斥候
「それじゃあしっかり掴まっていてね」
空飛ぶほうきの上にまたがり、目の前に座る少女の胴に腕を回す。
フリルやリボンだらけの服に身を包み、茶色のツインテールをなびかせる魔法少女。
高速で空中を移動し、激しい風が顔を打つ。
「――さっき藤ノ宮から僕のことを聞いたって言ったよね?」
ユキナに尋ねる。
先ほどのマントフードの連中から自分を助け出してくれた、この人は自分に敵対する側の人間ではないことは分かる。
「うん、共同戦線を約束した人が早速ピンチ。自分は即応できないから代わりに私が助けに行け――って頼まれたの」
「共同戦線を結成した覚えはないんだけどな……」
蒼汰は地上を見下ろす。
下では空を飛んでいる蒼汰たちを追いかける黒集団。
建物の屋根や塀を踏み台にして徐々に距離を詰めてきている。
(これが藤ノ宮が言ってた……)
宇宙エレベーターでの一件。
自分の中にいるという『大天使』の存在が他の異世界転移者に知れ渡った。
特異な力によってガロンを殺害したことにより、その安全保障上の懸念が生まれた。
その結果がこれだ。
「何だか吉野君は面倒な人たちに目を付けられちゃったみたいだね」
ユキナも追手の存在に気が付いている。
超人的なスピードと身体能力で屋根を走る黒集団。
障害物を避けることなく移動できる空飛ぶほうきに対し、相手は林立する建物の上に飛び乗り、壁を蹴る。
パルクールのように全身を使って移動している。
「そろそろ体力的に限界を迎えてもいい頃だと思うんだけど、速度が落ちないどころか加速してるね」
ユキナが蒼汰の心中を代弁する。
彼女は不可解なものを見るように眼下を見下ろしている。
「体力増強魔法なんて聞いたことないし……エネルギーの供給源は別にある?」
何かを思いついたようにユキナはスマホを取り出す。
片手で操作し、誰かに電話をかける。
「――もしもし麗ちゃん? 少し気になることがあるの。今私たちを追っている黒い人たちに何らかの遠隔魔法でエネルギー供給をしてるのかなって……」
『――そうね。私の方でもさっきからずっと見ているのだけれど、その可能性もあるかもしれない。それか生物的な疲労の存在しない者……』
そのどちらかだとしたら、この追手は半永久的に蒼汰たちを追いかけることになる。
追跡を振り切ることは難しい。
『――私が排除するわ。あなたはそのまま前進しなさい、あと円滑な通信をするために通話はつないだままにして』
スピーカー越しに伝わる重々しい金属音。
順調に巡航を続け、背後の敵が跳躍する。
卓越した脚力で次々と黒集団が宙を舞う。
それぞれが握りしめたショートソードを振りかぶった――
激しい撃音を轟かせて最前列黒マントフードの上半身に大穴が開けられる。
中からパイプやコードをまき散らし、油が蒼汰の背中に飛び散った。
「サイボーグ……」
ユキナのつぶやき通り、バラバラになった電子回路をまき散らした残骸が落下。
『――オイルで動く人形みたいね。動きが単純すぎるわ』
スマホ越しに響き渡る発砲音。
約3秒後――
再び背後から破壊音。
「すごいね麗ちゃん。魔導砲撃だったらこんな正確な照準はできないよ……」
『――これが私の『霊装』の力よ。現代兵器の有用性は特別クラスよ』
度重なる発砲音。
地面に落ちる金属音が相まって調和する。
『――全員排除。私は屋上から移動するわ、まだ敵がいるかもしれないから十分に注意して』
そして通話が途切れる。
「……すごいな藤ノ宮って」
「麗ちゃんはすごいよ。普通の魔法に頼らずに何でもしちゃう女の子だから」
前のユキナが嬉しそうに微笑むのが分かった。
(でも、とりあえずは安心できるよな?)
「――っ!? 前方より敵出現!」
ユキナの怒号と共に急旋回する。
その直後、ほうきが飛んでいたコースをビーム状の光が突き抜けていった。
今のは前方の住宅地から飛んできたもの。
ほうきの進路を予想していたかのように待ち伏せをされていた。
「魔導砲撃。しかも対空設定だよ……」
ユキナは前方を視認。
斜め下に見えるマンションの屋上、そこにチョークで描かれた多数の魔法陣を発見――撃発。
迫りくる魔導砲撃を回避し、幾多も連なる光の柱の間隙を掻い潜る。
左右上下に体を振られ、振り落とされそうになるのに耐える。
目の前のツインテールが顔を叩くのを我慢しながら、ジェットコースターのような機動の中、蒼汰はマンション屋上を確認。
いくつもの光る魔法陣から魔導砲撃が撃ち上がり、自分たちを襲っている。
「く――胡桃沢、藤ノ宮は……」
「まだ着かないと思う――あとセクハラとか気にしなくていいから思いっきりしがみ付いて!!」
下方向から打ち上げられた砲撃が全方向に婉曲、オールレンジ攻撃でユキナを翻弄する。
(これだけの魔法を自在に操れる人間なんてめったにいない……魔導砲撃と屈折機動は別回路――私たちを追尾するために魔導砲撃を屈折させてる別の魔法使いがいる!?)
砲撃がユキナのツインテールを掠め、ほうきを焦がす。
徐々に追い詰められ、彼女の息も荒い。
もうどれくらい時間が経っただろうか。
ユキナの後ろの蒼汰。
彼はただ怯えているだけだった。
自分にできることは何もない、だからこう願うことしかできない――
絶対に当たらないでくれ――
願いは届く。
蒼汰の瞳が発光。
赤色が彼の瞳の色を支配していく。
それと同時――
目の前のユキナの様子がおかしい。
荒かった息が静まりかえる。正常な呼吸が体越しに伝わってくる。
「蒼汰様――」
彼女が呼んだ。
彼女の体が熱い。
そうしてユキナは後ろを振り向く。
火照った頬がそこにあり、視線を上げた先。
蒼汰と同じく赤色に変色したユキナの瞳が存在している。
不可思議な現象。
彼女のありえない瞳の見て直感した。
これは自分でやったことだと。
「蒼汰様、抱く力を強めてください……」
その言葉の瞬間さらに高度な立体起動に移行する。
速度を上げながらも複雑な飛行で次々と魔導砲撃を回避していく。
視界いっぱいに広がる魔導の光と光の間をすり抜ける。
ユキナはもう一度スマホを手に取って電話帳を参照、コールボタン。
ワンコール後、即通話接続。
『――大丈夫ですよユキナ。私はもう到着しています』
ユキナのうなじに顔をうずめる蒼汰にも聞こえた。
それは聞き覚えのある女性の声だ。
マンション屋上。
顔の見えないフードの中から部品が散乱。
白銀のランスによって抉られた顔がバラバラに砕け、バチバチと放電しながら膝を折る。
長い炎色の髪は宙を舞い、ランスの機動は華やかに敵の胴体を貫いていく。
「――残り三人!」
対空砲撃設定の施された魔法陣を修正し始めた一人の黒装束を発見。
滑り込み、ブーツの足裏で魔法陣をかき消す。
効力を失った魔法陣を捨て、ランスの女騎士と鍔迫り合い。
火花を散らして睨み合う二人。
彼女は体重を乗せた剣を受け流す。
そしてバランスを崩した黒い衣装を蹴り飛ばす。
飛ばされた黒マントフードが屋上入り口扉に激突。
扉をへこませ沈黙。
炎髪をはらった彼女の背後――剣を構えた最後の二人。
彼女は振り向く。目前にまで迫る鍛え抜かれた刀身――
それが砕けた。
遠距離からの狙撃が正確にショートソードを撃ち抜いた。
続いて砕けた剣を捨てた人形が燃料をまき散らし、上半身を吹き飛ばす。
最後の一人も同様。
「――ありがとうヘスティアちゃん」
『――お礼はいりませんよ』
服に染みつくオイルを不愉快に思いながら、ヘスティアは空を見上げる。
「後でその騎士服を洗ってあげるから、機嫌直して」
ヘスティアのいる屋上へ降下するユキナ。
接地。蒼汰とユキナがほうきから降りる。
ヘスティアがユキナを見る。
その瞬間彼女は豹変した。
その表情のまま蒼汰に詰め寄り、彼の襟を力強く掴む。
美麗な顔に怒気を塗ったヘスティアが詰問する――
「あなた……ユキナに何をしたのですか?」




