クルス研究機関
麗からの通話が途切れた。
彼女と会話しているとき、甲高い発砲音とその他諸々の災禍の音が轟いていた。
今麗は危うい状況に呑み込まれてしまっている。
「――早く……早く……」
ユキナは魔力をほうきに注ぎ続ける。
これ以上の速度は出せない、それでも彼女はひたすら魔力供給量を上げ続けた。
幸い渋谷からクルス研究機関まではそれほど距離はない。
だからすぐにでもその全景が視界に入るはずだ。
(無関係な街の人々を巻き込むなんて……許せないよ……)
ユキナはほうきを強く握りこむ。
(だから……私が……)
再び強固な決意を誓ったのち、彼女の視野に錆びれた研究所が飛び込んでいく。
「見つけた!!」
ユキナは研究所上空で急速停止。
手のひらを研究所の術式展開部位にかざす。
彼女の手のひらの先に魔力が収束し、魔力光を放ちながら球状のエネルギー体が肥大化する。
対空術式は確認できず、その他警備要員の姿も見えない。
ユキナにはできるだけ慎重、警戒を緩めず、可能な限りで素早い行動が求められる。
演算は完了している。
広範囲に魔力砲撃を拡散するのではなく、収束させた魔力を撃ち出す。
建物の崩壊を避け、ピンポイントで術式だけを貫く。
「――これで止める!!」
凝縮された魔力が解放。
音速に近い速度で撃ち出されたビームが、爆発音を伴って研究所屋根を貫通して術式を焼き焦がす。
射出完了。
一定の量の魔力砲撃を終了し、ユキナの手のひらから伸びるビームが消失する。
砲撃着弾地点より立ち込める煙。
先の砲撃術式の爆音とは裏腹に、ユキナのいる空間には静寂が広まっていた。
「……」
魔力を操作し、滞空していたほうきを地上へ降下させる。
(人の気配もない……でも、術式を守る人もいないの……?)
ほうきから降りたユキナは恐る恐る研究所入口の前まで歩み寄る。
ひび割れ、動く気配もない自動扉。
(術式は壊した……もうここにいる必要はないけれど……)
ピリピリと心を指すような違和感。
この世界に来てから幾度となく感じ取ってきた力の存在。
魔力周波――
(異世界転移者がいる……)
この世界には魔法が存在しない。
つまり魔力周波を垂れ流す人間など、彼女のように異世界から来た人間以外考えられないのである。
それが好意的か好戦的か判断はできないが――
意を決してユキナは一歩踏み出した。
ユキナは空いた穴からこっそりと内部に侵入していく。
ところどころの観葉植物が枯れ果てていたり、プランターごと床にぶちまけられていたりもする。
年季の入った総合受付所を通り抜け、ユキナは奥へと進む。
しばらく館内を彷徨い、階段を利用して複数階の研究室を見て回る。
少し重いが、それでも確かな足取りで内部を散策するユキナはふと下階へ繋がる階段を発見した。
今彼女がいるのは1階である。
これまで2階、3階と探索をしていた。
そして最奥の階段で1階に降りたとき、そこには初めて見つけた地下へと続く階段が鎮座していた。
「ち……地下……?」
地面の下へと続く階段を見ただけで背筋が凍る。
そしてこのような廃墟であるならばなおさらだ。
「……がんばれぇミラクル☆ユキナ」
自己応援で勇気を出したユキナがゆっくりと階段を下っていく。
月の光が差し込まない果てのフロアに到達したユキナは、静まり返った空間で自分の心音と息遣いだけを聞いていた。
「照らすもの照らすもの……」
ユキナは展開した魔法陣から魔法のステッキを取り出し、それに魔力をこめ始める。
魔法のステッキ上部のハート形の宝石が輝かしい光で染め上がり、魔力光が周囲を照らす。
地下の闇を払いきったわけではないが、これくらいの明るさならば探索を続けることができそうだ。
地上ほど広くはないが、決して狭くはない空間を歩み続ける。
外で感じた魔力周波はこの先。
普段感知する魔力周波とは違い、ひどく小さい反応を追ってユキナは足を動かし続けた。
とある扉の前で停止し、標識を確認する。
「……ここ……は……」
『被検体製造室・被検体製造準備室』
恐怖心をあおる文言が書かれた標識。
ユキナはじわじわとした不安感を呑み込みながらそっと扉に手をかける――
重い扉を押し開け、魔力光に照らされた室内が姿を現す。
大量の書類で乱雑した床を踏みしめ、整理整頓されていない被検体準備室を歩いていく。
ユキナは紙で足を滑らせないようゆっくりと移動する。
そして20畳ほどの準備室を横断し、反対側にある被検体製造室に繋がる扉の前へとやって来た。
(……この奥から……魔力周波が感じられる……)
微弱な魔力周波を垂れ流す正体不明の存在。
魔力を感じさせるという点でその存在の正体は絞られる――
先ほどよりも数倍重く頑丈な扉を押して侵入する。
背後で扉の閉鎖音を受け止め、周囲を照らすために光の灯る魔法のステッキを軽く持ち上げる。
魔力光が内部を照らしたとき、広大な被検体実験室がユキナに牙を剥く。
「……嘘……何これ……?」
恐怖とも不可解ともとれる気持ちを舌に乗せたユキナ。
背中を冷たいもので擦られたユキナが全身を軽く痙攣させる。
被検体製造室の壁を覆うように設営された大型の培養槽。
大型の筒が整然と並んでいた。
整列する培養槽には液体が満たされていて、ユキナは装置のガラス越しに内部の存在を目に焼き付けた。
「……何で……人が……」
培養槽一つ一つに身を浸す人間がそこにはいた。
鼻ごと口元を覆う呼吸器をつけ、検診衣に身を包む男女が液体に満たされていた。
目を覆いたくなるような不快感。
言葉にはできない感情が全身を駆け巡っていくような感覚だった。
ユキナはふと培養槽に備え付けられたモニター付きの機器に目を転じる。
モニターどころか機材そのものに火が入っておらず、培養槽は住人を閉じ込めるだけして完全に停止していた。
これでは生命維持装置が機能せず、呼吸器に酸素が送り込まれないはずだ。
「……」
それでもピリピリと感じる魔力周波。
確実に中の人間たちは死んでいるはずである。
特に魔法を発動させているわけではない、何かしらの術式を発動させていない魔法使いなど普通の人間とさほど変わらないはずだ。
(……反応波も感じられない。異世界転移者なら死なない限り反応波を放出しているはずだけど……)
そうでないならばこの世界の人間だろう。
だがこの世界の人間は魔法を使うことはできない。
渋谷の災害を引き起こした術式はすでに破壊してある。
その術式の作用による魔力反応だとは考えにくい。
(そうだよね、亡くなったあとでも魔力周波が残っちゃってるだけだよね?)
恐怖の中で必死に自分を説得する。
通常の思考ができず、楽観的な閃きだけを頼りにする。
培養槽の中身を気にしながら、ユキナは警びくびくして被検体製造室の中を歩いていく。
ここには準備室のように書類が散乱することのない綺麗な床である。
だが重い空気が彼女の歩みを遅らせる。
生唾を呑み込み、全身を濡らす汗が衣装に吸われる。
人の入った装置の間を歩かされ、はち切れそうなほど強く早く鼓動する心臓を抑えながら部屋の一角で足を止めた。
本棚や机が整然と並ぶ場所。
過去に人がいた形跡を残した人間味のあるエリアで、ユキナは一冊のファイルを捉えた。
机の上になおも光らせ続ける魔法のステッキを置き、それを証明代わりにしてファイルを開いた。
何枚かのページをめくった後、あるページのある文言に注意を絡めとられる。
「……アルフレッド財団による、体制派への資金提供……」
ぽつりと呟く。
「アルフレッド財団からの莫大な資金援助により、この世界における実験拠点を確保することに成功した……」
聞いたことのない名前だ。
「クルス研究機関とミコト研究機関において、革新的な兵器開発に着手することができそうだ……」
数ページにわたって書き綴られたものは、ユキナに理解を求められるような内容ではない。
麗であれば理解できそうだが。
「……とりあえずこのファイルは持って帰ろう」
そう言いつつぺらぺらと書類をめくっていく。
そうしているうちに、ユキナでも感じることができる異様な項目にたどり着く。
その項目に綴られた無道な内容。
それが現にこの世界で引き起こされていることに驚きを隠せない。
「魔法適性のない人間への魔法適合実験――人工魔法少女計画」




