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ひと時の日常

 朝から報道される、先日の宇宙ステーション『ヴァリアラスタン』完成五周年記念式典での爆破事件。

 警察の立ち合いで、爆破は人工的に起こされたものではあるが、それでも爆発物は特定できずにいる。

 ネットでは様々な憶測が流れ、科学では説明のできない現象だと言う説もある。

 そして、狗神もえかのトークショーを見ていた来場者は奇妙な光景を目にしていた。

 宇宙エレベーター50メートル付近の爆破現場での謎の光。

 そしてそこから姿を現した二人の人間。


 時刻は朝の8時。

 吉野蒼汰は昨日の深夜に人工島から家に帰り、今はこうして学校に行く準備をしている。

 トーストを頬張りながらスマホでニュースやブログをチェック。


(これが急上昇ランキングでトップ……)


 二人の男女が戦闘をする映像。

 騎士服を着た赤髪の令嬢、そしてサングラスをかけた白髪の男。

 二人がアクション映画を超える迫力でぶつかり合う動画がネットにアップされていた。

 そして女騎士、ヘスティアが殺される瞬間から先が消されている。


「……やっぱり殺されたのか」


 その映像を生放送でネットに流していた撮影者はガロンに気が付かれ、殺されてしまった。

 何らかの圧力で動画が修正され、今は無修正の完全版を閲覧することはできない。


 母親の声がした。

 もう家を出ないと学校に遅れてしまう。

 トーストをコーヒーで流し込んだ蒼汰は通学カバンを持って玄関へ。

 

 歯を磨く時間がなく、ガムを噛みながら家を出る。


 空は晴天。

 昨日の出来事が嘘のように穏やかな陽気だ。

 視界に移る光景は慣れ親しんだものであり、いつものルーティーンワーク、繰り返される日常。


 そんな中、吉野蒼汰という少年は非日常へと足を踏みいれ、未知の奈落に転落した。


 昨日、藤ノ宮麗と名乗った少女は蒼汰に言った。


 失われた『ワルプルギス文書』の断片を揃え、文書を完成させる。その文書の持つ神の力で新たな世界を創造、順次崩壊寸前の異世界から生命を救い出し移民とする。


 それだけじゃない――


 蒼汰は立ち止まる。

 今周囲には誰もいない、蒼汰しか存在しないこの場所でもう一人と接触を図る――


「――聞こえてる? 大天使」


 蒼汰に憑りつく一人の存在。 

 人知を超え、科学を無視した特異な機能の集大成。


 返事はない。

 蒼汰は本当に一人だった、彼の中のもう一人を除いて――


 鳴りを潜める存在のことは忘れ、早足ぎみに学校へと向かう。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 高校に着き、下駄箱の扉を開ける蒼汰。


「あっ――吉野君」


 小走りで近づく存在。


「お、おはよう」


 ぎこちなく微笑む少女。

 昨日の衣装とは対照的に飾りの少ない通常服、学校制服を身に着けた狗神もえかがあいさつした。


「うん、おはよう」


 蒼汰ももえかもお互い緊張している。

 そのぎこちなさは昨日の出来事が発端であろう。


(わわわ! 吉野く……蒼汰君緊張してる!? 昨日のナデナデが効果あっちゃったのかな!?)


 心の中で妄想を垂れ流すもえかに眉を顰める蒼汰。

 

 その後2人はお互い上履きに履き替え、二人の教室へと向かう。

 今は九月の始め、文化祭を控えた準備期間である。

 まだ未完成ではあるが、どこもかしこも文化祭に向けた装飾で埋め尽くされている。


「……ねえそう――吉野君。昨日は無事に帰れた?」


「電車が動いてるから帰れたよ」


「そっか、すごい衰弱してるみたいだったから……」


 本気で心配してくれている。

 優しい子だな……


「昨日私はね、警察の人が来てからずっと事情聴取。現場検証にも付き合ってその後パトカーに乗せられて家に帰ったんだよ」


 もえかの横顔は喪失感に満ち溢れ、満たされない達成感、拭いきれない悲壮感に染まっている。

 蒼汰の前で無理して笑い、失ってしまったものから目を背ける。

 今はそれでいいのかもしれない、でも彼女の横顔を見ているとそれも長くは続くとは思えない。


(何とかしてあげたい……)


 蒼汰の視線に気が付いたのか、もえかは顔を反らす。

 僅かに上下する胸元。そっとした深呼吸の後、会話を切り出す。


「今度式典をやるのは――多分五年後。私たちが現役で大学に進学したら四年生のときに一〇周年記念祭ができるかな?」


「――5年後か、長いようで短い時間だね。僕もちゃんと進学できればいいけど……」


「吉野君は模試でいい成績取ってるんでしょ? 二年生の内に基礎をがっちり固めておけば三年生になってからは順調に前へ進めるんじゃないかな?」


「――そうだね。あわよくばセンター利用で滑り止めを合格しといて、本試験で本命に合格できればいいんだけどね」

 

 別のことで頭がいっぱいだ。空返事ぎみの会話を終え、蒼汰は一時限目数学の教室の扉を開ける。


「おおおおおおおいぃ! 蒼汰ぁぁぁ!!」


 扉が開いた瞬間、友人赤骨赤城が飛び、蒼汰にぶつかる勢いで突っ込んでくる

 蒼汰は突撃してきた友人を軽く回避する。

 そして目を皿にしてその光景の一部始終を見ていたもえかが叫ぶ。


「あ――危ないよ赤骨君!! ()()()に当たったらどうするの!?」


 彼女の声高を聞いた教室内の視線が一気に集まる。


 ひそひそ。

 おい、狗神さんが吉野のこと『蒼汰君』って呼んだぞ!?

 ひそひそ。

 え? 名前で呼ぶ関係なの? 

 ひそひそ。

 秀才美少女学級委員長兼大人気アイドル化現象中イメージヒロイン狗神もえか様と一緒に登校してきたぞ!

 ひそひそ。

 ちょっと美紀、今から新聞部にこの情報を横流しにして恩を売っておきなさい。


 好き勝手な想像が飛び交い、蒼汰ともえかは居たたまれないい気持ちで席に着く。

 隣の席でもえかはうなだれる。心の中でだけしていた名前呼びを披露してしまい、恥ずかしさから顔を隠す。


 この瞬間、今だけは平和な日常のように思える。

 教室は賑やかな談笑が飛び交い、陽気な青春を過ごしている。


 終わりの見えない騒動の望まぬ主人公となった蒼汰は答えを出せずにいた。

 藤ノ宮が言っていたことを本当に自分はやるつもりはあるのかと。

 いつ何時昨日のような災禍に巻き込まれるか分からない。

 自分の親しい人が巻き添えを食らうこともあるかもしれない、それが一番許せない。


 蒼汰は隣の彼女に視線を移す。

 できるだけ、いや絶対にこの子だけは災厄に巻き込ませないと誓おう。

 それが今の吉野蒼汰にできる、小さくも大きな決断である。

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