通気口格納庫
強風の吹き荒れる通気口格納庫。
プロペラの回転音など気に留めないほどに、張り詰めた空気が体を締め付ける。
想定外の敵との邂逅。
発電所職員に見つかることなく、無事に地下研究機関へ降り立つ予定だった。
「……ふぅ」
小さく息を漏らす。
できれば地上で戦闘はしたくなかった。
火力発電所に勤務する人々に気が付かれてしまい、戦闘に巻き込んでしまうという最悪の事態だけは避けなければならない。
あの女性の鳴らした銃声が、外で仕事をしている従業員には気が付かれているかもしれない。
可及的速やかに、『ミコト研究機関』へと姿を消す方が賢明だ。
ユキナは目線を流す。
今もこうして銃口で見つめ合う2人の少女。
両者、ほとんど動きを見せることなく固まり合っていた。
白髪女の意向により、早々とこの場から姿を消したアルフレッド。
体制派に多大な貢献を成す財閥の首領であり、ファルネスホルンや反体制派にとっての厄介者。
しかし、同時に体制派の情報を抜き取るための獲物でもある。
そういった理由の上で、護衛は彼女の身を案じて、退避させた。
(私たちはアルフレッドを捕まえに来たんじゃない。だから、麗ちゃんはあの女の子を退ける必要がないから、攻撃しないのかな?)
麗がアルフレッドを捕らえようとする動きを見せないため、白髪女も戦闘を開始しないのだろうか。
引き金を落とそうとしない2人。
ユキナは小さな傷から徐々に戦意が抜け出したように、魔法のステッキを握る力を弱める。
だが、ユキナと相反するように、麗と白髪女は力を起こす。
そのタイミングはほぼ同時。
エネルギーの注がれた脚力が、一瞬にして肢体を前方へと加速させる。
見つめ合った銃口が引き付け合うように接近。
プロペラの風に負けない灼熱の飛翔体が、互いの拳銃を焼き焦がす。
肉薄し合う銃弾。
そして盛大な火花を散らし、弾と弾が激突し合う。
側面を擦り合い、軌道を変える2つの銃弾。
それらは吹き荒れる麗の制服のスカートの裾を、そして白髪女のタイトスカートの裾を抉る。
「――アルフレッドはまたの機会に!! 故に私に牙を剥ける必要はないんじゃないかしら――この黒スーツ女!!!」
「――その確証がない故、私は肝を冷やして胃を痛める。あなたは存在するだけで懸念材料なのよ、この女子高生!!!」
黒髪と白髪が絡み乱れるほどの距離。
銃を投げ捨て、互いの拳が宙を穿つ。
麗の拳が相手の頬を抉る瞬間――
一気に五指を開いた麗の手のひらを埋め尽くす魔力光。
その光量が相手の視界をホワイトアウトさせる。
「それなら全力でもって排除させていただくわ!!」
白く細い麗の指にまとわれた、巨悪な尖りを突き出す銀色の物体。
麗が再び拳を握りこみ、そのメリケンサックを白髪女に叩きつける。
金属音を鳴り響かせ、重く鋭い一撃は確実にこめかみを捉えたものだと思っていた。
「――まったく、ヴェローナ伊吹と同じタイプ、便利な体ね」
呆れた口調で焦りの表情を浮かべる麗。
魔力閃光の輝きを、至近距離で見せつけられた白髪の女は未だ視力を落とした状態のままだ。
麗の動きを正確に視認できていない以上、彼女の拳打を受け止められることは至難の業。
だが、それをやってのけた。
「――手癖の悪さは相変わらず、というべきかしら?」
口元を鋭角に形成し、白く綺麗な歯を麗に見せる。
ゆっくりと瞼を持ち上げ、その血色の瞳で麗を捉える。
「……手癖の悪さと数はあなたの圧勝よ。整形にするにしても、まさか千手観音としての新しい自分になるだなんてね」
全力を振り絞り、振り切った拳は宙で停止している。
目の前の白髪女は避けるそぶりを見せることはなく、麗も打撃を外した様子はなかった。
麗の腕を掴む、黒塗りの4本のアーム。
機械の腕が、彼女の細い腕に、それぞれ3本爪を食い込ませていた。
麗は機械仕掛けのアームの生え際に視線を移す。
白髪女のワイシャツの袖の中、タイトスカートの中から飛び出した4本腕。
「もう片方の腕も同じく拘束してあげましょうか? そうすれば、あなたも拾ってきた子犬みたいに大人しく――」
「――麗ちゃんを離せ!!」
知らず知らずのうちに、ユキナの足は動いていた。
アスファルトが粉々になるほどの脚力で地面を蹴り、魔法のステッキを上段に構える。
ハート形の宝石に魔力が集中。
瞬時の演算により、ステッキ上部に放出した魔力を収束、形成。
サイリュームに酷似した光を放つ剣状の魔力の塊を、麗を掴む4本の腕に叩きつける。
エネルギーの塊である魔力は、ほとんど抵抗もなくアームを切断。
「――っ!!」
振り下ろした魔法のステッキを切り返す。
急激な剣先の軌道変更によって、上空へと斬り上げる2段階目の斬撃。
空気を焼きながら猛進するブレードが、白髪女の脇腹に迫る――
筋肉が悲鳴を上げる挙動で第2撃目を撃ち放ったユキナ。
体の動きに1テンポ遅れる形でなびいたツインテール。
それは再び通気口の風に呑まれて宙を舞い始める。
「――熱っ!?」
高温の魔力ブレードの焼いた空気だろうか?
ユキナは鼻先を掠める熱波に顔をしかめる。
「――今のは……危なかったわね……」
頭上より聞こえる白髪女の声。
そしてプロペラの暴風に負けないほどの、熱せられた下降気流がユキナと麗のスカートをはためかせる。
「……やっぱり……人間業じゃないよ……」
麗の腕を拘束した機械アームでさえ、人間の常識に反する存在であった。
そして、彼女の背中から伸びる極太のアームによって保持される近未来的なデザインをしたジェットエンジンもまた、同じように当たり前を打ち破る存在である。
「人間業でない……もはや普通の人間だと思われなくなる機械化人間にとっては聞き慣れた評価よ」
純白の長髪を揺らしながら、重力に逆らって滞空する白髪女。
ユキナの斬り上げを回避した白髪女が、ジェットエンジンの出力を弱め、徐々に降下してくるのが見えた。
遠巻きながらも、薄く口紅の塗られた唇が震えるのが見えた。
そしてユキナは、その言葉を確かに聞き届ける。
「――体制派と、アルフレッド様に栄光を――」
高らかな忠誠心を語ってみせる白髪女。
そして、背中のジェットエンジンが急激に方向を変える。
それはまさに、ユキナと麗に向かって突進を始める合図であった。
ジェットの炎が一層巨大化し、プロペラ音を上回る戦闘機のような轟音が迸る。
吶喊する相手に対し、ユキナは再びステッキを構えた。
白髪女の突進に対して、突進を試みようとしたユキナ。
だが、彼女が地面を蹴るより一瞬早く、ユキナの真横を甘い香りが過ぎ去っていく。
「――麗ちゃん!?」
ユキナよりも一足先に宙へ飛び出した麗。
麗の突撃を目の当たりにし、その赤い瞳を大きく見開く白髪女。
好戦的な笑顔をべったりと張り付け、大の字になるように両手両足を広げる。
金属と金属が擦れ合い、前方へと伸びるアームが効果音を奏でる。
上着やスカートの中から再び姿を現したそれは、短剣を3本の指で器用に握っていた。
合計4本のブレードが太陽光を絡め、不気味に照り輝く。
暖かな光を蓄えながらも、冷たく鋭い刃物を前に、麗はメリケンサックを投げ捨てる。
「――ファルネスホルンと、大天使に栄光あれ――」
白髪女のセリフにアレンジを加えて、オウム返しで対抗した麗。
麗の言葉に1歩遅れて、つま先内部に仕込まれた小型のナイフが露出。
もう片方のローファーも同様に武装展開。
両手にまでもナイフを出現させた麗は、目前まで迫った白髪女のアームを狙って4枚の刃を撃ち込んだ。
2人の少女の斬撃は止まず、お互いがお互いの攻撃を、攻撃で防ぐように刃を振るった。
斬撃の嵐の中、空中で絡み合う少女たちは地面に落下。
火花で火傷をしながら、お互いの攻撃が、お互いの武器を弾き飛ばす。
両手のナイフを後方へと弾き飛ばされ、ローファーのナイフは歯をこぼしていた。
反対に白髪女はアームを1本切断され、残りの短剣もほとんどが壊れかける直前である。
万策尽きたように、疲れ果てたように、2人は同時に動きを止めた。
息を乱して見つめ合う2人。
先に言葉を発したのは麗だ。
「――まったく勝負がつかないわね、護衛女……」
その麗の言葉には、すでに戦意などという感情は鳴りを潜めていた。
「――こちらのセリフよ。そろそろ倒れなさい、制服女子……」
白髪女も戦闘時のような表情は消え失せ、今では表情筋がほぐれて、柔らかな顔を見せ始める。
肩で息をする2人は、それ以上の攻撃を加えることなく、示し合わせたように視線を飛ばし合う。
「――アルフレッドはすでにここを離れたんじゃないかしら? 演技終了よ、クリス」
「――そうね。付き合わせてしまってごめんなさい、麗」
そして2人は笑顔を浮かべる。
それは先ほどまでの好戦的な笑顔ではなく、友達同士が見せる友好的な笑顔である。
「え……えーと」
状況が理解できない少女が1人。
2人の少女の様子を眺めていたユキナは、どうにもこうにも目の前の現実が理解できない。
「あら、ごめんなさいユキナ。あなたまで付き合わせてしまったみたいね」
すっかりローファーの仕込みナイフを消失させた麗。
同様に白髪女もアームを収納する。
白髪女は麗の前を離れ、ユキナに近づく。
ユキナは思わず一歩下がるが、白髪女はお構いなしにユキナの目の前まで接近する。
「騙してしまってごめんなさい、私はファルネスホルン最高評議会ユーロ支部諜報課のクリスティアーネ・シュバインシュタイガーよ。アルフレッドに付き従っていたことは、ちゃんとは説明するわね」
背筋を伸ばし、綺麗なフォームで敬礼を見せるクリスティアーネ。
ユキナよりも若干背の低い彼女は、ユキナに対して上目遣いで笑顔を見せる。




