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彼女の正義

「ヴィクトーリア資金を入手すれば、大陸における異世界転移者の中で貴様が最も強大な勢力を持つことになる。効率よく大天使を殺害し、体制派の者たちを一掃するには好都合だ」


 ロッテの推理を目の前に、エーデルワイスは一切の表情を変えない。


「だが私にはわからない。なぜ貴様がそこまでファントムフューリーに固執するのか、大天使殺害に何のメリットがある?」


「わからないのぉ? 正体不明の大天使が将来私たちに牙を剥く猛獣になるかもしれない。考えられる可能性の芽を早期に潰すのが反体制派の思想ねぇ」


「――わからないな!」


 威圧するように、トーンの上がったロッテの声音が場を制する。


「可能性とは何だ? その可能性の存在を匂わせるような根拠もまったくない、ただの妄想に支配された敗残者が陥った結果がそれだ!!」


 あまりのロッテの迫力に、隣に立つヘスティアが肩をびくつかせる。


「私はこの世界に召喚され、ヨーロッパで起こる残党勢力同士のあまねく戦いを見てきた」


 そしてロッテの鎖が千切れる。

 内側から溢れる怒りが外界に流れ出す。


「この世界の人間たちまで巻き込み――あまつさえ敗戦者組織の争いを傍観するだけのファルネスホルン共は何の行動も起こさない」


 することと言えば自分たちのワルプルギス文書回収(悲願)を大天使にやらせるだけだ!


「私は吉野蒼汰の創る世界に移民するまで中立を貫くつもりだった。私兵団を編成し自衛のための戦いをするだけのつもりだった――」


 だがそれも今日までだ!


「私は惰眠に耽る神を否定してやる――それに与する異世界転移者も同罪だ!!」


 その言葉とともに、ロッテは右足のヒールに体重をかける。

 地面を抉り、花と土を宙に散らすほどの勢いで突進。


「何百年も前からこの世界にやってきた貴様は――今の今まで何をしていた!!」


 全身の筋肉をフル稼働。

 常人であれば一瞬にして筋骨を破壊してしまう速度で撃ち出された剣先。

 自分の喉を狙った剣に狙いを定めるエーデルワイス。


 ロッテの勢いに臆することなく、エーデルワイスは全力をもって応戦する。

 2つの剣が切り結び、周囲の大気を吹き飛ばして鍔迫り合いが始まる。


「神どもは第3次に及ぶ大戦を引き起こしているんだぞ!? 体制派も反体制派もこの世界に人間を転移させ、この戦争の引き金を絞っている!!」


「そんなの――あなたがしゃしゃり出る話ではないんじゃないかしらぁ!!」


 エーデルワイスはロッテに負けじと気合を込める。 

 黒剣を握る力を緩め、エーデルワイスはロッテの白剣を横へと受け流す。


「ロッテ・ウイング。あなたは……」


「貴様の行った砲撃術式でさえ止めようとしなかったな――ファルネスホルンも体制派も」


 神にとって我ら人間とは何だ?

 自分たちの創り出した子供、子孫だ。

 それにもかかわらず――


「私はもう傍観者でいるつもりはない。ヴィクトーリア資金で天界の連中に教示してやる――」


 エーデルワイスの腕がしびれ始める。

 ロッテはそれを見逃さず、力の限りでエーデルワイスの剣をさばく。

 そして体勢の崩したエーデルワイスの腹をハイヒールが穿つ。


「私の真っ白な怒りは、形容するには至高すぎる」


 我が正義絶対至上主義。

 ロッテは己の正義を尊び、神への反抗を言葉にした。


 メリメリとエーデルワイスの腹に食い込むヒール。

 だが痛覚を死滅させるほどの刺激を受けているのにもかかわらず、エーデルワイスは倒れることもうずくまることもない。


「――陳腐な理由。あなたの安価な正義で、この世の腐りを洗い流せると思っているのかしらぁ?」


 薄気味悪く微笑むエーデルワイス。

 そして自身の腹へと伸びるロッテの足を鷲掴みにする。


「自分で自分の理念を至高だなんて言い切れるなんて、あなたは自分の考えが絶対だなんて思っているようねぇ」


 いくつかの内臓を傷つけ、口の端から血を流しながらもエーデルワイスの筋力は低下しない。

 鉄板でさえも叩き割るほどの筋力で、ロッテの足を狙って剣を振り下ろす。


「――ロッテ!!」


 それまでロッテの怒りに圧倒されていたヘスティアがランスを投擲する。

 エーデルワイスの剣がロッテの膝下を切断する直前、ランスが剣の刀身を弾く。


 絶大な運動エネルギーによって剣を握るエーデルワイスの腕が投げられる。


「ようやく動いたのねぇ、死地から還ったゾンビ女」


 エーデルワイスはロッテの足を離し、地面を蹴って真上に飛ぶ。

 そんな彼女をヘスティアが追撃する。


 ヘスティアは飛び上がった勢いを殺さず、空中のエーデルワイス目掛けてブーツのつま先を振り上げる。


 しかしエーデルワイスは体をひねって反転、僅かな動作でヘスティアの蹴りをなんなく避ける。


「あらあらダンスは苦手? 魔法で姿勢制御をしないと空で溺れてしまうわよぉ」


 エーデルワイスはそう言って剣を振るう。

 ビリビリと痺れる右手に力をこめ、喉を切り裂く剣撃を打ち込む。


「おしゃべりが過ぎますね」


 自分に迫る刃物を両掌で受け止める。

 白刃取りでエーデルワイスの動きを止めたヘスティア。

 

 眼下のロッテにアイコンコンタクトを送信。


「――そのまま離すなヘスティア!!」


 前方ダッシュで宮殿外壁に突き刺さったランスにとりつくロッテ。

 強引にランスを引き抜き、跳躍とともにランスをヘスティアに投げる。


 驚異的な脚力でエーデルワイスの上へと舞い上がったロッテが白銀の両手剣を振りかぶる。


「相手から見て私の正義が何色なのかはどうでもいい――私は私の正義を正当(シロ)だと断定するまでだ!!!」


 ロッテの威圧を顕現させるかのように、振りかぶった剣に光が灯る。

 武器に魔力をこめ威力を上げる術式。


「エーデルワイス――あなたはこの世に弊害をもたらす悪因です。ですからここで倒れてください!!」


 ヘスティアは右手のみでロッテの剣の刀身を握りしめる。

 左手でロッテの投げるランスをつかみ、それに精一杯の魔力を注ぎ込む。

 容赦はしない。


 ロッテは限界にまで持ち上げた剣を振り下ろす。


 卓越した反射神経でも避けきれないほどの熟練した速度。

 歴戦勇者のロッテの斬撃がエーデルワイスの脳天へと吸い込まれる。


「――人間の扱う魔法は乱造品」


 自身へと迫る白銀の刃をものともせず、エーデルワイスは一人語りを始める。


「いわば低コストで生産されるグレードダウンの模造品」


 エーデルワイスの黒剣が発光する。


「天から下りし宝剣と魔法――神からの賜物の質を思い知りなさぁい」


 エーデルワイスの閉口直後。

 彼女にとりつくロッテとヘスティアが吹き飛ばされる。


 ロッテは宮殿外壁に、ヘスティアは花畑へと体を叩きつけられる。


 一瞬の出来事に思考が迷走し、ロッテは鈍る視界の中で佇む一人の女の姿を確認していた。


 エーデルワイス。

 確かに視線の先にいるのはエーデルワイスだ。

 だが魔法使いを凌駕する一瞬の攻撃はどうやってやったのだ?


 少なくとも魔力を操作する人間にできる芸当ではない。


「――まったく困ったものだ」


 ロッテは壊れたような薄ら笑いを浮かべる。

 

「もはや人間の領域を超えた化け物か」


 ちらりと自身の握る剣へと視線を移す。

 そこには刀身に巻き付くオルレアンの花が視認できた。


「オルレアン家に伝わる伝説の宝剣――ディスターソード」


 上空から降り注ぐエーデルワイスの声音。


「私は正統なオルレアン家の後継者、そして天より大天使を討伐するための牙を与えられた」


 それはフランスで語り継がれると言われる物語。

 エーデルワイスは過去の革命を生き残り、『オルレアンの亡少女』のモデルとされたオルレアン家直系の貴族。

 神の力が宿る伝説の剣を振りかざし、大天使を殺す宿命を受けた女性がロッテとヘスティアに立ちはだかる。

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