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「吉野君は床下に呑み込まれたわ。だからここを破壊すれば――」


 ブルギニオンとの戦闘を終え、麗とヘスティアは急いで蒼汰の確保へ向かうつもりだ。


 ブルギニオンの尋問により、この騒動のすべての真相を知った。


(やっぱりあの女はクロだったみたいね)


 もっと早く核心にたどり着いていれば、ここまでの事態にはならなかった。

 麗は自身の甘さに腹を立てる。


「それにマルセイユ宮殿で見せられたレッドクォーツの写真、あれはフェイク」


 レッドクォーツの正体はワルプルギス文書の断片。

 神の力が宿った文書である限り、大規模長距離砲撃術式を可能にするだけの魔力が蓄えられている。


「ドイツ勢力によるパリ砲撃ではなく、エーデルワイスによるベルリン砲撃が真実だなんて……」

 

 ワルプルギス文書は蒼汰にしか開示できない。

 だからエーデルワイスは味方面で蒼汰に協力を要請した。


(ワルプルギス文書の存在がバレている以上、これからもファルネスホルン側には火の粉が降りかかり続ける)


 先の神々の大戦で勝利した勢力は今まで通りファルネスホルンとして存在している。

 そのファルネスホルンの計画した『暁の水平線計画』及び『インフィニット・ピースメーカー計画』の障壁となる残党勢力。

 彼らが文書の存在に気が付いている以上、2つの計画も露呈している可能性は否めない。


(文書の存在が漏れている証拠がエーデルワイスの蜂起というわけね)


 すぐにでも蒼汰とエーデルワイスを追わなくてはならない。

 当初彼女は蒼汰を追うつもりはなかった。

 しかし状況が状況ゆえ、彼の身の安全を最優先にする必要がある。


(エーデルワイスがファントムフューリーであるならば、吉野君を殺害するのが計画の第一段階ね)


 一通りの思考を終了した麗。


「この辺りね。床下が抜ける仕掛けがある以上強度には限界があるわ」


 フラフラの体に鞭を打ち、麗は静かに霊装を使用する。

 胸元の霊装に光が灯り、詠唱とともに散弾銃を生成する。


 立て続けに発砲。

 蒼汰が落ちていった地面を散弾が抉っていく。


 コンクリートがめくり上がり、最後の散弾が床に穴を空ける。


「ここには魔術的な仕掛けがないようですね。麗、掴まってください」


 力尽き、散弾銃をぶらりと下げる麗に肩を貸すヘスティア。


「――ありがとうヘスティア。ごめんなさい迷惑をかけて」


「口を閉じなさい、私は迷惑だなんて思っていません」


 麗の態度に腹を立てたのか、ヘスティアは少々強引に麗を抱きかかえる。

 

「それでは降下します。着地の衝撃に注意してください」


 ヘスティアは地面の穴の中を確認。

 敵影見えず。


「ヘスティア、下に降りる前に――」


 麗はヘスティアの腕の中で頭を動かす。

 麗の視線の先、手錠や鎖で身動きが取れなくなるまで拘束されたブルギニオンの姿がある。


「ブルギニオン、あなたはファルネスホルンに連行されるわ。運が良ければ生きて帰れるかもしれないわね」


 情報提供の見返りに頭を撃ち抜かれずに済んだブルギニオン。

 秘密を話した以上彼はもうファントムフューリーには帰れない、エーデルワイスのもとにも。


「一度レールを踏み外したらとことん踏み外すしかない。もう幸福な人生は送れないけど、これからの人生をどう生きるかはあなた次第ね」


 捨て台詞を吐き出し、麗はヘスティアに目配せする。

 ヘスティアは麗の合図を察し、勢いよく穴の中へと飛び込んでく。


 数秒の落下時間。

 硬い地面をブーツで踏みつけるヘスティア。

 着地の衝撃が麗の傷を痛めつける


「麗――大丈夫なはずはありませんよね?」


「体中痛いわ、それに余計に傷口が開きそうよ」


 これ以上麗に負担をかけるわけにはいかない。

 だからこそヘスティアが積極的に行動しなくては。


「ここに蒼汰君が落とされたのですね?」


 周囲を見渡すが人気はない。

 上の部屋とほぼ同じ大きさ。

 目につくものは遠くに位置する扉だけ。


「あの扉の奥……でしょうか」


 ヘスティアはそっと麗を地面に寝かせ、ランスを抜いて歩みだす。

 扉の前でトラップがないことを確認し、ドアノブを回す。


「先が……ない」


 扉を開けた先は壁。

 通路の類も存在しない。


「どういうことですか?」


 蒼汰はどこへ消えた?

 このダミーの扉以外この部屋に出入りする方法はない。

 だとすればどうやって――


 思案にふけるヘスティア。

 その時、ヘスティアの近くの壁の中から金属器が飛び出してきた。


 それが地面に落ち、甲高い音が部屋中に響き渡る。

 ころころと転がるそれをヘスティアは見つめる。


「ヘスティア! 目と耳を塞いで――音響閃光手榴弾(スタングレネード)よ!!」


 麗が叫んだ瞬間、それは爆発した。

 耳をつんざく轟音が鳴り響き、辺りを照らす強烈な光がヘスティアを襲う。


 平衡感覚を失い、その場に倒れこむ。

 何とか目を塞ぐことはできた――だが聴覚だけは救えなかった。


 揺れる視界。

 身を起こすこともできない。


 激しい頭痛に襲われる中、ヘスティアの視線の先に複数人の人影が映りこむ。

 真っ黒で重々しい装備を身にまとい、冷たい銃口が離れた麗に突き付けられている。

 彼女の手に握られた散弾銃が没収される。


「こいつ……」


 反抗的な視線を投げる麗。

 だが男たちはお構いなしに麗の服を破り、胸の間に隠された霊装を奪い去る。


「目標1より霊装を奪取。無力化に成功」


 ヘスティアはそれを遠巻きに見ていることしかできない。


「う……ら……ら……」


 襲撃。

 油断した2人を襲う敵の魔の手。

 ヘスティアは地面をはいずって麗のもとへ。


「――目標2確認、武装を排除します」


 ヘスティアには聞こえない男の声。

 そして彼女の手からランスが蹴り飛ばされる。


 朦朧とした意識の中、ヘスティアに向けられる複数の銃口。


 これほどの危機的状況においても、今のヘスティアには正常な状況認識能力が欠如していた。


「そ……うたくん」


 無意識に彼の名を呼ぶ。

 そして重い瞼がゆっくりと落ち、ヘスティアの視界が闇に呑まれていく。



Feuer(フォイヤー)!!」



 どこからともなく飛ぶドイツ語。

 そして断続的な銃弾が麗とヘスティアにとりつく黒ずくめを薙ぎ払っていく。

 

 流れ出た血液がヘスティアを濡らし、わずかな温かみを感じる。


 黒ずくめの兵士も銃で応戦する、だが圧倒的な火力に成す術もなく朽ちていく。


 およそ十数秒。

 ヘスティアと麗を取り囲む男たちは屍となり、血と硝煙の香りが辺りを包み込んでいた。


「状況報告!」


「対象を排除」


隠密術式(ステルス)で隠れていた兵士の増援見込めず」


「オールクリア」


 ガチャガチャと音を鳴らして十数人の銃を持った男たちが空間の裂け目から姿を現す。


「万が一に備え、敵増援には十分に注意しろ――それから倒れている2人の魔法少女を保護しろ」


 女性の声。

 まだ耳の聞こえないヘスティアは気が付いていないが、幸い音響閃光手榴弾の影響をさほど受けていない麗が口を開く。


「どういうことなの?」


「理由は後で話す」


 真っ黒なドレスを羽織り、澄んだ碧眼が覗く。

 雪のような白い長髪を払い、その女性は腰に携える一振りの剣を見せる。


「私は無所属の異世界転移者、ロッテ・ウイングだ。今回は貴様らと利害が一致している、レッドクォーツを取り戻したいのだろう?」

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