合流
ユキナが術式を破壊したことによる未曽有の危機は鳴りを潜めた。
だが都市の至るところから炎が立ち昇り、災害は記憶の欠落した彼らに爪を残した。
そんな彼らを尻目にしていた藤ノ宮麗は、霊装で出現させた翼を背に上空を飛行していた。
エネルギーの塊に近いそれを羽ばたくことなく推進力を得た麗。
術式があったとされるクルス研究機関へと降り立つ。
事態が収拾したとはいえ、蒼汰を確保することが優先すべきである。
だが麗は今回の不測の事態が、吉野蒼汰の命を賭けたものではないという結論に至った。
そもそも蒼汰を直接狙えばいいものの、あれでは都市機能を麻痺させるだけで大天使に対して有効な打撃を加えられるはずがないのである。
もっと別な思惑が絡まり、複雑な事情が渦巻いているのだろうか。
目的地の前で思案にふけっていた麗。
気持ちを切り替え、クルス研究機関の入り口前で意識を集中させる。
魔力周波は多数。
容易に感じ取れるものはユキナの魔力周波で間違いないだろう、彼女の反応波も同時に受信できる。
(それでも問題は……)
ユキナの周囲を取り巻く微弱な魔力周波。
指で引っ張っただけで切れそうな命の糸。
魂を肉体から離さんばかりに弱々しい生命活動を維持し続けている。
ユキナと謎の魔力周波に動きはない。
戦闘は行われていない?
中の様子は――
麗は拳銃を抜いて研究機関入口から侵入を試みる。
廃棄されてからそれほど時間は経っていないと思われる研究機関。
中の様子は荒れているものの、少し前まで人がいたと思えるほど空気は枯れていなかった。
ガラスの破片や書類を踏みつぶしながらユキナの反応のある地下を目指す。
地下へ続く階段は容易に発見できた。
一筋の光も届かなくなった空間で、麗は霊装によってライトを生成。
まばゆい光を発するライトを片手で保持しながら、麗はローファーを鳴らす。
彼女の足音だけが地下空間に響き渡り、そしてぴたりと止む。
麗はライトの光を頭より上へと持ち上げた。
『被検体製造室・被検体製造準備室』のプレートを確認し、ライトを保持した手で扉のノブを触る。
扉の隙間から覗く室内空間へ銃口を向けながら、徐々にその扉を解放していく。
まず視界に入ったものは無造作に床に散りばめられた書類の海である。
内容を確認する気も失せるほどの量のプリントが足元を満たしている。
麗は書類を踏みながら前進し、乱雑なデスクを通り過ぎて向こう側の新たな扉の前に到着する。
「被検体製造室……」
物騒な文言で彩られたプレート。
麗は拳銃のグリップを握りしめ、僅かな緊張を持って扉を開け放つ。
「……」
開いた扉の向こうに見える空間は闇である。
だが暗闇の中、確かに光を灯す者を即座に視界に納める。
魔力周波を追ってこの場所にまで来た麗。
それ故、かの輝きが示す彼女の存在を容易に知覚できた。
拳銃の引き金から人差し指を離し、魔法少女の名前を呼ぶ。
「――ユキナ」
麗の呼びかけの直後、大きく震える魔法少女の肩。
恐る恐る振り返った彼女は、その大きな瞳で麗の姿を捉えた。
「――麗ちゃん?」
ミラクル☆ユキナは目を大きく見開いた。
「術式を破壊することに成功したようね。渋谷の暴動は治まったわよ」
渋谷に大きな傷跡を残してしまったもの、ユキナの功績はとても大きなものだった。
だからこそ麗はユキナに感謝を述べる。
「ありがとうユキナ、あなたのおかげよ」
麗の言葉に委縮するユキナ。
確かな喜びを顔に塗るユキナであるが、そこには純粋な喜びを汚す微かな感情の消沈が上乗せされている。
理由は明白――
「――この悪趣味な内装の囲まれていては、素直な笑顔なんてできないわね」
苦々しく周囲を見渡す麗。
培養槽の中で生命活動だけを続けさせられている人間たちが、閉ざされた水槽の中で浮かんでいる光景。
中に入った少年少女らがどういった経緯でここ軟禁されているのかは定かではないが、ユキナが抱くファイルに真相が隠されていそうだ。
「……麗ちゃんしか……いない?」
狂った空間の影響なのか、ユキナの語彙力が貧層である。
「……どうして私だけがここに来たのかって聞きたいの?」
麗のフォローで質疑応答が成立する。
首を縦に動かしたユキナ。
「――吉野君には修道女が傍にいる。だから私はあなたを優先してここに来たの」
『ゼネラルメビウス』の防衛装置であれば多少の困難打ち破れる――
麗はそのように付け加えた。
「――そうだよね」
ユキナに芽生える麗と出会えた安心感。
徐々に暗い表情に華が咲く。
「――そうだ。これ見つけたんだけど、麗ちゃんなら分かるかなって――」
抱いていたファイルを麗へ手渡す。
「この研究機関の実験データかしら?」
興味深くファイルを撫でる麗。
「――多分そうじゃないかな? どこかのページに『アルフレッド財団』って書いてあって、そこが資金提供したみたいなことが書いてあったけど……」
「アルフレッド財団……」
その言葉に敏感に反応した麗。
脳内を錯綜する記憶をたどって、その財団の詳細を検索する。
「それでね、『アルフレッド財団からの莫大な資金援助により、この世界における実験拠点を確保することに成功した……』とか書いてあったの」
ユキナは麗の持つファイルの方をじっと見ながら説明する。
「その他には、『クルス研究機関とミコト研究機関において、革新的な兵器開発に着手することができそうだ……』とかなんとか」
「……」
あの組織が大天使実験に首を突っ込んだのか?
訝しく思考を続ける麗。
そんな彼女の隣で困り果てた色を浮かべるユキナ。
麗はユキナが自分の言葉を待っていることに気が付き、簡単に補足説明を加える。
「ファルネスホルン聖域で大規模な事業や投資を行っていて、最高評議会にも財団の上位会員が複数参加していることは知っているのだけれど……」
財団は今のようにファルネスホルン聖域の神々が3つの勢力に分裂する前から存在している組織である。
だが神の世界の2次大戦が勃発してから、しばらくは活動を休止させていたと思っていたのだが――
「……」
「麗ちゃん?」
無口に考え込む麗を憂慮してか、ユキナが彼女の顔を覗きこんでいた。
「――問題ないわ。それにしても、アルフレッド財団といえば――」
財団の財産を保護するために財団内部に創設された護衛組織――親衛隊と呼ばれた集団が存在していたはずだ。
「――確か財団の守衛の任に就いていたのは親衛隊――ということはヴェローナ伊吹……」
「ヴェローナ伊吹って、『ゼネラルメビウス』の自衛装置が倒したあの人?」
麗が頷く。
(使いっパシリの派兵軍団じゃなく、財団内部の護衛組織が動くなんて……もしかしてアルフレッド財団が今回の件に関わっているの?)
詳しくはこのファイルを覗いてみないことには判断しかねる。
それまではこの周囲の光景の謎、その全貌を見渡すことはできない。
麗は再び培養槽に入れられた人間の表情を伺う。
(大天使を取り巻く一連の騒動が複雑化している……神と大天使、そして異世界転移者の3者だけの構図に厄介ごとまで介入しているんじゃないかしら……)




