2人の論議
「吉野君、ちょっといいかしら」
校門を出たあたりで少女に声をかけられる。
「藤ノ宮……」
蒼汰の目の前には決して晴れない表情の麗が立っていた。
両手を胸の下で組みながらこちらへ歩み寄る。
蒼汰は彼女の凛とした瞳の奥に、隠しきれない色が混じっていることをすぐに察する。
「明るくない話?」
分かり切った質問を麗に送る。
「ええ、私たちの手に負えない問題」
気分悪く嘆息する麗。
彼女の態度から見てもわかることだが、本当によくない事態が起きているのだと予感できる。
「報告したいことは2つあるの。悪い話と悪い話、どちらから聞きたい?」
「……じゃあ前者でいいよ……」
どちらも悪い話である以上、前者か後者を選択しようが意味があるとは思えなかった。
「――あなたにとっても周知の事実であることなのだけれど、ヘスティアのことよ」
どちらかの悪い話に含まれているだろう、そう予想していた話題が麗の口から発せられた。
「僕らじゃ調べようがない――藤ノ宮、精密検査をファルネスホルンに頼めたりしないのかな?」
「……どうかしらね。ファルネスホルンも問題が山積みで忙しいのよ、それはもう一つの悪い話のときに説明するわね」
少年と少女のため息が重なった。
「……この世界の病院に連れていくわけにもいかないし、かといって日本政府も……」
だが日本政府にコンタクトをとったところで、彼らが有益な情報をくれるのだろうか?
現状日本政府による行為という仮説が挙がっているが、それも証拠はない。
そもそも動機ですら掴めていないのである。
エーデルワイスとの戦闘後、蒼汰はロッテの出した仮説から、感情的に日本政府がクロだと判断してしまった。
だが、果たして実際は――
「吉野君」
悶々と思案にふけっていた蒼汰を呼び覚ます声音。
蒼汰の名前を呼んだ麗が、すぐ彼の目の前にまで近寄っていた。
「ファルネスホルンは、この世界の日本政府が大天使にとって毒か薬か断定しかねているの」
「……ああ」
「だからファルネスホルンも日本政府に、体制派と同様に圧力をかけることができないの」
「そうか」
「だから私たちも消極的にならざるを得ない――まあ彼らがクロだという証拠がないから当然なのだけれど……」
麗は蒼汰から視線を外し、周囲を見渡した。
彼女に釣られ、蒼汰も麗の視線を追う。
「……」
数多の瞳。
物珍しそうに蒼汰たちを眺める生徒たちの姿がそこにあった。
観衆の注目を集める2人。
(……注目の種は藤ノ宮か)
蒼汰の目の前に立つのは、誰もが認める美少女である。
それも、蒼汰の学校とは違った制服を着こむ女子高生。
傍から見れば、別の学校に通う麗が蒼汰の出待ちをしていたと誤解される光景だ。
「お……おい蒼汰」
聞き覚えのある男子生徒の声音。
「赤城……」
驚いた様子で蒼汰と麗を交互に見る赤骨赤城。
「……吉野君」
ばつが悪い顔をしている蒼汰とは正反対に表情を変えない麗。
「場所を移しましょう」
麗は蒼汰を群衆を尻目に校門から遠ざかっていく。
「あ、うん」
とっとと行ってしまう麗を追う蒼汰。
背後からの視線が気になるが、一般市民に会話を聞かれるわけにはいかない。
しばらく通学路を歩き、2人は木々に囲まれた神社に足を踏み入れる。
この時間は人気が少ない。
麗は神社本殿の裏に回ったところで停止する。
「――ここなら話せるわね」
周囲に人がいなく、風に揺られた葉音が立ち込める閑静さ。
麗は真剣に蒼汰の瞳を捉え、話を再開する。
「それでね、もう一つの悪い話なんだけど――体制派の活性化が認められているの」
「体制派が……」
吉野蒼汰の大天使を強化する目的で、異世界の人間をこの世界へと転移させた組織。
反体制派の魔法使いをこちらの世界へ強制的に送り込み、彼らの大天使への殺意を利用し、戦闘を通じて進化を促す。
「ええ、直接私たちと武器を交わす反体制派とは別に、世界各地で彼らと戦争を続ける体制派たちが、交戦を激化させている」
それに乗じて――麗が付け加える。
「体制派が新名を名乗ったの、『システマイザー』って」
体制派はこれまで、直接降りかかる反体制派の攻撃を迎撃し、撃破する形で自衛に努めてきた。
だが最近になって体制派からの攻撃が苛烈を極め始めたのである。
「それに、体制派が反体制派と積極的戦争をする理由はあるのよ。戦争で多くの人間たちを殺して生まれる――生命エネルギーを確保する理由がね」
「……生命エネルギー」
思わず蒼汰が復唱する。
「ええ、神様と世界の発展に大いに寄与する莫大なエネルギー。それは人間が死んだときに放出される生命エネルギーよ」
「そ――それって」
麗の説明で蒼汰が察した。
「かつて神様が人間の生命エネルギーの確保を狙って大戦争を起こしたことがあるの。今では条約違反のはずだけど」
麗はつばを吐き捨てるように語る。
「敵の数を減らすっていう理由もあるけど、死んだ魔法使いの生命エネルギーを大天使に注ぎ込むって魂胆もあるの――この世界の住民を巻き込んでまでね」
不愉快さを露わにする麗。
エーデルワイスの砲撃術式を防いだことで、ベルリンの数百万の命を救ったわけだが――
実際蒼汰の目の前で起きていないだけで、世界各地では異世界転移者の抗争に人々が巻き込まれている。
蒼汰は心に棘が刺さったように気を落とす。
麗の言葉が脳内で再生され、この世界を取り巻く事実が罪悪感となって圧し掛かる気分だった。
(人間を殺して生命エネルギーを奪おうなんて……)
神様の中にも人間と同じように愚行を重ねる者がいるのか――
(それを大天使強化の触媒にするのか…)
蒼汰は拳を思い切り握りしめ――拳を解いた。
「――どうかしたの?」
蒼汰の様子の変化に違和感を覚えた麗。
それまでの様子とは裏腹に、蒼汰は深く考え込むように髪をさする。
「生命エネルギーを大天使に注ぎ込むって、一体どうやって、まったく実感もないし」
「――確かにそうね」
エネルギーの送信先は麗の目の前にいる。
そして大天使が目覚めた時から近くに居続けているのである。
普段通りの彼に、本当にエネルギーが送り込まれているのだろうか?
蒼汰に特別な変化はない。
そもそも大天使を進化させるエネルギー量が注ぎ込まれたのなら、目に見えない変化など考え難いが……。
(それとも視覚化どころか感知もできない技術で送り込まれているのかしら……)
顎をさすって思案にふける麗。
「――わからないことが多すぎるわ、これ以上頭を使ってたらパンクするわ」
「超人の藤ノ宮も人間っぽいところがあるんだね」
「何よ、私は神の役所に勤めているけれどもれっきとした人間なのよ。あなたと一緒にしないでくれる?」
麗は両手を腰に当てて不満を漏らす。
その様子に安堵した蒼汰が微笑みを浮かべる。
「……どうしてニヤついているのかしら?」
「気を張ってばかりの藤ノ宮が肩の力を抜いてくれたからだよ」
蒼汰の言葉を聞き、麗は初めて自分の凝り固まった意識が和らいでいることに気が付いた。
「……私に冗談を言ったのはこのためなの?」
「――まあそうだな」
蒼汰の返しの後、数秒頬を膨らませていた麗が空気を抜く。
境内を流れる風になびかれた黒髪を抑えつけ、こう締めくくる。
「いいこと吉野君、戦争は神様が何とかしてくれるわ。だからあなたはワルプルギス文書のことに集中なさい」




