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救出

「吉野君の反応波が感じられるよ!!」


「ええ! 異常な反応波が駄々洩れね」


 絢爛なカーペットの上を疾走しながら、ユキナと麗が言葉を交わしあう。


「どこかに地下室の入り口があるはず――そこに吉野君が!!」


 ユキナは額に汗を浮かべながら、目に入る部屋の扉を蹴り飛ばしていく。

 広く複雑な一階内部構造を隅から隅まで探索し、下の階へ繋がる階段を捜索する。


 宮殿外ではエーデルワイスとの交戦が始まっている。

 ファルネスホルン側にエーデルワイスに関する戦闘データはない。


「あのアンノウンの真の交戦記録がない以上、いったい何をしてくるのか予測ができないわ」


 麗はラスコー洞窟内で剣を振るうエーデルワイスを目撃している。

 だがそれだけだ。

 精密な記録がない以上、対処にも大きな犠牲を払う懸念がある。


「麗ちゃん――ここでラストだよ!!」


 常識を覆す威力の正拳で最後の扉を解放するユキナ。

 部屋の彼方へ吹き飛んでいく扉を見送りながら、ユキナと麗がその一室に足を踏み入れる。


「ここ……礼拝堂だよね?」


 周囲の壁を覆うステンドガラス。

 その近くには壁画がぎっしりと描かれており、風情絢爛な容貌が2人の魔法少女を歓待する。


「地下へと繋がるルートがあるはずね……」


 礼拝堂の雰囲気に流されず、麗はマイペースに備え付けの椅子をはぎ取っていく。


 ユキナも同様に椅子をずらし、秘密の階段の有無を確認する。


「……」


 ペースが遅く、意味ありげに閉口するユキナ。

 そんな彼女の様子に気が付いた麗が言葉をかける。


「どうしたの? 何か気になることでも?」


 麗に心の声を見透かされ、ユキナの動きが一瞬停止する。


「――あ、あのね――」


 喉の奥から絞り出した声。

 頬を赤らめ、脈拍が増大するのを自覚するユキナが勇気を振り絞る。


「まだ謝れてなかったから……今までごめんね」


 それはユキナの謝罪であった。

 

「麗ちゃんにも麗ちゃんの考えがあったわけだし……でも私は自分の考えを押し出して麗ちゃんを否定しちゃった」


「――いえ、ヘスティアを切り捨てるような発言をした私にも非はあるわ。ごめんなさい」


 麗はユキナの方を見ることはなかった。

 でも彼女の言葉でユキナの心は清らかに澄んでいった。


 今までの確執はこれでチャラ――


 単純かと思われてしまうかもしれないが、これでいい。 


「あ! これ!」


 ユキナが何かを見つける。

 麗が駆け寄り、その何かを凝視する。


 視線の先にあるのは不自然につけられた床の溝。

 正方形に掘られたそのスリットは、人が通れるほどの大きさで広がっている。


「可能性は十分ってところかしらね」


 可能性を見出した麗は右足を振り上げ、思い切りローファーを正方形の中心へと蹴り下ろす。


 豪快な破壊音を上げ、ひしゃげた正方形の板が空いた穴の中へと落下していく。


「ビンゴ」


 礼拝堂のシャンデリアの明かりで照らされる階段。

 奥の見えない地下へと続くルートがそこにあった。


「礼拝なんてしたことないけれど、神様は恩情を与えてくれたみたいよ」

 

 刹那の喜びを顔に浮かべ、麗はすぐに表情を引き締めて階段を下っていく。

 麗の背後にユキナが同行し、そわそわと落ち着かない様子で辺りを見渡す。


 階段は100段を超え、数十メートル潜ったところで広間に出た。


「……暗い」


 ぼそりと呟くユキナ。

 麗はスマホのライトを用意し、広大な空間に光を灯す。


「監禁所ね。悪趣味な牢屋が点在しているわ」


 視界を埋め尽くすほどの鉄格子。

 長年使われていないであろうこの空間には、鼻につくほどのカビと錆びの臭いで充満している。


「反応波はこの先」


 蒼汰の居場所はすでに割れている。

 麗とユキナが目指すのは最奥の個室。

 異臭に不快感を覚えながら、2人は走り出した。


 コンクリ―トの硬い音を響かせながら走った先――

 そこは他の個室と同じく頑丈な格子のそびえる監禁室である。

 

 ただ一つ違うことと言えば――


「ようやく見つけたわよ」

 

 学生服をまとう少年が収監されていることだった。


 それほど衰弱している様子はない。

 蒼汰は薄汚れた顔を麗に向ける。


「今出してあげるわ――お願いユキナ」


 ユキナは腕力で格子を歪曲させ、麗が変形した格子から蒼汰の体を引っ張り出す。


「ずいぶん早かったね……」


 しっかりとした足取りで立ち上がる蒼汰。


「よかったよ吉野君。怪我とかないみたいだね!!」


「あなたも無事でいてくれたようね――早速だけれどマルセイユ宮殿を脱出するわ。走れるわね?」


 無言でうなづく蒼汰。


 もうここには用はない。

 一刻も早く外で戦闘中のロッテとヘスティアに合流する必要がある。

 

 再会の余韻もつかの間、3人は麗を先頭にして地下室から一階に上がる。


「そういえばワルプルギス文書はどうなったのかしら? エーデルワイスに窃取されたはずでしょう?」


 麗の問いかけに蒼汰の顔色が曇る。


「今でもエーデルワイスが持っていると思う」


 ユキナと麗の緊張気味の息遣い。


「――困ったわね。また神様の御業相手に奮戦しないといけないなんて」


「……その言いようだと、もう大規模砲撃とは対峙したんだね?」


 蒼汰の質問にユキナと麗がうなづく。


 実際に現場にいた蒼汰ではないが、勝利を確信して気の緩んだエーデルワイスが口を滑らせていた。


「聞いたよ。砲撃術式でベルリンを掘削してヴィクトーリア資金の隠される地下金庫を探り当てようとした――対立する異世界転移者を葬るのと同時に」


「これ以上あの女をのさばらせるわけにはいかないわ。この世界に血の嵐を巻き起こす悪魔の存在、ファルネスホルンの計画を妨害する障壁」


 蒼汰からは見えないが、おそらく前を走る麗の表情は怒りに染まっているだろう。


「だからこそエーデルワイスを――殺すわよ」


 麗による処刑宣告。

 それが蒼汰とユキナの表情を一変させる。


「麗ちゃん――殺すって、そんなことまでしなくても」


「あの女は神の力を手に入れた魔女よ、拘束なんてできる保証はない。それに――」


 ベルリン砲撃が失敗に終わった以上、次の攻撃目標は大天使及びその関係者。


「私たちは殺害対象であり、逃げても殺しに来る。東京で殺意のある歓迎なら一度受けたでしょう?」


 東京における一度目の攻撃。


「私たちが乗る貨物エレベーターを狙ったミサイル攻撃。あれはエーデルワイスによって撃ち出されたものなの」


 あのとき麗は目に焼き付けていた。

 ミサイル側面に描かれた紋章、王冠を貫く剣を基調とするもの。


「あれはジャンヌダルクの紋章。吉野君、ジャンヌダルクと言えば?」


「――オルレアン」


「エーデルワイスはフランス革命以前から存在するオルレアン家の末裔として()()された異世界転移者」


 設定?


「――神様の中には洗脳機能を持った特異種も存在するの。ようはオルレアン家としてエーデルワイスを洗脳し、大天使を殺す兵器として改造したってことね」


 作られた記憶。

 強化された魔法体質。

 この世界に転移され、魔術の神地へと登り詰めたエーデルワイス。

 周囲の人間たちはそんなエーデルワイスを題材にして物語を描いた。

 それが『オルレアンの亡少女』である。


「私も詳しくは知らなかったのだけれど、ロッテからあらかた詳細を聞いたわ。エーデルワイスは会った時から気に入らなかったのだけれど、私たちに牙を剥く存在であるという予想が当たったわ」


 一通り説明を終えた麗。

 誰もが無言になる中、ユキナだけは拳を握りしめ、歯を食いしばる。


「……そんなの……ひどい」


 蒼汰の心中を代弁したユキナの呟き。


「なんだかエーデルワイスがかわいそう……」


「……それは同意するわね」


「洗脳なんて……やっていいわけないよ。いくら神様だからって洗脳なんて!!」


 ユキナの負の記憶がフラッシュバックする。

 どれほどの綺麗な記憶があろうと、ユキナの闇の記憶は覆い隠せない。

 黒よりも黒く、闇よりも暗い出来事が彼女の脳裏をはいずりまわる。


 そうして次の瞬間にユキナの口から出た言葉。

 それは蒼汰の心に深く突き刺さり、罪悪感を噴出させるものであった。


「私は洗脳なんて許さない。そんなもの使う奴なんて――死んじゃえばいいの!!」

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