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対外自動イージスシステム

 大天使の奇策が起動に乗った。

 

『――ヴェローナ伊吹の攻撃を受け、防衛措置がとられます』

 

 『ゼネラルメビウス』を守護する対外自動イージスシステム『ミツミネ』。 

 

『――ほら、やって来ました。『ミツミネ』が――』


 誇らしげに言葉を繋げる大天使。

 それを合図にするかのように、蒼汰たちのいるビルの周囲を取り囲む空間が歪み出す。

 

 そして無数の魔法陣が次々と現れ、背景を明るく照らし出す。

 夜の渋谷の光量に負けない強大な光の暴力に、ヴェローナは眩しそうに目を細める。


 描かれた魔法陣。

 そしてその中心より身を乗り出す人型。


 黒を基調としたベールを被り、汚れ無き貞操を示す修道服をまとった淑女。

 祈りを捧げるように胸の前で折り手をし、重力を感じさせない軽やかな飛行で魔法陣の中から飛び出していく。


 呆気にとられた様子で空を見上げる蒼汰とヴェローナ。

 だが蒼汰は、いち早い現実への回帰で彼女らの正体を明かした。


「修道女……」


 ぽつりと呟く蒼汰。

 彼の吐息を聞き届けた淑女たちが、徐々にヴェローナを取り囲むように降下していく。


『――蒼汰様、彼女たちはあなたの世界の守護者たちです』


 ――『ゼネラルメビウス』に繋がる扉を、ヴェローナ伊吹の攻撃座標に出現させました。

 ――扉が攻撃を受けたことにより、設定された自動防衛装置が発動したのです。


『――それがあれです』


 大天使が言葉を飛ばす。

 ヘリコプターを思わせるホバリング飛行でヴェローナを包囲したシスターたちは、各々スラリとした動作で自分たちの目の前に小型の魔法陣を形成する。


 その魔法陣から召喚されたように、それぞれがそれぞれの武装を取り出してその手に握る。


 動物的な察知能力で危険を覚えるヴェローナ。

 退路も武器も残されていない彼が、自身を見下ろす正体不明の修道女におののきを見せ始める。


 ヴェローナを取り囲むシスターたちは表情を変えない。

 凍ったように唇を紡ぎ、冷気さえ感じさせる瞳でヴェローナを見下ろしていた。


「――やっべえ……やっべえぞクソったれが……」


 ヴェローナは自身に向けられる幾多の殺意を肌で感じ、奇怪な雰囲気に心臓を鷲掴みにされる。

 

 観測された大天使情報を枠を超える新事実。

 未知のシスターを前に、ヴェローナは沸き起こる恐怖心に拍車がかけられるが――


「ここで退いたら親衛隊の部下たちにも示しがつかねぇ……」


 修道女の戦闘情報がなくとも、ヴェローナが彼女たちに劣っているとは限らない。

 だからここで、少しでも数を減らして有益な情報を手に入れることが大切である。


「――だからまずはてめぇだ!! 真ん前の金髪クソシスター!!!」

 

 ヴェローナが床を蹴って跳び上がる。

 

 拳を解いて爪を剥く。


 彼を見下ろす金髪のシスターの首元に狙いを定め、整えられた爪先を撃ち放った。


 強靭な腕力を伴った鋭利な爪は、修道女の細い首を斬り裂くにはあまりにも狂気に似た凶器である。

 

 本来であれば、彼女たちシスターにヴェローナの襲来を止める力などないと考えるのが普通である。

 こんなとき、彼女たちにできることは限られている――


 神に祈り、その身から魂が事切れることを回避する努力をするだけである――


 だがヴェローナは祈りの時間を与えなかった。

 爪をシスターの首筋に突き立て、握力と腕力で強引に首元を引き裂いていく。


 出血。

 そして確実に人体に損傷を与えた感触が指先に残っていた。


 首に3センチ以上の深い溝を掘られて平然としていられる者はいるだろうか?

 ヴェローナは今までの実戦の経験から、その疑問は完全に打ち砕かれる。

 だから一瞬前に首を斬られたシスターに余命は残されていない。


 だとしたら――


 なぜ目の前のシスターは痛がる様子もなく冷たい瞳でヴェローナを見下ろすのか?


「こいつ……化け物か……」


 率直な疑問の刹那、首を抉られたはずのシスターが持っていた短剣をヴェローナの心臓に突き立てた。

 それを皮切りに、容赦のない修道女からの一斉斬撃が降り注ぐ。


 見る見るうちにヴェローナの羽織るコートが引き裂かれ、肌の下からゴテゴテした機械が姿を現し始める。

 心臓を守る装甲が短剣をストップさせ、その生命の源への直撃を防いでいたとはいえ、度重なる修道女からの刃物によって機械部位に深刻な裂傷が刻まれる。


 目の前で起こる、黒の修道服による同時攻撃。

 舞台の登壇者から傍観者へと変わった蒼汰が、神経の緊張を感じながら大天使に問いかけた。


「あれは自動で動いているの……?」


『――はい。敵と判断した者を徹底的に撃滅するようプログラムされた修道女です』

 

 最初のワルプルギス文書を回収し、世界構成システムが起動した際に創り出されたセキュリティ装置です――


「彼女たちも『ゼネラルメビウス』の――世界の一部なんだね……」


 人間味がある動きをしながら、人間味のない固まった表情で武器を振るう女性たち。

 そんな彼女たちの重く冷たい斬撃を全身に受けながらも、ヴェローナは吹っ切れたように反旗を翻す。


 最初にヴェローナの心臓へと短剣を突き刺したシスターの顔面を鷲掴みにし、浮遊する彼女の体を屋上の床へと叩きつける。


 自分の胸に刺さった短剣を引き抜き、鋭利な刃を彼女の胸元へと叩き落す。


 衝撃で床が割れ、跳ね上がった破片がヴェローナの頬を切り裂いた。


「一体多数だからって、盤石な状況だとは限らねぇだろってんだよぉ!!!?」


 金髪のシスターから短剣を引き抜く。

 シスターの血が付着した短剣を構え、ヴェローナは反撃態勢に入る。

 

 彼が再び戦意を露わにしたことを感じ取ったシスターたちが、一斉に武器を振り上げる。


 頭の上に飛来する幾数の白刃。

 深く床に沈み込み、瞬発的な筋力で前方へと突進する。

 ブーツ裏が摩擦熱で焼け、ゴムの焦げた臭いを感じながら一番近いシスターに殺意を向ける。


 ヴェローナに狙いをつけられたシスターは、爆発的な推進力を伴わせた長剣に意欲的な敵意を乗せる。


 短剣と長剣がぶつかり合い、生じた衝撃波が周囲のシスターを吹き飛ばした。


「ごちゃごちゃと考えるのはもう辞めだ――大天使の作戦だか何だか知らねぇが、ここでお前ら全員の魂引き抜いちまえばそれで終わりだ!!」


 挑発的なヴェローナの言葉を聞きながら、長剣で切り結ぶシスターは何も答えない。


「――この口なし女!!!」

 

 ヴェローナの短剣に力がこもる。

 改良を加えた特殊な人体組織が、ワルプルギス文書に生み出された防衛装置の腕力を凌駕する。


 純粋な力勝負で敗北に迫りつつシスターの長剣。

 鍔迫り合いで押された長剣の刃が、彼女の胸から肩にかけて押しつけられる。

 赤色の液体が修道服を汚し、加虐的な色合いを乗せる。

 

「礼拝堂でのお祈りは、お前に天命を与えくれるもんなんかじゃなかったみたいだな!!!」


 長剣はすでに彼女の背中にまで達する寸前。

 また一人の信徒が命を落とそうとしている、そう誰もが思うだろう――




『――調整完了。『ミツミネ』のテスト動作における不具合を自動修復。これより本起動に移行します』




 蒼汰にしか聞こえない大天使の声音。

 

 『ミツミネ』のリアルタイム詳細情報を参照した大天使は、僅かに口元を上げた。


 試運転なしに発動した『ミツミネ』の初期不良を算出。

 脅威に対する積極性を欠く動作に対する調整を施行。

 その他動作に関する不具合を修復。


 対外自動イージスシステム『ミツミネ』再起動――

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