麗の審問会
日本国某所 ファルネスホルン日本支部
「藤ノ宮麗、入ります」
彼女の名乗り出の直後、白を基調とした装飾づくめの扉が開かれる。
扉の向こうから漂うものは、麗が立つ場所の雰囲気とはかけ離れた重圧である。
日本支部議会議事堂。
重々しい扉が開き切り、麗は圧力のるつぼへと入り込んでいく。
彼女の視界に入るものは、大型の円卓である。
円卓を囲って椅子に腰かける者が数十人。
全員が自身の世界を管理する神である。
彼らの視線が麗に向けられ、刺すような眼光を受けながら円卓の前にまで歩いていく。
霊装を回収され、艶のある黒髪を下ろした麗が円卓前で立ち止まる。
緊張の中、麗はつばを飲み込み声を張る。
「――ファルネスホルン日本支部、諜報課所属、大天使補佐監査官、藤ノ宮麗出頭いたしました」
麗の背後で扉が閉まる。
「――ようこそ藤ノ宮補佐官、いきなり出頭命令を出してすまなかったね?」
「大丈夫です、諜報長官」
軽く上司とのあいさつを挟み、麗は次の指示を待つ。
「では早速だが、藤ノ宮補佐官への審問会を始める」
麗の鎖骨を汗が伝う。
日本支部議長の言葉で審問会が開催される。
「では議長より本議題、『暁の水平線計画』の進捗状況の報告を――藤ノ宮補佐官」
「――はい」
応答後、一呼吸置く。
「判明した断片座標は『ヴァリアラスタン』及び『ラスコー洞窟』の2か所であり、すでに回収を完了いたしました。残る断片座標は現在確認されていません」
「なるほど……それと、ワルプルギス文書捜索が始まり、1か月もたたずに2枚目の回収を済ましているのだな?」
――だとすれば順調に計画が進行しつつあると考えてよいのだな?
麗はその問いかけに肯定の意を表する。
「結構、それが聞ければとりあえずの不安材料の一つがなくなったのも同然だ」
麗の眉がピクリと動く。
そのときの彼女の仕草を見逃さなかった議長。
そして麗の疑問を代弁する。
「藤ノ宮補佐官、体制派の活性化の兆候があるのを知っているか?」
麗の頷き。
神と神による2回目の大規模戦争『ラグナロク』。
その戦争でファルネスホルンから分裂した神のグループが、ファルネスホルンによる返り討ちに遭い敗北した。
敗戦後も水面下で勢力を伸ばしたが、大天使を取り巻く思想の違いで内部分裂を引き起こした。
「敗戦勢力の現体制――大天使を兵器として強化し、ファルネスホルンに対抗する体制派が本格的に動き出したのだ」
「それは、ファントムフューリーへの積極的な武力行使を開始した――ということでしょうか?」
麗は、現在大天使を取り巻くあらゆる事情を把握していた。
「――それで、だ。体制派が本格行動を開始する際、ファントムフューリーに対してこう名乗った――」
――システマイザー、と。
「体制派と反体制派は、放っておけば我々戦勝勢力に匹敵する」
故に事態の収束が必要なのだ。
「――議長、つまりそれは――」
「その通りだ藤ノ宮補佐官」
ファルネスホルンは両敵勢力に対し、積極的な行動を起こす必要がある。
「だが我々はできるだけ武力行使は避けたい。今は連中を牽制しつつ、ワルプルギス文書を確保することが先決だ」
藤ノ宮補佐官は与えられた任務に集中しろ、今話した厄介ごとは我々で対処する――そう議長が付け加える。
「――了解しました」
ハキハキとした麗の声音が響き渡る。
「――ああそれと、君らがフランスで剣を交えたエーデルワイスとブルギニオンはユーロ支部が拘束した」
麗の息が詰まる。
議長は手元の資料に目を転じ、さらに続ける。
「現在取り調べが行われているということだ」
円卓の至るところから声が挙がる。
2人の利用法を提示する者、そして2人の処刑を叫ぶ者。
「――最終的な判断は本部の最高評議会が下すことになるだろう」
資料から再び麗に目を向ける議長。
「今回はご苦労だった、藤ノ宮麗。神の力を奪取した魔女をよく退けてくれたものだ」
過分な評価、感謝いたします――麗がそう応答する。
彼女はつっかえた息を吐き出した。
今後の障壁になるやもしれないエーデルワイスの殺害を中止した麗。
この場で処分を言い渡されると予想していたが、それも杞憂に終わった。
「――短い時間であったが、藤ノ宮補佐官への審問会閉廷だ。藤ノ宮補佐官、どんなものでもいいが、質問などはあるかな?」
「――確認したいことがありますが、よろしいでしょうか?」
麗の切り返しに、一瞬会場に静寂が訪れる。
「何だ?」
「先の戦いにおいて、エーデルワイスはOSを『戦闘』の状態で回復魔法を使用していました」
「……確かにな」
「ですが、それは霊装で回復系の固有魔法を発現させない限りありえない現象です」
麗の指摘は最もだ。
「ですが彼女は、本来の魔法使いにはないイレギュラーを抱えていました」
「――ワルプルギス文書、およびディスターソードか……」
議長の代弁に麗が、はい――と応答する。
「もしや、神の力というものは魔導OSの境を超えた奇跡を起こせる、ということなのでしょうか?」
「そうだな。それが量産型の人間の魔術にない、神の魔法の特権だ」
「――ありがとうございます、頂いた情報を最大限活用させていただきます」
そして、これ以上麗からの質問がないことを確認した議長。
会場の解散を促すため、彼は閉廷の辞を述べる。
「――よし、本議会の項目はすべて終了だ。藤ノ宮補佐官、ロビーで送迎用の車が待っている」
「ありがとうございます――では、藤ノ宮補佐監査官、これにて失礼いたします」
退出のあいさつと同時、麗の背後で装飾された出入り扉がひとりでに開放される。
麗は軍人のようにまっすぐとした姿勢で踵をかえす。
入口に立つ衛兵の隣をすり抜け、麗は議事堂を後にする。
主役が退室した議会議事堂。
数人の出席者は渡された資料を手に、椅子から腰を上げる。
記録員に議事録の納期を伝えた議長は、コップをあおる諜報部長官に話しかける。
「――どうだあの娘は、これからも上手くやれそうかな?」
「もちろんです議長、彼女が最適な補佐官であることは私が保証します」
「そうか。今回の審問会は彼女自身の口から報告を聞きたかったゆえに開催したが、なかなか充実した時間だったよ」
「ありがとうございます議長。私も彼女が成長し、仕事をこなす姿を見れて満足しています」
諜報長官のセリフに何かを察したのか、議長は追及に入る。
「確か、彼女は君の管理する世界に住人だったな?」
「はい。私の力不足で、不幸な世界に生まれてしまった娘ですが……」
議長から視線をそらし、虚空を見上げる諜報長官。
彼は麗との出会いの時を回想する。
「私が出会った頃から藤ノ宮補佐官は、非常に義務と責任を重んじる子供でした。幼い時から世の中の不幸を受け入れざるを得ず、自分の身を守るために身についてしまったのがその両者です」
世界の神である私に直接歯向かってきた、それは昨日のことのように覚えています――
諜報長官の語りに引き込まれ、議長は思わず感傷的な気持ちをこみ上げさせる。
「――どうやら彼女には、その癖が未だに根強く染み付いているようです」
麗はまだ17歳にも関わらず、人並み以上の様々な経験を積んできた。
「――議長、彼女は心の底から『ゼネラルメビウス』の完成を願っています。我々も、現場に負けないように最善を尽くしましょう」
諜報長官からの強い使命感を受けた議長。
議長も同様に、力強い返事で決意を表明した。




