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洗脳戦略の突破口

 宮殿の屋根へと退避したエーデルワイスを追って魔法少女たちが跳躍を始める。

 顔面の流血を拭い去り、再びエーデルワイスに狙いを定める一行。


「――あなたたちを縛る洗脳はとても強力な戦略能力」


 前方空間へ術式展開。

 空中に形成する大量の魔力の塊――球状の魔力弾。

 魔力弾の背後にさらなる術式を展開。


「それでもぉ完璧は存在しないの。観測できる根拠から出される洗脳戦略を突破できる仮定――それが出た瞬間100パーセントは崩れるのよぉ」


 エーデルワイスはちらりと下界を見下ろす。

 そこには入口の柱に隠れるようにこちらを見上げる一人の少年の姿があった。


 ()()()()()()エーデルワイスを見上げていた――


 エーデルワイスが口角を釣り上げた瞬間、魔力弾を吹き飛ばす魔力爆発が起こされる。

 爆破術式によって魔力弾を弾き飛ばす『爆式散弾術式』の異名を持つ混合魔法。


 エーデルワイスの前方2メートルまで接近した3人を襲う複数の魔力弾。


 だが洗脳によって獲得したありえない動体視力で魔力弾の軌道を把握、強化された反射神経で攻撃の隙間を縫うように空中を泳ぐ。


 彼女たちは攻撃を防御するのではなく、すべて躱した。


「――避けたわねぇ!? 受け止めもせずに避けたわねぇ!? それがチェックメイトだとも知らずにぃ!!!」

 

 ヘスティアのランスがエーデルワイスの胸骨を破壊し、脊髄を串刺しにする。

 麗が体当たりするように突進し、携えた自動小銃の銃剣が容赦なく腹の肉を断ち切る。

 鼻先から頬骨までを叩き割るユキナのハンマー。


 コースを外れた血液が宙を舞い、一瞬で瀕死にまで追い込まれたエーデルワイス。

 しかし彼女は自分の状況を気にも留める様子もなく、ただ狂気に満ちた笑顔を浮かべていた。


「――ふふふふふふっ」


 頭を割られながらもエーデルワイスは不気味に微笑む。


「誉れ高きご主人様からの洗脳によって、言いつけばかりに気がいってしまってるみたいだからぁ、ご主人様の護衛は後回しになっちゃうわよねぇ――」

 

 エーデルワイスの爆式散弾術式は目の前の魔法少女たちを狙ったものではなかった。


 空中で微速前進する魔導弾が再び爆破。

 爆発ではじけ散った魔力弾が、数多の魔力弾子となって下方向へと降り注ぐ。


 地面の広範囲に着弾した魔力弾子――

 独立したそれらが接地した瞬間に次々と爆発を引き起こす。


 クラスター魔導爆弾。


 大地の震動が宮殿を通ってエーデルワイスの足元へと伝わる。


 屋根の上にまで立ち込める土煙。

 そのとき、背後で異変を感じ取った魔法少女たちの目つきが変わる。


 無心に後ろを振り向き、憂慮の表情を浮かべて煙で隠れた花畑を見つめる。


 そしてエーデルワイスの体から武器を引き抜き、一目散に眼下の爆心地を覗きこむ。


 ――蒼汰様。


 少女たちの小さな呟きが宙に散る。

 思わず膝をつき、屋根の縁を握りながら姿の見えない主人を想う。


「……そうなっちゃうのねぇ」


 エーデルワイスは痛む全身に鞭うち歩み始める。

 重傷箇所はすでに完治。

 足りない血液も順次生成して補っている。


「――まぁいいわぁ」


 右手に握るディスターソードを水平に構える。


「さようなら、神の意志が一つになる瞬間を、天の世界から見守ってなさい」


 そう言い残してエーデルワイスは背後から3人の少女を叩き斬る。

 戦闘を放棄した彼女たちはエーデルワイスの接近に気が付かず、後ろからの不意打ちによって首裏を裂かれる。

 血を垂らし、腿から力が抜けて膝を崩す。


 脊髄が断ち切られ、重力に引かれてその場に倒れこんでしまう。


 動けない少女を凝視し、満足したようにエーデルワイスはほくそ笑む。


「そうそう、私アルベルトのこと教えてあげるって言ったから話してあげるわぁ」


 傍聴者に語りかける。


「体制派は大天使の覚醒を促すためのある仮説を立てた――それが感情」


 剣を濡らす生暖かい液体。

 真っ赤な血液を払い、鋼の刀身を眺める。


「吉野蒼汰の親しむ東京――レールガン砲撃によって大切な郷土を葬られた場合の強い負の感情を利用して覚醒を観測しようとしたのよぉ」


 エーデルワイスは足場の悪い屋根の上で軽いダンスを始める。


「怒りなどが強い力を生み出すことはぁ、神の世界でも古代から解明されている事実だしぃ」


 ヒールで屋根を叩きながら髪を振り、くるくると回る。


「もちろん『ヤマタノオロチ』を作らせた日本政府は体制派と繋がってるからぁ、都市機能が停止しない程度の首都攻撃に抑えるつもりだったらしいけどねぇ」


 喜びを体で表現し、すっかり全身を空に持ち上げた朝日を浴びる。


「もちろん国民はそんなことは知らない。知ることもできない――」


 再度軽やかにヒールを鳴らし、両手でドレスのスカートの端をつまみ上げる。


「仮に東京に砲撃が直撃したとしても、東京都民は暴動も起こさずにいつも通り――何があっても民は暴力性を発揮しない」


 片足を一歩引き、やんわりと頭を下げる。


「あなたの住む東京はそうなるように()()()()()都市でしょう?」


 最後の言葉は吉野蒼汰に投げかけたものだった。


「そして狗神もえかに施されたレールガンの作動スイッチの呪い、それも吉野蒼汰の怒りを引き出すための工作」


 スカートから手を放し、通常姿勢に戻る。


 再び魔法少女たちに視線を移し、彼女たちの姿を目に焼き付ける。

 彼女たちは何も変わらない。

 真っ赤な瞳でこちらを見つめる魔法少女たち。


 瞳の色は何も変わらなかった。


「ふ――ふふふ」


 何度目の噴出しだろうか。

 だがそれは今までの愉悦からくる笑いではなかった。

 

「でもぉ、それは冗談じゃないわぁ」


 魔の恐ろしさに冷や汗を流す。


 少女たちの損傷した脊髄が完治し、不随だった足腰に力を入れて立ち上がっていた。

 現在も明らかに洗脳の影響下にあるということがわかる。

 

(まさか洗脳主が死体になったあとでも信仰心は変わらないというの……?)


 それとも――


「――ありえないわね」


 吉野蒼汰は大天使をその身に宿していること以外はただの男子高校生。

 特異な能力さえも持ちえないただの人間である。


「吉野蒼汰は魔法を使えない。体を組織レベルで破壊するだけのクラスターだったはずなのにぃ……」


 吉野蒼汰が死地から蘇ることは観測済み。

 だがそのときは、五体満足に身元の判明ができるくらいの遺体損傷であった。


「――めんどうねぇ」


 一体何度殺せば動かなくなってくれるのか。


「アルベルトに関する話も済ましたわぁ、これで約束を果たして私の義務は終了」


 ディスターソードをゆっくりと抜き、気合を入れるように鍔を鳴らす。


「死体に還りなさい――哀れな奴隷」


 衝撃、爆音。

 暴風的な熱風がエーデルワイスの髪を盛大になびかせ、屋根の瓦礫がエーデルワイスとともに吹き飛ばされる。

 

 地震かと思える衝撃を引き起こし、オレンジ色の閃光が一帯を覆ったのであった。


 一部の屋根と階層が崩壊し、内部の構造までもが丸見えとなった無残な宮殿。

 立ち込める煙の中で、エーデルワイスは見えない攻撃を受けたことを理解した。


(砲撃――それも洗脳奴隷を避けるように着弾させた!?)


 ロッテの仕業か!?

 あの雪髪女は大天使の洗脳を受けていない。

 それなりの重傷で動けないと判断した。

 クラスター魔導爆弾で一緒に巻き込んだと思ったが――


「――げほっ」


 巻き上がった細かい瓦礫と煙で肺をやられそうだ。

 エーデルワイスは次弾発射を危惧し、大きく穴の開いた屋根から宮殿の廊下の上へと飛び降りる。


 煙に占領されない宮殿内に入り込んだ瞬間、かの魔法少女3人もエーデルワイスを追って廊下に着地する。

 それぞれが武器を構え、エーデルワイスも応戦すべくディスターソードを構える。


 突進すべく片足に重心を移動させ、爆進しようとした直後――

 

 エーデルワイスの背後から再び起こる爆発。

 瓦礫を量産してぶち破られる壁。

 貫通した壁の穴から白い長髪を垂らした女性が姿を現す。


「――人の家をそんなに壊さないでくれるかしらぁ。結構高かったのよこの宮殿」


「貴様がぶっ飛ばそうとしたベルリンという財産よりは安く済むだろう?」


 ボロボロの包帯を垂らし、未だふらつく足取りでありながらもロッテは気丈に振舞う。

 彼女の背後、泥まみれになった制服を羽織る蒼汰。

 彼はエーデルワイスを恐れることもなく、平然とキリングゾーンに足を踏み入れていた。


「……藤ノ宮麗の空けた穴に潜り込んで爆発を避けたのねぇ」


 ケラケラと嗤う宿敵を前に、蒼汰は彼の中の大天使に思考を送る。


(エーデルワイスは本当にワルプルギス文書を持っているの?)


 ――はい。直接所持しているわけではなく、魔法使いが武装を格納するような別次元空間に隠し持っているものと思われます。


 ヘスティアならランスを。

 ユキナなら魔法のステッキを収納する別次元空間。


(――それならワルプルギス文書は取り戻せる。神の力を宿すとかいうあのディスターソードもどうにかするから)


 ――なるほど、そういうことですか。


 蒼汰と大天使は一心同体である。

 蒼汰の思考はすべて大天使に筒抜けである。


(そういうことだから、必要であればお前を頼りにすることもあるかもしれない)


 ――構いませんよ。私はあなたのものです、自由に使い倒してください。どんなことでもあなたの望みを叶えます。

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