 行かなきゃ――そう言ったヘスティア。


 彼女の差し迫った表情を見て、蒼汰はその意図を模索する。

 麗と幸奈の音信不通、そしてフランスで再開して以来、今のような態度を見せたことのないヘスティア。

 これらの要素を集約し、導き出した仮説を口にする。


「藤ノ宮と胡桃沢に何かあったんですか?」


 蒼汰の核心をつく詰問。

 ヘスティアは震えた唇を一文字に結びながらも、顎を縦に振った。


「やっぱり……」


 蒼汰の不安は的中した。

 連日の電話が途切れたことに違和感を覚えていたが。


 奥歯を噛みしめ、彼女らの安否の不明が蒼汰の表情を曇らせる。


「すぐに行きましょう! 場所は分かりますか?」


 蒼汰は麗と幸奈の魔力周波を追えるほどの熟達ではない。

 いかに大天使を宿そうが、その不得意さは拭えない。


「場所はわかっています――残念ですが、お夕食の時間はないと思ってください」


 ヘスティアは蒼汰の部屋の中に足を踏み入れ、早足気味に窓の前まで移動する。

 強引にカーテンとカーテンレースをはためかせ、窓を解放する。


「空をいきます――『巡行』OSで最短距離を飛行します!」


 ヘスティアは蒼汰の手を取り、片方の手で窓枠をがっしりと掴む。


「――行きますよ!!」


 ヘスティアが跳躍。

 自身の体重をものともしない跳躍力で跳び上がった。


 彼女のジャンプにワンテンポ遅れ、腕を引かれた蒼汰の両足が床を離れた。


 常人を超えた速度で離陸した2人は、月と夜空をバッグに空中へと駆け出した。


「――へ、ヘスティアさん!! 藤ノ宮と胡桃沢のいる場所ってどこなんです!?」


 地に足つかない不安定な状況の中、蒼汰は恐怖心押しながら質問をぶつける。

 

「場所は火力発電所というところです……海沿いの!!」


 彼女は蒼汰の方を一切見ることなく即答した。

 

「火力発電所……?」


 なぜそんな場所に?


(理由は分からない。でも、定時通話をすっぽかしてまでそこに行く理由があるはずだ……)


 そしてその2人は今、崖っぷちに立たされている。

 そこから落ちることも、落とされる可能性も秘めた危うい状況。

 

「……」


 無言で思案する彼を尻目に見ていたヘスティアは、人間らしい笑顔を浮かべた。


 そして無言のまま、ヘスティアは蒼汰の手を握る力を強めた。


 その握力は信頼の証である。

 今の蒼汰であれば、この命を預けても問題ない。

 過去の険悪な感情を覆い被せ、ヘスティアは誰にも聞こえることのない小さな声で、ぽつりと呟いた。

 

「あなたは成長しました。その変化を、彼女もきっと喜んでいるでしょう」


 ――彼女。


 ヘスティアでも、麗でも、ユキナでも、もえかでも、ましてや大天使でもない。


 ヘスティアの言う『彼女』が誰であるかわからない。

 蒼汰はヘスティアの言葉に気が付くことなく、火力発電所を目指し、星々の真下を手を引かれて飛んでいった。

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