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地上へ

「大天使はエーデルワイスに連行されたようだ。場所はおそらく奴の根城――マルセイユ宮殿」


 エーデルワイスの魔法――壁に取り付けられた扉からゲートを通してワープしたのであろう。

 ラスコー洞窟に入る前のレストランで見た芸当だ。


 銃撃した黒ずくめ装備の死亡確認を済ませ、ロッテは麗の介抱の当たっている。

 ロッテの救急魔法を麗にかけてはいるが、重傷を負った麗を即時に全快させる力はない。


 傷口から侵入した細菌を抹消し、裂傷の結合を終えたロッテはいそいそと立ち上がる。


「すまないな藤ノ宮麗、そろそろ時間だ。貴様にしてやれるのはこれくらいだ」


 ロッテは敵の死体が握る小型拳銃をはぎ取り、麗の顔の横にそっと置く。

 そしてドレスの上から巻いていたストールで麗のはだけた胸元を隠す。


「ごめんなさい、ロッテさん」


 満足に動けない麗は辛そうな表情で謝辞を述べる。


 麗の言葉を目配せで受け止め、涼しい音を立て腰の両手剣を引き抜く。

 エーデルワイスの持っていた剣と類似したデザイン。

 刀身が部屋の明かりを絡め、白銀に輝く。


「ヘスティア・シュタルホックス、藤ノ宮麗を担いでついてこい――地上へ上がるぞ」


 エーデルワイスにレッドクォーツことワルプルギス文書が奪取された以上、もはやここに留まる必要はない。


 ロッテは剣を払い、詠唱する。


「――霊装使用――万物を通過せし異空間よ、その実を剥いて現出せよ」


 彼女の語りの直後、その手に握られた剣に光が宿る。


 それと同時。

 彼女の目の前に現れる空間の裂け目。

 ぱっくりと割れた裂け目の向こう、奥の見えない異空間が広がる。


 未知の領域に不安を覚えながらも、ヘスティアは麗を背負ってロッテの後ろにつく。

 突然姿を現したロッテに多少の不信を募らせるが、ヘスティアは心残りを解消すべく言葉をかける。


「――ありがとうございますロッテさん。助けていただいて」


「感謝の言葉はすべてが解決した後に述べるものだ。その言葉は乱用するほど軽いものではない」


 ロッテは振り向かずに応答する。

 彼女は表情を変えず、だが少し緊張した面持ちでヒールを鳴らす。


 慣れた様子で開いたゲートをくぐるロッテ。

 そんな彼女の後を追い、ヘスティアも地上へ繋がる門をくぐる。


「――夜だな」


 ぽつりとつぶやくロッテ。

 街灯の明かりもない自然に囲まれたラスコー洞窟の真上は、月と星々のきらめきだけが道しるべだった。


「ヘスティア・シュタルホックス、エーデルワイスはすぐにでもレッドクォーツ――ワルプルギス文書を用いてベルリンへ大規模長距離砲撃術式を行う最終フェイズを整えるだろう」


 ロッテは剣を構え、周囲を警戒しながら語り続ける。


「ゆえに砲撃発射地点を探る必要がある。ワルプルギス文書からの莫大な魔力供給のある術式ではあるが、それはあくまで供給魔力が無限大であるというだけだ」


 発射が人間によるものである以上、完璧は存在しない。


「発射場を襲撃し、砲撃術式を発生させる魔法陣を破壊する」


 ロッテは開放したゲートから兵士全員が出てきたことを確認して指示を飛ばす。


「現在状況を知らせ。探知術式に反応はあるか? 膨大な魔力反応は?」


「確認されておりません」


 一人の兵士の言葉にロッテは眉をひそめる。


「大規模術式だ。魔法使いの隠密術式(ステルス)で隠しきれる魔力量ではない」


「ですがロッテお嬢様、現に微弱な魔力反応すら感知できないのです」


 思わず口を紡ぐ。

 訪れる沈黙。

 発射開始まで時間がないというのに、頭を打たれたように思考が停止する。


「ま――待て! どういうことだ!? 観測班の報告に偽電はないのか?」


「はい。不審に思って再度通信を繋げたのですが、情報に間違いはないようです」


「そんなこと……あるはずが」


 ロッテの顎先を流れる嫌な汗。

 彼女が舌に乗せて放った言葉には冷静さが垣間見ない。

 

 予想外の不可知領域。

 焦りから無意識に爪を噛むロッテ。


「――ロッテ」


 ロッテを呼び捨てで呼びかける女の声。


「藤ノ宮麗……」


 ロッテの足元に横たわる麗。

 雪髪を垂らして麗を見下ろすロッテ。


「エーデルワイスはファントムフューリー、大天使を殺害することが第一目的の反体制派が吉野蒼汰を拉致した。殺しもせずに連行した」


「――まさか」


「そうよ。大天使の貯蔵魔力量は魔法使いと比べ、質も量も次元が違うわ。だからこそ私たちの追尾を逃れるために拉致をした」


 そうすれば、大天使の魔力を利用して高性能隠密術式を展開することができる。


「だとすれば、私たちにできることは――」


「発射された砲撃術式を跳ね返す――もしくは受け止めるか歪曲させるか、もしくは()()するか」


 ロッテは唇を噛む。

 そもそも都市一つを焼け野原にするほどの術式だ。

 対人攻撃術式なんて範疇を超えている、いうなれば対都市攻撃術式。


 直接それを食い止めるなど――


「可能性のあることを実践するのが先決だわ」

 

 麗はブレザーの内ポケットからスマホを取り出す

 電話帳から選択した人物に通話をかける。


『――もしもし?』


「幸奈、私たちはラスコー洞窟真上にいるわ。あなたはどこ?」


『――今ラスコー洞窟周辺上空を周回してるけど、どうしたの?』


「ベルリンへの砲撃が行われるわ。発射阻止は不可能、直接砲撃をどうにかするしかないのよ」


 スマホの向こうで幸奈が息を呑む。


「それでお願いがあるの――ロッテ!」


 幸奈との通話を一時中断し、麗はロッテに呼びかける。


「大規模砲撃術式の弱点があるわ――あなたの私兵に協力を頼める?」


 麗の要請に一瞬固まるロッテ。

 だが秒後に我に返り、麗の言葉の真意を完全理解する。


「砲撃の観測誘導……」


 ロッテの呟き。

 それを聞いた兵隊の一人が通信機で観測班との連絡をとる。


「貴様には助けられたな藤ノ宮麗。私一人では気が付くこともできなかった、感謝する」


「感謝の言葉はすべてが解決したときに発するものじゃなかったのかしら?」


 麗の鋭いつっこみ。

 自分の言葉を反故にしてしまったロッテが羞恥で顔を染める。


「――ロッテお嬢様、ストラスブール街上空に国籍不明の航空機を探知しました」


 背筋を立てる部下がロッテに敬礼する。

 すぐに表情を直して彼と向き合う。


「現時刻で航空便の飛行予定はあるのか?」


「ありません」


「軍のレーダーは?」


「捉えていません。おそらく魔術的な施しでレーダー波から逃れているものだと考えられます」


 それならば我が物顔で領空を飛行できるな。

 

 ロッテは再び麗に向き直り、表情を作って合図を送る。

 

 麗はスマホを耳に当て叫ぶ。


「聞こえたわね幸奈! ストラスブール街上空に砲撃術式を誘導する航空機が飛行しているわ。そいつが砲撃をベルリンへ誘導する牧羊犬よ!」


 大規模な砲撃術式の欠点。

 それは命中率の低さである。

 

 莫大な魔力をつぎ込んで威力、射程は格段に伸びている。

 だがそれに比例して正確な制御が困難になる。


 だからこそ外部の誘導で砲撃の軌道を無理やり安定させるしかない。

 

『――飛行機!? 分かった!!』


 スピーカー越しの風切り音が鋭さを増す。

 幸奈が反転、加速して空を突き進む音だ。


 通話を切断し、麗は幸奈の奮闘を心に願う。


「遠方に観測班を配置していて正解だったな――よし、私たちもマルセイユ宮殿へ乗り込むための準備に取りかかるぞ!」


 部下に指示を出し、ロッテは握りしめた剣を鞘に納める。


 そんなロッテの隣でヘスティアは星空を仰いでいた。

 両手を胸に抱き、決意を掲げて彼に誓う。


(待っていてください蒼汰君。すぐに逢いに行きますよ)

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