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蒼汰の決心

「そ――蒼汰君待って!!」


 もえかの手を取ってから足を止めない蒼汰。

 額に汗を浮かべ、途切れ途切れの呼吸が少女の苦行を物語る。


「――待って!!」


 肺の空気をすべて吐き出す勢いで発せられた言葉。

 彼女のその呼びかけによって、蒼汰はようやく足を止める。


 もえかはそれまで蒼汰によって手を引かれていたが、今度はその腹いせに、もえかが蒼汰の手を強く引く。


「待ってって言ってるのに……もう走れないよ……」


 弱弱しく鳴くもえかを前にして、蒼汰は申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 しかし彼女の言葉に納得できた様子でもなく、再びもえかに強要をする。


「ごめん。だけどもう少し走るよ……」


 もえかの手を握り直し、蒼汰はもう一度もえかを連れて走り出す。


「――あそこ!」


 蒼汰が街並みの一角から、手ごろな塀に囲まれた古家を見つけ出す。

 本当はできる限り遠くに行きたいのだが、背後から聞こえる息遣いは絶え絶えである。


 周囲を確認し、暴徒がいないことを確認して素早く敷地内に入る。


 上空を飛ぶ『ミツミネ』に合図を促し、古家に近づく暴徒や親衛隊への警戒監視に当たらせる。

 ここへ逃げてくるまでに気が付いたことだが、蒼汰が直接言葉を介さずとも、蒼汰の思考が彼女たちへとダイレクトに伝わっていくようだ。


 蒼汰は再びもえかの方へと向き直り、口を開く。


「よく聞いて。もう少し経てば事態も収まるはずだよ。だから僕らはここで隠れていよう」


 真剣な瞳で彼女に訴えかける。

 だが真摯な蒼汰の言葉とは裏腹に、もえかは今一つ納得のできないような色を浮かべる。


「――うん……でも……」


 目を伏せ、困ったように声音を絞るもえか。

 何か言いたげに、だが何も言い出せずにいるといった態度だろうか。


「蒼汰君……私行かなくちゃいけないところがあるの……」


「行かなくちゃいけないって……外は大変なことになってるんだよ?」


 今なお暴動は続いている。

 麗たちが探知術式で原因を追究して事態を収束させるまで、一般人のもえかを折りの外へ出すわけにはいかない。


 だがもえかは伏せていた顔を上げ、必死な表情で蒼汰に飛び込んでいく。


「お願い……行かせて……」


「だからだめだって……」


 蒼汰の言葉に唇を噛むもえか。

 だが彼女は引き下がらなかった。


「……今日約束をしていたの」


 約束?

 

「今日は……今日はお母さんと逢う約束をしているの。だから行かせて!!」


「お母さん……?」


 狗神もえかの母親――狗神幸子。


 蒼汰はもえか会いたがっている母親本人に出会っている。

 だが実際に幸子さんと逢って会話した時、実の娘と再会する約束を取り付けているといった素振りを見せなかった。


 いや、母と娘の再会など、蒼汰には関係のないことゆえに話す必要はなかったということか?


 だとしても、幸子がこの暴動に巻き込まれている可能性は非常に高い。

 万が一もえかと同じく暴徒化を免れていたとしても、渋谷に蔓延る怪人による無差別テロの標的にされているかもしれない。


「……」


 もえかのすがるような視線に居たたまれなくなった蒼汰。

 蒼汰だって幸子のことが心配でしょうがないのである。


「お願い――お願い!!」


 声高く叫ぶもえか。

 自分たちが見つからないように隠れていることも忘れ、もえかは必死の懇願を続ける。


「私……お母さんと離れ離れになっちゃってからずっと逢っていないの。でも最近連絡がついて――」


 彼女の堤防が決壊する。

 

「だから逢いたいの……逢って話がしたい。お母さんに遭って家族の幸せを再確認したい……」


 これで何度目か目撃するもえかの号泣。

 ここで彼女を突き放してしまったらどうなる?

 

 今にも壊れてしまいそうな様子の彼女から、これ以上何かを奪ってしまうことへの危機感が内心わだかまる。


「大事な人とずっと離れ離れなんて……やだ。繋がりがなくなったら、いつかお母さんの忘れちゃうかもしれない……」


 彼女のその一言は、それまでの蒼汰の態度を一変させるほどに力を持ったものだった。

 

 彼女の想いも蒼汰の想いに似ているのだ。


 いつもは気丈に振舞っていて、できるだけ心配のないように演じていた蒼汰自身。

 しかし彼の姉が疾走してから1年、蒼汰だけは彼女のことを忘れたことがなかった。


 たとえ周囲の人間が蒼汰の姉の存在を忘れ去ってしまった後でも、蒼汰は密かに彼女の在処を問い続けていた。


(そうだよ……これは僕だって十分理解しているじゃないか……)


 痛いほど理解も実感もできるもえかの心中。

 同じ境遇だからこそ、共感し、手を差し伸べてあげることもできるかもしれない。


「……もえか」


 数秒の沈黙の後、蒼汰はもえかの細い肩をぎゅっと掴む。

 

「実は今日、もえかのお母さん――狗神幸子さんに逢ったんだ」


「!?」


「幸子さんはもえかのことを想い続けてたよ。今でも母親として、娘のことを想う立派な女性だった」


「蒼汰……く……ん……」


「……渋谷駅の近くのベンチでお酒を飲んで泥酔してた。まずはそこに行こう」


 蒼汰の言葉が途切れたとき、もえかの顔に華が咲いた。


「僕たちに危害を加える人間たちがいっぱいいる。だから()を行くよ」


 空――その単語にもえかは疑問符を浮かべる。

 

 そんな彼女の目の前で、蒼汰は脳内指令を巡らせる。


 それから僅か1秒以内――


 多数の『ミツミネ』が蒼汰の上空に集結し、数人の彼女たちが蒼汰ともえかの周囲に降り立つ。


「今から目的地へ行く。だからみんなはサポートをお願い」


 無言の肯定。

 上空のシスターは制空権を確保すべく周囲に散らばり索敵開始。

 降り立った数人のシスターは蒼汰ともえかに浮遊魔法をかける。


「そ――蒼汰君!?」


「心配ないよ。幸子さんのいた場所へ行くまでちょっとした遊覧飛行だ」


 ふわっと、2人の足裏が地面から離れる。

 高速の上昇であっという間に上空数十メートルにまで到達し、渋谷駅付近のベンチに向けて発進する。


「ブ――ブブブVR!! 私VRをつけてるの!?」


 未だ現実に対する処理能力が不足しているもえかは、必死に自分の両目を覆う幻想のVRゴーグルの除去に邁進する。


「心配しないで、そのVRは地面に足を付けたら消えてなくなるよ」


 空中で暴れ出すもえかを抑えながら、跳躍より僅か数秒で幸子と出会ったベンチへと到達する。


 地面に足をつけた蒼汰は、すぐに周囲を見渡す。

 視界に入る光景はサイコハザードに巻き込まれた人間による暴動行為。 

 どこもかしこも暴力で塗れたこの場所には、我が子を想っていた母親の姿など見つけられるはずもなかった。


「……」


 蒼汰が閉口する中、おどおどした様子でもえかは肩を震わせ、母親を探すことに一念している。


(幸子さん……もしかしたらあなたも……)


 蒼汰が奥歯を噛みしめる。

 

 度重なる足音。

 途切れることのない暴力本能。

 それらが飛来した異端たる蒼汰ともえかに向けられるまで、それほど時間を要することはなかった。


「――ミツミネ! 僕ともえかを守れ!!」


 彼らの接近に気が付かないはずはない。

 蒼汰の命令に忠実な『ミツミネ』は、『ゼネラルメビウス』の所有者たる蒼汰の護衛に()()する。

 

「そ――蒼汰君!!」


 暴徒の1人が、もえかの細い手首を強引につかみ取る。

 あまりの握力に骨がきしみ、少女は苦痛の息を吐く。


 そのまま彼女の服を掴み、群衆の中へと引きずり込まれる。


「もえか……もえか!!」

 

 事態を理解した蒼汰は、精一杯手を伸ばした。

 

 間抜けだった――


 何があろうとも、あのヴェローナ伊吹を易々と撃退した『ミツミネ』なら何とかしてくれる――強い過信が悲劇を招いた。


 『ミツミネ』は蒼汰だけを守り、もえかを守る仕草1つ見せず、災禍の渦へと吸い込まれていく少女を冷たい瞳で見下ろしていた。


「もえか――手を握って!!!」


 筋肉の伸縮限界を超える勢いで伸ばされた腕――それが1人のシスターによって阻止される。


 蒼汰の腕を掴む黒の修道女は、彼の腕が暴徒によって掴まれることを恐れ、それを自分の胸へと引き寄せる。


「――何してるんだよ!? 離して!!」


 そして数人のシスターに取り押さえられる形で、蒼汰だけは幾多の暴徒たちの間合いから外れた。

 赤く色づく蒼汰の瞳。

 どれだけ洗脳を施そうとしても、彼女たちは蒼汰の指示に従うことはなかった。


 『ミツミネ』は『ゼネラルメビウス』の守護者。

 その所有者にて管理者でもある吉野蒼汰の護衛を司る存在ゆえ、無関係者である狗神もえかの護衛などプログラムにはない。

 そして蒼汰の身に危険が迫ると予想されるような命令は受けつけられない。 

 ゆえに蒼汰をもう一度地上へ下ろすことはできないのである。


 どこまでも設定に忠実な彼女たちは、地上にもえかを残して蒼汰だけを空中へと舞い上がらせる。


 もえかは群衆に埋もれ、存在がかき消されてしまう。


 視界から彼女の姿が消滅し、空中で蒼汰は強張っていた全身の力が抜け落ちるようだった。


 喉まで出かかった声が鳴りを潜める。

 声を出したくても出せない状況の中、蒼汰はゆらゆらと宙を漂うばかりである。


 瞳に力と光を失い、ただ呼吸と瞬き繰り返すだけの蒼汰を尻目に、1人のシスターが地上のある場所を見つめる。


 そこには、何らかの力によって空へと昇る暴徒たちの姿があった。

 空間に展開された魔法陣から次々と武器を取り出し、その切っ先と敵意を蒼汰に向ける。


 それに応じるように、シスターたちの手にも着々と武器が宿り始める。

 

 最優先事項は蒼汰の保護、そして敵勢力への武力攻撃。

 確実に脅威を仕留めるべく、斬首攻撃を――


 各々が武器を振りかぶり、迫りくる暴徒に撃ち下ろす瞬間――


 目の前を明るく照らす一筋の大型魔力光が通過していった。

 夜空を彩るその光は、接近する暴徒たちを完全に灰にして消失する。


 暴徒を薙ぎ払った魔力砲撃の発射源を特定したシスターたちは、持っていた武器を収め始める。


 力なく視線を動かす蒼汰。

 

 シスターが見つめる先、夜の闇よりも暗い色をした双翼を持ち上げ、宙を舞う赤毛の女騎士。

 

 フランスから帰ってきた後でも何週間も眠り続けた少女。


 なぜこのタイミングで、どういうわけで目覚めたのかもわからない。


 理解の追いつくことのない不可解な状況が、悪魔のような魔法少女の姿となって顕現する。

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