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矛盾の獣

 ――しくじった。


 ワルプルギス文書は神の魔力を内蔵した神書。

 ただの魔法使いがそれに手を出せば、人間の許容範囲を超えた力で逆に使用者を傷つけてしまう。


 だが解決方法が存在した――

 神の力で体を蝕んでしまうのならば、神の力で蝕まれた体を回復させてしまえばいいだけのこと。


 傷ついたのなら、回復するの動作のパターン化。

 融解寸前の魔力エンジンたる心臓でさえも治癒してしまえば、心臓の温度上昇も抑え、体の修復でさえ容易である。


 エーデルワイスの言葉の意味を理解し、蒼汰は歯を食いしばった。


(それじゃあ、永遠に神の力を使い続けられるってこと……?)


 文書の魔力を使用し、体を壊しても治癒して再使用。

 彼女の言うマゾヒズムとはこういうことか。


 ユキナと麗は爆発的な魔力放出で吹き飛ばされ、倒れているヘスティアとロッテも満身創痍である。


 この場において五体満足に動くことができるのは蒼汰のみ。

 数十時間の監禁後とはいえ、疲労以外の懸念材料は残されていない。


「……吉野蒼汰」


 蒼汰の名前を呼ぶ神の化身。

 

「抵抗するのならしなさいな。大天使に実戦を経験させるなんて、体制派の一翼を担うみたいで嫌だけど、最終的に殺してしまえば問題ないわね」


 先ほどの戦闘で受けた傷などなかったかのように、スラリとした足さばきで蒼汰に接近する。

 血みどろで穴の開いたドレスを身にまとい、ディスターソードを両手で構えるエーデルワイス。


「どういった経緯で大天使に憑かれたのかはわからないわ。あなた自身も被害者なのかもしれないけれど、これは仕方のないことなのよぉ」


 エーデルワイスの言葉の一言一言にプレッシャーを感じる。

 戦場に立つというのはこういうことなのだ。


 普段の戦闘は魔法少女たちが主役だ。

 蒼汰が直接戦った経験などこれまでの人生で一度きり。


 圧倒的な経験値の差が無視できないほどの壁を作っている。


 だとしても――


 蒼汰には借り物の大天使がいる。

 正体不明の未知の存在ではあるが、それでも常人の魔法使いとは一線を画する力を備えた存在であることはわかっている。


「――それじゃあ自分を呪う大天使を憎みながら死んでいきなさい。不幸な少年」


 相手が何だろうと、大天使を適切に利用すれば寿命を延ばせるという短絡的な思考。

 

 エーデルワイスがディスターソードの剣先に魔力を収束させる。

 一気に凝縮した魔法を砲撃術式として撃ち出すのに僅か2秒。


 蒼汰が立っていた正面入り口前が融解。

 大理石が砕け、砲撃直撃部に至っては原形を留めないほどにまで崩壊している。


 防御系術式を張った魔法少女でさえ瞬殺してしまいそうな威力の砲撃を蒼汰に撃ちこんだ。

 それにもかかわらず、エーデルワイスの表情には確信を欠く、といった色が浮かんでいる。


 今の一撃で蒼汰を殺したという確信が持てない。

 なぜなら蒼汰を貫く直前、砲撃がわずかに歪曲したからだ。


「――ふふ」


 不意にエーデルワイス笑いを漏らす。


「結局あなたはそうなのねぇ?」


 正面入り口から立ち昇る煙が徐々に晴れる。

 

「自分ではしたくない、させたくない忌避たる行為を実行する――今回ばかりはしょうがないという理由を添えて」


 エーデルワイスは気が付いていた。

 地面に頬を擦り付けていたヘスティアの姿が忽然と消え失せていることを。

 そして先ほど吹き飛ばしたはずの麗とユキナが武器を携え、蒼汰を守護するようにエーデルワイスに立ちはだかっている。


「でもそういうのも嫌いではないわねぇ。手段を選ばず強引な殿方はタイプだもの」


 ゆらりとした動作でディスターソードを構えるエーデルワイス。


「想いと行動が調和のすることがない――ねえ、矛盾の獣さん?」


 その言葉の直後、景色を隠す煙が切り払われる。


 赤い髪を揺らし、ランスを水平に振り切ったヘスティアが吉野蒼汰を背後に立ち上がっていた。


 軽々とハンマーを担ぐユキナ。

 自動小銃を構え、鋭い眼光でエーデルワイスを射抜く麗。


「大丈夫ですか、蒼汰様?」


「再びドッキュンハンマーでの死なない程度の圧壊を披露しますよ、蒼汰様」


「うっかりあの女の脳みそに誤射してしまわないよう努めます、蒼汰様」


 3人の瞳が血のように真っ赤な色を映していた。


「矛盾の獣か――それは僕にふさわしい蔑称なのかもしれない」


 3人の魔法少女と同じ色の瞳に変化した蒼汰。


「だけど、平和な世界、平和な時代が到来するまで僕はそのあだ名を背負うとするよ」


 蒼汰の脳波を魔法少女の脳へと送信して行う洗脳能力。

 たとえ絶命した魔法少女でさえ、蒼汰の命令や願いを超重要コードとして強制認識、そしてそれを遂行させるために生命活動を開始する。


 目の前で大天使十八番の洗脳を見せつけられ、エーデルワイスは楽しそうに唄ってみせる。


「ヘスティアがどれだけ洗脳を憎んでいるのか知っているのに洗脳をかけるなんて、あなたはとっても素敵なド畜生ねぇ」


「もう吹っ切れたんだ。きっと恨まれてしまうかもしれないけれど、それをしっかりと受け止めて僕は僕の運命を歩むよ」


 蒼汰は自身の決意をあらわにし、命令を請う魔法少女たちの視線に応答する。


「――僕はこれ以上あなたの暴挙は見逃せません。ワルプルギス文書は返してもらいます!!」


 その言葉を口切りに、3人の魔法少女たちが同時に吶喊する。


「他者の意思に翻弄され魂を抜かれた空人形――もうあなたたちには尊厳がないわねぇ!!」


 ディスターソードを前方へと撃ち込む。

 踏み込みで地面を叩き割り、剣撃の衝撃がエーデルワイスの金髪を乱舞させる。


 ヘスティアは自分の首を斬り飛ばそうとする刀身めがけてランスを撃ち上げる。

 豪快な金属音を轟かせ、腕に痺れを感じながらもユキナと麗にアイコンタクトを発信する。

 

 ヘスティアの脇から姿を現した麗。

 鋭い眼光と鋭い銃剣が朝日をとりこみ、腕ごとディスターソードを跳ね上げられたエーデルワイスに狙いを定める。


「――すっごぉい!」


 エーデルワイスは目の前に迫る銃剣をはねのけるべく、ワルプルギス文書を駆使して爆発的な魔力放出を行う。


 閃光と爆音。

 先ほど麗とユキナを吹き飛ばした魔力の嵐が大気を四散させる。


 全方位を攻撃範囲とする魔法の応用技。

 ワルプルギス文書を動力源とした大出力拡散ともなれば、並大抵の魔法少女でさえ防御は困難となる。


 だがそれは一般的な魔法少女を前提とした場合である。


 この場にいるのは洗脳を受けた狂戦士。

 大天使の力で疑似的な奴隷にされた戦闘特化の魔法少女たちだ。


「――っ!?」


 エーデルワイスの視界に映るヘスティアと麗。

 魔力放出をものともしない2人がそこにいた。


 急所を外して狙いを定めていた麗の銃剣が、エーデルワイスの白い肩を貫く。


 痛みに耐えかね思わず目をつむる。

 刃が根元まで突き刺さり、自動小銃の銃口が肌に口づけする。


 麗は表情一つ変えず、冷酷に引き金を引き絞る。


「この――!!」


 肩を抉る2種類の金属にしびれを切らし、エーデルワイスは傷の修復と並行して跳ね上がったディスターソードを麗へと振り下ろす。


 剣先が麗の脳天を叩き斬る直前、エーデルワイスの背後へと回り込んだユキナが掬い上げるようにハンマーを振り上げた。


 下から背中を鈍重なハンマーで殴打され、エーデルワイスは強制的に肺の空気を吐き出してしまう。


 不穏な体を軋みを実感しながら、エーデルワイスは再度の魔力放出の態勢に入る。

 

 今度は無駄じゃない――


 魔力配分、攻撃範囲を精密に絞り込む。

 一点へと凝縮し、鋭利に尖らせた魔力を正確に3人の顔面へと放出する。


 エーデルワイスにとりつくヘスティアたちの顔を爆発が襲う。

 直撃によって血を噴出した魔法少女の一瞬の怯み。

 それを見逃さずエーデルワイスは距離を離すべく跳躍した。


 華麗な動作で宮殿の屋根へと着地し、機を見計らって体を治癒する。


 エーデルワイスは地上の敵を見下ろしながら、顎先を垂れる汗を必死に拭う。

 彼女はあることを見誤っていた。


 エーデルワイスはワルプルギス文書の魔力を用い、神の御業を発現させることができるようになった。

 体に負荷がかかったとしても、その都度ワルプルギス文書の魔力で体を回復させる。

 これで半永久的な戦闘が可能であるはずだった。


「……戦闘技術が私を追い詰めるなんてねぇ……」


 洗脳を受けた3人の戦闘能力は驚異的であった。

 エーデルワイスに追いつくほどの戦闘技能。

 それが神の力に慣れないエーデルワイスを追い詰めていた。


 敵を侮っていた――


 純粋な戦闘練度を考慮した上での戦いをする必要がある。


「なら――まずは大天使の排除。洗脳主の不在においても奴隷たちは義務を果たせるのかしらぁ?」

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