新たな権限
『――吉野蒼汰、あなたが『ゼネラルメビウス』を使いこなしてください』
「使いこなすって……」
蒼汰の中で大天使が権限を発動した。
大天使の謎に包まれた言葉の羅列に、蒼汰は未だ理解が及んでいなかった。
『――問題ありません。私がサポートしますので、あなたは私の言葉を信じて行動してくださるだけでよいのです』
蒼汰の緊張を解きほぐすように優しく語り掛ける。
『――理解を伴わなくとも、ただ想像を行うだけで現実となるのです』
傍から見れば蒼汰が見えない誰かと話しているような光景。
ヴェローナは自身の存在を忘れ去られたように独り言にふける蒼汰に、頭の中が切れる感覚に襲われる。
「おい蒼汰ぁ!! この俺様を無視してんじゃねぇぞぉぉ!!!」
ヴェローナはサーベルを握りしめて突進。
ヴェローナが戦意を再び露わにし、蒼汰は身構える。
そんな蒼汰に大天使は最後通告を発す。
『――大天使も新造世界もあなたのものです、そしてその2つはあなたにとって必要なものなのです。だからこそ使いなさい」
ヴェローナのサーベルは蒼汰の喉元を狙って銀色に輝いている。
刃先の到達までおよそ2秒――
理解が追いつかなくとも、行動を起こせば現実となる。
大天使が密かに耳打ちしたその言葉を、蒼汰が心の中でイメージする――
瞬間、蒼汰の目の前でヴェローナが降り注いだ円柱状の物体に押し潰される。
蒼汰は落下物の着弾の衝撃に足を取られ、その場に尻もちをつく。
思わず目をつむってしまった蒼汰。
そして恐る恐る瞼を持ち上げると、視界を埋め尽くす光景にピントが合った。
ビルの屋上の床が木っ端みじんに破壊されたことによる、天へと昇る粉塵。
ホワイトアウトで視界が遮られるが、自分に攻撃を仕掛けてきたヴェローナに審判が下ったという実感は確かに手の内に握られている。
『――ご覧になられましたか? これはあなたがやったのですよ』
突如上空より飛来した物体が屋上の床を陥没させた。
何もない空から降ってきた異質なオブジェクト――
『――あなたに『ゼネラルメビウス』への特別任意干渉権を付与しました。これでかの世界の物体をこちらの世界に転送可能です』
それが特別任意干渉権の強さの1つ――大天使の簡易的な説明を受け、蒼汰はようやく行動に対する理解が追いつく。
上空に設定したポイントから、『ゼネラルメビウス』に存在した神殿の柱を転移。
それを落下させることで、ヴェローナごと屋上を叩き潰したのだ。
「で――でも、あっちの物をこっちの世界に持ってきたりしたら困るんじゃ……」
『――今はそのような常識を議論する余地はないのですよ。あなたが死ねば『ゼネラルメビウス』を完成させることはできません』
それに神殿が一棟破壊されようとも、あちらの世界の影響は大きくはない。
『――私の一存で、あなたには真の意味で『ゼネラルメビウス』を好きにできる立場に成り上がらせました』
ですから賊を討つのです。おそらくあの者はもう這い上がってくる頃です――
大天使の注意勧告に似た語りを受け、蒼汰は神殿柱の落下地点を回り込んで隣のビルへの移動を開始する。
フェンスを乗り越え、1メートル弱離れた隣のビルのフェンスへと飛び移る。
高高度での乗り移りを経験した蒼汰だが、眼下に地面がはっきり見えている状態での跳躍には肝を冷やす。
全力の握力でフェンスを握りしめ、両足をかけてよじ登る。
そして何とか屋上の床に両足をつけられたことに胸を撫で下ろし、さっきまでいた背後のビルに注視する。
「……お、おい蒼汰ぁ。ずいぶんとバイオレンスなプレゼントしてくれるじゃねぇか?」
下階にまで貫通した柱をよじ登り、全身に裂傷を負ったヴェローナが血濡れの顔で蒼汰を睨みつける。
『――先ほどの転移で、もうやり方はマスターしましたか?』
「うん、もう大丈夫」
頭で想像するだけでよい――
完全に這い上がったヴェローナは大きく跳躍する。
その一跳びでやすやすとフェンスを飛び越えたヴェローナのサーベルが蒼汰に向けられる。
(想像しろ!!)
迫りくるヴェローナを前に、蒼汰は再び想像を開始する。
「――そこだ!!」
腹の奥から出した声。
蒼汰の言葉に釣られるように、空中に異世界の物体が出現する。
それが蒼汰めがけて突き出されたサーベルに向かって発射された――
未知の力で加速された岩石が、サーベルを腹からへし折る。
「……すごい」
自分自身がやったことに驚嘆する蒼汰。
『――敵の武装を破壊しただけです、次の一手が来ます』
大天使のアドバイスを受け、蒼汰がもう一度想像を開始。
それと同時に壊れたサーベルを投棄したヴェローナが、拳を握って再び来襲する。
蒼汰の前方30センチメートルの床下――
そこから屋上のコンクリートを突き破ってレンガ造りの外壁が姿を現す。
「壁を盾にするつもりか、この腰抜けぇぇぇ!!!」
鋼より硬く握りこんだ拳を引き、爆発的な加速で正拳を叩きこむ。
壁が一瞬のうちに崩壊し、ヴェローナの拳と雌雄を交えたレンガが粉状に粉砕される。
壁の向こうに隠れていた蒼汰の姿を視認し、ヴェローナはそのままもう一度拳を引いた。
蒼汰はこの壁が壊されることは織り込み済みである。
故に彼は大天使のささやきを聞いたのち、二段構えで策を練っていた。
ヴェローナの瞳が見開かれる。
彼の視線の先、そこのあったものは粉塵の中で揺らぐ幾多の影。
研ぎ澄まされた敵意を宿したその影が、ヴェローナに向かって射出される。
煙の粒子をかき分けながら突出する影が四肢に刃を立てる。
手足を撃たれたヴェローナは、その刺突の衝撃で後方へと弾き飛ばされる。
激痛に苛まれる両足を踏ん張り、ヴェローナは衝突の衝撃を正面から受け止める。
「くっそ……痛ぇじゃねえか……」
完全に停止したのち、鈍い痛みに顔をしかめながら腕に刺さった金属を引き抜く。
甲高い音を上げて床に落ちたそれは銀食器。
血液と茶色の液体を垂らしながら、ヴェローナは一本のフォークを掴む。
蒼汰も大天使もその動作に気が付いている。
大天使は再び蒼汰にしか聞こえない声で耳打ちする。
「――わかった、それでいこう」
短時間の作戦会議が終わり、蒼汰はヴェローナに注視する。
血濡れの手でフォーク持つヴェローナが足に体重を預ける。
後天的な施しで強化された足腰が、ヴェローナを戦闘機動に乗せるべく爆発的な加速を生む。
蒼汰に向かって突進するヴェローナ。
蒼汰は想像を膨らませる。
先ほどまでの、異世界からの物体の転移という枠組みから外れた思考。
オブジェクトを転送するというイメージから、空間そのものを転移させるというイメージへ――
世界を創り調整する権威を備えた蒼汰だけができる、人間の領域を乗り越えた御業。
それをこの場で実現させる――
ヴェローナの握りしめたフォーク。
それが蒼汰に突き出された瞬間、蒼汰とヴェローナの間の空間が著しく乱れた。
状況の無理解を顔に浮かべるヴェローナ。
突き出されたフォークが、蒼汰たちの存在する空間とは別空間に吸い込まれた。
その別空間とは、ロッテが使用した『ゲート』の固有魔法のときのような空間の切れ目ではない。
七色の光が渦上に形成され、それがフォークの刃先をすっぽりと呑み込んでいるのである。
戦意を乗せたフォークが突き刺さった異空間。
そこは神の力が宿った文書によって生み出された、この世界とは隔絶された異世界――
――新造異世界『ゼネラルメビウス』への扉である。
このとき、蒼汰と大天使の2人にのみ轟くサイレンが脳内を駆け巡っていた。
『ゼネラルメビウス』に外部からの脅威が迫ったときに鳴り響く――襲来警報。
『――警告、『ゼネラルメビウス』が外部からの攻撃を受けました。レッドアラート発令』
機械音声のように活舌のよい大天使の声が脳内を浮遊する。
『――積極的自衛措置を発動、脅威の排除を開始します。対外自動イージスシステム『ミツミネ』が起動しました』




