神の器の許容量
エーデルワイスの持つ別次元空間に干渉した。
そこからロッテのゲートを通ってワルプルギス文書を奪還。
「――そろそろ投降してください、あなたの望む秩序の崩壊は成しえない段階にまできているんですよ……」
有利な立場の停戦勧告。
蒼汰はエーデルワイスの胸元に手を挿し入れた状態で彼女の意思を請う。
「――ふふふ、秩序の崩壊は成しえない――ねぇ」
これで何度目かのエーデルワイスの不敵な微笑み。
狂おしく口角を釣り上げるエーデルワイスは、血みどろになりながらも瞳に力を宿していた。
「あなたはとっても素敵な勘違いをしているのよぉ?」
腱と関節を断ち切られながらも、彼女はディスターソードを手放していなかった。
「祝勝会を上げるには早すぎると思うのだけれどぉ?」
――ワルプルギス文書消失のため、魔力源をディスターソードに変更。
「だって私の敗北など決定していないのだからぁ」
「あなたの敗北は決定しているでしょう?」
「ワルプルギス文書を失ってしまったとしても――私の足場は盤石なのよぉ」
エーデルワイスのポジティブシンキングの直後、彼女の四肢に突き刺さっていたナイフが急激に跳ね飛ばされる。
急激なエネルギー爆発のような勢いで飛び出したナイフ。
それらがくるりと回転し、目の前の蒼汰の全身に吸い込まれていく。
数十本の大型ナイフが蒼汰の肢体に突き刺さり、彼の見た目に苛虐なコーディネートを加えていく。
「――これで本当におしまい。私はあなたを殺すわ、吉野蒼汰」
それまで負っていた傷口が修復される。
血みどろでドレスはボロボロのままであるが、それでもエーデルワイスの体は美麗な状態に再編集される。
「――ファントムフューリーのイデオロギーが絶対に正しいって、どんな黒にも塗りつくされない真っ白な正義だって、私が証明してあげるのよ!!」
ディスターソードを両手で握り、その切っ先を蒼汰に向ける。
左足に体重を乗せ、下半身を中心に全身の筋肉に力をこめる。
「だから人間のため、神のため、世界のために死んでいきなさい!!」
全身全霊をこめての突撃。
エーデルワイスの突進と腕力の相乗効果で加速した剣先が蒼汰の腹を貫く。
急激に体を蝕む激痛。
ブレザーをやすやすと貫通し、下のワイシャツに血の染みが広がっていく。
両手で肉を斬り裂く感触を覚え、エーデルワイスは高らかに発言する。
「ほぉら斬った、刺した、血が出た、重傷――今度はあなたごと大天使をブッコロですよぉ!!」
吉野蒼汰は殺しても蘇生する可能性がある。
ならば生き返ったあともう一度殺せばいい。
蒼汰の絶命を願い、エーデルワイスは刺突からの斬り上げに変更――
その手を止めるように、蒼汰は漆黒の刀身を鷲掴む。
「離した方が痛くないわよぉ?」
エーデルワイスの忠告を聞かず、蒼汰は握力をさらに強める。
流血など気にせず、ひたすらに刀身を握りしめる。
「――あなたは人間のためでも、神のためでも、世界のために動いているのではない」
不意のセリフ。
蒼汰のその言葉は、エーデルワイスの秘めた心を見透かした上での発言だった。
「本当はファントムフューリーのためなんかじゃない――そうですよね?」
こいつは……一体何を根拠に?
単なる主観における決めつけ。
憶測以外の何ものでもない。
しかし、ならなぜエーデルワイスは否定の言葉もジェスチャーもしないのであろうか。
「あなたの手に渡ったワルプルギス文書を通じて、不思議とあなたの気持ちが伝わってくるんですよ――」
ディスターソードを握りこむ力をさらに強める。
「大好きな家族を取り戻すため、大天使を討てと神の啓示を受けた――武器を賜り、数百年の時間を過ごしてきた」
そして運命の日。
エーデルワイスの目の前に与えられた宿敵が姿を現した。
「でもね――エーデルワイスさん」
メラメラと立ち昇る魔力周波。
魔白く真白いその魔力周波は蒼汰の全身を包み込み、彼が手をかけるディスターソードにまで干渉を始める。
「大好きな家族のためでも――虐殺なんてしていいはずがないでしょう!!」
手元に伝わる地震のような衝撃。
蒼汰の魔力周波が異常な活動を始め、それがディスターソードの中へと吸収される。
周囲のちりや埃も巻き込み、渦巻き状に吸い込まれる魔力周波。
「吉野蒼汰――あなたは一体何をしているのぉ!?」
ディスターソードにブラックホール機能はない。
故にこの現象は蒼汰自身が起こしたもの、蒼汰が自身の魔力周波を剣へと注ぎ込んでいる。
「――神の力を蓄えることができるように設計されたものであるのなら――」
乱暴に黒髪を暴れさせながら、蒼汰は汗交じりの顔にかすかな笑みを浮かべる。
確信に満ちた蒼汰は、戦場には似つかわしくない穏やかな微笑みで言葉を紡ぐ。
「――魔力貯蔵可能量を超える過剰なエネルギー供給を行えば、ディスターソードは耐えきれずに崩壊していく!!」
エーデルワイスの顔色が変わる。
すぐにでも剣を魔力周波から切り離さなくてはならない。
だが蒼汰も負けじと腹に刺さる刀身に食らいつく。
「絶対に逃がさない!!」
蒼汰はさらに内側から溢れさせる魔力周波でディスターソードを包み込む。
「は――離してぇ!!」
エーデルワイスの叫び。
だがもう遅い。
魔法使いとは次元の違う大天使の魔力貯蔵量と魔力放出量を駆使。
そうすれば、神の器といえどその許容量を満たすことは難関ではない。
尋常でない魔力供給を許容ではなく強要されたディスターソード。
それをクラッシュさせるには、それなりの時間も必要ない。
甚大なエネルギー過剰による刀身の破目。
鋼が砕け、内部から真っ白な光が放出される。
内側から弾け出した魔力周波が宙を舞い、きらきらと粒子になって浮遊する。
「――もういいでしょうエーデルワイスさん」
蒼汰は砕け散ったディスターソードの柄を無心に見つめるエーデルワイスに詰め寄る。
「――家族との人生を取り戻すために僕を殺したいのであれば、いつでもどうぞ」
蒼汰が一歩前進するごとに、エーデルワイスは一歩後退する。
「大天使を殺せば家族を助けられる――それは本当のことなのかはわかりません。ですが、あなたがそれを信じるのであれば僕に剣を向けてください」
再び蒼汰の体から魔力周波が放出され、威圧が形となってエーデルワイスの視界を埋める。
「この世界に生きる人々に危害を加えないのなら――僕はあなたのリングに上がります」
血まみれの蒼汰の手のひら。
それがエーデルワイスの額に当てられる。
「――それまで絶対に死なないでください。あなたの人生は、今日が折り返しです」
言葉が終わると、蒼汰の手のひらに収縮した魔力周波を解放。
それに続いて手のひらから高速で射出される魔力周波。
バットで殴られたような衝撃がエーデルワイスの額を穿つ。
脳が揺れ、意識が吹き飛ぶ。
その場に崩れ落ち、殺戮の女神エーデルワイスは沈黙した。
金髪が頭の動きにワンテンポ遅れて地面にその身を置く。
蒼汰はゆっくりと伸ばしていた腕を下ろし、訪れる平和に胸を撫で下ろした。
設定された宿敵の前で静かに眠るエーデルワイス。
気絶したエーデルワイスを眺める蒼汰。
そんな彼の隣に、ユキナが立つ。
そして蒼汰の瞳から赤色が失われていくことに伴い、魔法少女の血色が抜けていく。
「あ――あれ?」
呪いが解けた瞬間、ユキナが記憶の深淵にも残っていない目の前の状況に困惑する。
「エーデルワイスが……吉野君、どうなっちゃってるの?」
蒼汰とエーデルワイスを交互に見つめ、ユキナの頭の上に疑問符が浮かぶ。
「神の力は人間にとって扱いきれるものじゃなかったんだよ。神の力で負った傷を神の力で修復できても、それを体が許容しない」
オーバースペックに重なるオーバースペックはデッドオアデッド。
とりあえず話をそれっぽく捏造する。
体が許容しないかどうかは分からなかったが、まあいいだろう。
「おかげで今は昏睡状態、ワルプルギス文書も回収してディスターソードも破壊したよ。これ以上僕たちが彼女に何かする必要はないと思うよ」
当初のフランス渡航の目的も果たした。
このままエーデルワイスを放置してはいたたまれない気持ちになるだろう。
だがそのうちきっと目が覚める。
だから蒼汰がしてやれることは何もない。
「――さあ、みんな連れて日本に帰ろう?」
気絶するエーデルワイスを未だ見下ろすユキナを尻目に、蒼汰は踵を返す。
「吉野君――吉野君!!」
振り向いた先、視線の向こうに映るのは必至な表情で名前を呼ぶ麗であった。
「吉野君――緊急事態よ」
麗の訴えに反応する蒼汰、そしてユキナ。
癒えない体中の傷を押し殺しながらも、麗は赤色の髪の女性を肩を貸しながらこちらに接近する。
「ヘスティアさん……」
もう全員が洗脳から解放され、自我を取り戻して活動を開始している。
だがヘスティアは意識を失い、自立することもせず、ただ人形のように麗に身を預けていた。




