後天的な変異、先進的な変化
スモークが晴れた。
その光線は一瞬にして傷口を焼いた。
生焼けの部位から、行き先を失った血が重力に従って下に落ちる。
痛い、熱いという感覚はとうに過ぎ、残ったものは全身を不快に這い回る痺れとむずつき。
複数の臓器が機能を停止。
即死していないのが不思議なくらいだ。
膝を折り、その場に崩れ落ちる藤ノ宮麗。
彼女を襲った魔導光はブルギニオンにも達している。
戦意を見せた瞬間に発動する術式。
だがブルギニオンはこの術式に発見されることはない。
だから問答無用でハルバートを振れるわけである。
麗だけが一方的に攻撃されてしまうのであれば、その攻撃にブルギニオンを巻き込むしかない。
捨て身の策略。
マジックのジャンルにはイリュージョンというものが存在する。
それは大掛かりな演出などを使った一つの形態。
世の中では人体切断が有名である。
はたから見れば本当に体を切り裂いているように見えるが、実際は高度な技術で傷を負わせることなく感動と興奮を与える。
だがそれは大きな感銘を与えると同時に、大きな危険を伴うものである。
麗は自身の策略をイリュージョンのようなものとなぞらえたのだろうか。
そして彼女の語ったイリュージョンの失敗。
それがこの現実。
本来であれば成功させなければならないものをわざと失敗させた。
「―――何がイリュージョンの失敗ですか」
ヘスティアが呟く。
こんなものはマジックでもイリュージョンでもない。
ヘスティアの腹の奥にどす黒い靄がかかる。
別に麗の下手すぎる例えに反応しているわけではない。
ヘスティアは呼吸を整え、未だ立ち尽くすブルギニオンの様子を伺う。
確かにブルギニオンごと麗を貫いたことを目撃している。
急所を穿たれ、確実に瀕死状態であるはずの男の体―――
無傷である。
皮膚どころか服にさえ小さな穴が空くこともない。
「術式に反応しない魔法―――いえ、術式を無効化する魔法……」
聡明なヘスティアは即座に判断する。
捨て身の麗の作戦が無に帰した。
先ほどの真っ黒な感情。
それに包み込まれるように、全身に悪寒が走る。
ランスを無意識に強く握りしめる。
動かなくなった麗と微動だにしないブルギニオンを見つめる彼女の碧眼。
澄んだ青色の瞳が光を失う。
「……ふぅ」
元凶の嘆息。
足元に転がる麗を見下ろし、軽々とハルバートを肩に担ぐブルギニオン。
「……神の勢力だとしても、あくまでただの構成員か」
ブルギニオンは遠くで座り込む人物に視線を移す。
攻撃の手を奪われた哀れな姫君。
すぐに片付け、大天使を追う。
鈍色の刃ギラリと輝き、ブルギニオンはヘスティアに接近する。
パチン。
足元で何かが引っかかる。
幾数のワイヤーの類。
それを足で引っ張った感覚だ。
ワイヤートラップの類。
ワイヤーに繋がるピンが抜かれると、起爆して鉄球をまき散らす道具。
それが数十個敷設されていた。
ブルギニオンと麗を包囲するように構えられたそれが一斉に起爆する。
オレンジ色の爆炎を巻き上げ、一基につきおよそ数百の鉄球をぶちまける。
麗が設置したものは指向性対人地雷。
煙幕手榴弾で敵の視界を奪ったときに設置したものだ。
これはトラップだ。
麗の意志とは関係なしに、敵が見事にひっかれば作動する非魔導攻撃。
爆発の煙が晴れる。
白い壁を彩る無数の黒い穴。
光り輝く魔法陣を物理的に破壊し、防御術式は完全に沈黙していた。
そして現れる2人の人影。
一人は床に伏せ、所々に鉄球の跡が残る女学生。
そしてもう一人、小綺麗な執事服がボロボロに破け、鍛え抜かれた上半身がワイシャツの下から露出している。
ブルギニオンは立っていた。
全身に地雷を受け、血みどろになりながらも倒れない。
「―――やってくれたな藤ノ宮麗」
バツが悪そうに唾を吐き捨て、足元に転がる少女をサッカーボールのように蹴り飛ばす。
力なく転がり、ヘスティアの目の前で手足を投げ出す麗。
全身をくまなく貫かれ、爆散した鉄球を受けて瀕死の状態の少女。
ヘスティアの中で何かが羽化した。
「ファルネスホルンから追放された残党勢力、その反体制派『ファントムフューリー』、我々の邪魔だけはさせん。ヘスティア・シュタルホックス」
戦意を込めた声音をヘスティアにぶつける。
過去の戦争の敗戦軍、その生き残り、亡霊。
残党狩りから生きながらえたものの、彼らの存在は歴史から嫌われるように誇張された。
『理を殺し、理に復讐された哀れな反乱分子』と。
名誉はとうの昔に地に落ち、貧困にあえぎながら後世の世代から後ろ指を指される。
だが復讐の機会を伺っていたのだ。
何千年、何万年もの間。
だが戦勝したファルネスホルン側は過ちを犯した。それによって誕生した大天使の因子。
それが残党勢力の分裂を招いてしまった。
これ以上ファルネスホルンや体制派の好き勝手にはさせはしない。
だからこそ覚醒前に、連中の切り札の大天使を排除する。
「大天使に協力する組織は徹底粉砕する、それが未来への足掛かりだ」
ハルバートを構え、ブルギニオンが地面を蹴る。
圧倒的な力で踏み込まれた地面が砕け、巻き起こる粉塵をバックにブルギニオンが斧を振るう。
ヘスティアは自分に迫る刃物を見つめていた。
自分を殺すべく振るわれた殺意の刃を。
このまま何もしなければ、頭を割られて自分は死ぬ。
一度蒼汰に生き返らされて、次は日本政府によって蘇ることができた。
なら今回はどうなるのであろうか?
どうなるか分からないから死ぬわけにはいかない。
それに、まだ彼に顔を合わせていない。
だからこの窮地を脱しなければ。
この場を切り抜けるにはブルギニオンを殺す必要がある。
麗がその身を削ってまで仕留めようとした相手を。
全身を駆け巡る血液に混じる存在が、機能を発揮する。
後天的な変異、先進的な変化。
だがそれは、彼女が使うにはあまりにも邪悪なるものであった。
爆発。
麗を避け、その他周囲の物体を吹き飛ばす勢いの爆発が起きた。
危うく足をとられそうになったブルギニオンが、ハルバートを地面に突き刺して必死に耐える。
「―――日本め、一体何をしたんだ?」
ヘスティアの背後から現れた真っ黒な翼。
何かエネルギー凝縮させたような、羽毛も落ちない物体が彼女の背中から伸びている。
麗の聖女の翼とは正反対の色素。
そして剥かれた刃のように鋭利な翼がゆっくりとはばたかれる。
ゆっくりと、だが確実に速度を増す黒い翼。
自身へと迫る未知の攻撃に、ブルギニオンは思わず防御の姿勢に移る。
激突。
凄まじいエネルギーがブルギニオンに襲いかかる。
全身の骨や筋肉が悲鳴を上げ、上昇する血圧が血管を破裂させようとする。
そしてそのまま力負けし、手からハルバートを吹き飛ばされ足首が折れてその場に崩れ落ちる。
必死に体勢を立て直そうともがく。
だがブルギニオンの抵抗を上から押さえつける人物の影。
人形のように生気を欠いた虚ろな瞳でブルギニオンを見下ろすヘスティア。
ブーツで男の腹を地面に固定し、背後の鋭利な翼を再び振り上げる。
「―――この、悪魔が」
魔法少女とも天使にも見えないその姿。
変わり果てた彼女の様子を、ブルギニオンは悪魔と呼称した。




