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絡まる思惑、幾多の勢力

 自分が自分ではない感覚。

 自分の心と体が乗っ取られた感覚である。

 歩いても歩いても出口の見えない空間の中、蒼汰は他人を通して外の世界を見ていた。

 サングラスをかけた男があの女騎士と戦っている。だがその戦いはあまりにも一方的で、なす術もなく女騎士によって殺害された。


 その後のことは分からない。 

 意識を失い、夢の中で地獄のような苦痛を味わい、声を上げても自分を起こしてくれる人間などいない。

 必死にもがき、自分の心臓を自分で握りつぶしたいと思ったとき――


 そっと蒼汰の頭に置かれる手のひら。

 優しく、慈しむように頭を撫で、耳元で囁かれる――『大丈夫……大丈夫』と。

 長い間続く温もりに心が洗われ、いつしか苦しみは彼方へ消えていった。


 サラサラした髪の感触が頬を撫で、暖かな吐息と優し気な言葉が脳みそを溶かす。

 

 重く閉ざされた瞼――数時間かけても持ち上げることができなかったそれから光が差し込む。

 真っ暗な暗闇を照らす一筋の光が膨張し、視界全体にまで広がっていった。




「吉野君……?」


 聞き慣れた声。

 無と言う概念が存在しない世界。

 夢から覚め、その瞳が露出した蒼汰の目の前に、見知った少女の顔があった。


「……狗神?」


「うん。そうだよ、もえかだよ――吉野君、特設ステージの前で倒れてたらしくて、見つけた人がここまで連れてきてくれたの」


 自分が寝かされている寝台の傍にはいくつかの医療器具が立ち並び、斜め上を見上げた先にはモニター、鼓動が一定間隔でリズムを打つ波が流れている。

 そして鼻を突く消毒液の香り。


 そうか、自分は今医務室にいるのか。


「吉野君の心臓はちゃんと動いてる、息もしてる、血も通ってる」


 蒼汰の胸に耳を当て、直接命の灯を感じとるもえか。


「吉野君はしばらくここで寝ていて。もう少し元気になったら一緒に帰ろう?」


 そう言って身を起こしたもえかが恥ずかしがりながらも蒼汰の頭を撫でる。

 前髪が動き、慈しみに包まれた蒼汰は夢の中での感触を思い出す。

 

 もえかの手は、夢の中の手のひらの感触とは違う、と。


「――そ、それじゃあね。私は事情聴取とかあるから、また来るね」


 顔を赤くして医務室を出ていくイメージヒロイン。

 静寂に包まれ、蒼汰は目の前の天井を見つめる。

 

 真っ白な天井。

 その色は、他人の瞳を介して見た自分を包み込んでいたオーラと同じ色をしていた。

 

「何だったんだろう、あれ……」


 何もかもが分からず、蒼汰の思考が追い付かない。

 さっきまで眠っていたのにも関わらず、疲労が全身を鈍くする。

 もうひと眠り、その後家に帰ろう――




「――眠ってもらっては困ります――」




 ドスのある声音。

 その言葉の後、蒼汰の腹に衝動が走る。

 正常な呼吸を乱し、空気を一気に吐き出す。


 鈍痛に顔をしかめながら、ゆっくりと目を見開く。

 蒼汰の視界に映るもの、それはこちらを睨みつける赤い髪の女性であった。


「あなたは……」


「いきなりで失礼だと分かっていますが、あなたのその不思議な力について聞かせてもらいます」


 そして彼女はどこからともなく取り出した白銀のランスを突き付ける。

 ガロンを撃ち滅ぼした凶器を向けられた蒼汰は思わず体を起こし、後ずさる。

 そのままベッドから落ち、尻餅をついた。


「不思議でしたよ。私は殺されてしまったのに、今こうして生きています」


 刃先が蒼汰の頬に触れる。

 肌を突き抜け、毛細血管を傷つける。


「その時の記憶はありません。ですが体の感覚だけは残っているのですよ、好き勝手に体を操られた感覚、例えるのなら自我を失う洗脳とでも表現するのがいいでしょうか」


『洗脳』という言葉を出した瞬間、彼女は一番の軽蔑的な瞳を見せ、憤怒に染まった表情で蒼汰に問う。


「あれは……あなたがやったことなのでしょうか?」


 質問と言う名の詰問。

 鋭い先端が頬の筋肉をつつく。


「――僕は、知りませんよ。だって僕だって――」


 殺された。

 首に手刀をぶち込まれて死んだはずだ。

 目の前の彼女の言う虚言は、自分にも当てはまる事柄。

 虚妄が一挙に現実へと転換される感覚である。


「あらそう? 異常な魔力周波を漂わせておいて、疑いが晴れるとお思いですか?」


 急に目の前が点灯――まばゆい光がランスの刀身に灯される。

 これはまずい――蒼汰は直感的にそう判断した。


「――待ちなさいヘスティア」


 その時、蒼汰への拷問を制止する女の声が轟いた。


「彼があなたに何かをしたという証拠はないわ。私を納得させられるだけの弁を立てられるのならやってみなさい」


「――麗、あなたも気が付いているでしょう? この男の魔力周波は……」


「魔力周波が異常だとして、あなたが言う洗脳を受け、さらに生き返った――気に入らない、おかしなところがある、そうやって理由をこじつけて早急に決めつけるのはクレーマーと同じよ。合理的な思考を放棄したくだらない感情論、あなたはそういう愚か者ではないと思っていたのだけれど」


 挑発気味に叱責を加える少女――半袖ワイシャツにリボン、チェックのスカート。一般的な女子制服をまとった少女が話を続ける。


「確かにまだ彼への疑惑は晴れたわけじゃない、でも疑惑があるわけでもない――私は不必要な暴力は嫌いなのよ」


 ブルーのリボンで束ねたポニーテールを手ではらう。


「あなたは過去の出来事がきっかけで少々憤慨している。それでも落ち着きなさい」


 さっきまでとは全く異なる優しい笑顔。

 麗と言われた女子高生は騎士服を着るヘスティアの手を握る。


「……」

 

 麗の態度に圧倒されたヘスティアがランスを消失させる。魔力閃光となってはじけ飛び、宙に霧散する。


「さて――()()()()()、話があるわ。ちょっと廊下にまで来なさい」

 

 気持ちを切り替え、一言一句間違わず正確に蒼汰のフルネームを語った麗。

 彼の手を引き、医務室にヘスティアを残して廊下に出る。


「どうして僕の名前を……」


「今は話せないわ」


 即答、完全否定。

 謎多き少年に、謎多き少女が言葉をかける。


「今からあなたに、この世界で何が起きているかを説明してあげるわ」


 どこまでも不自然に進む話。

 目の前の少女は何を知って、何が目的なのか。


「この世界で起きたこと、それは異世界から人間が転移される『異世界転移』」


 あくまで台本に沿うように、マニュアル通りの語り。


「ガロンを殺したのはあなたの力。あなたがヘスティアを洗脳し、死体となった彼女を蘇らせてでも命令を執行させた」


 何でそんなことまで知っている?


「あなたは命じた――ガロンを殺せと」


 それはおそらく別の人格が表に出ていたときのものだ。

 彼女の言葉で確信した、正体不明の人格がヘスティアを洗脳し、ガロンを殺害させた。


「先の戦いであなたの力は知れ渡った。あなたを危険分子だと判断した異世界転移者が行動を起こすことも考えられるわ」


「ち……ちょっと待って!」


「今は理解できなくても構わない。まだ正常に思考できる段階ではないでしょうし――でも安心しなさい、残党勢力が始めた茶番の中、あなたが生き残れるように最善を尽くすわ」


 残党勢力?


「あなたの役目は別にある――聞いているわね? 起動しなさい」


 一方的に進められる意味不明な説明、そして彼女は蒼汰ではない誰かに指示を出す。


『――藤ノ宮麗、補佐官ID確認。秘匿情報開示、網膜上に投影します――』


 再び舞い降りる女の声の直後、蒼汰の胸元、厳密には心臓に灯った光が蒼汰と麗に仮想現実の世界へと誘う。


 それまでの景色が消え、二人は宇宙空間へと投げ出される。

 蒼汰は口と鼻を押さえ、上も下もない空間でパニックになる。


「落ち着きなさい吉野君。これは網膜投影で仮想現実を見せているだけよ」


 目の前の麗は何事もないように平然と周囲を静観している。

 蒼汰は口と鼻を開放し、呼吸ができることを確認する。


「あの……ここは何もない宇宙だけど」


「ええそうよ、()()()


『――補佐官権限で吉野蒼汰のIDを作成、異世界移民計画の主任官を吉野蒼汰に委譲します――』


 何の話だ?

 何だ異世界移民計画って?


「吉野蒼汰君。今あなたの周りには複数の勢力がそれぞれの信念を持ってあなたを利用しようとしている。あなたに好意的な人もいれば、あなたに敵対的な人もいる」


 腰に手を当て、麗は宣言する。


「ワルプルギス文書の断片を収集し、あなたは今見ているこの宇宙に新しい世界を創りだすのよ。それが『暁の水平線計画』。そしてセカンドオペレーションたる人類移民計画、その名前『インフィニット・ピースメーカー』を完遂しなさい」


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