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マニュアルは必要がない

「イリュージョンの……失敗?」


 唐突な麗の発言にヘスティアは眉をひそめる。

 しかし彼女も感づいている、麗が何しようとしているのかを。


「ヘスティア、ブルギニオンの顔色を見なさい。戦意を抱いただけで焼き肉にしてしまう術式が張り巡らされているはずなのに―――」


 どうしてあの男はあそこまで涼しい顔をしていられるのかしら?

 ブルギニオンが流血を厭う一般人なら話は別だ、だがそんなことはあり得ない。


「おそらくあの男に術式は反応しないわ」


 魔法妨害(マジックジャマ―)の類が埋め込まれている。


「―――それならばブルギニオンが冷静沈着に相対できる理由になりうる、そういうことですね?」


 ヘスティアの質問に麗は肯定の意を表する。


 もし仮に麗の予測が外れたとしても、これだけの徹底された防御術式の中で戦闘を行うことなど不可能に近い。

 歴戦のヘスティアや麗でさえ冷や汗が止まらない状況の中、何事もなく術式を無視できる余裕のある絶対強者が存在するとは考え難い。


(あくまでこれは私の推測に過ぎない―――まったく、薄弱な根拠でしか目の前の状況を整理できない自分が嫌になるわね)

 

 麗のポリシーに欠ける思考。

 そうである。今までの思考は全て麗の推測の域を出ない妄想に等しいものだ。

 合理的客観思考を常とする麗には似合わない所業。

 

(それでも―――)


 現在の危機的状況を切り抜けるための必要。

 

「―――私はあなたを殺害するわ」


 その言葉とともに麗の血液が沸騰する。

 それを術式は逃さない。


 典型的な戦意に反応した魔法陣が光を溜め、発射。

 麗を貫く光線が射出される。


 だが麗は幾重の光の槍を間一髪で回避し、柔軟に体をさばいて光の林を掻い潜る。

 今はまだ避けきれる。

 しかし数の暴力は絶大だ。

 すぐに限界を超え、その力に屈してしまうのは目に見えている。

 だからこそ短期決着の必要性が生じるのだ。

 

(故に私は―――)


 無情の攻勢はすでに諦めた。

 だからこそ麗は次の手段をとる。


「―――たとえ合理主義の藤ノ宮麗だとしても、所詮は手段を奪われてしまえば思考停止する哀れな人種だということか」


「私の言葉と行動を観察しただけで真意を理解したつもりなら、あなたの採点基準は滑稽ね」


 その言葉と共に麗は駆ける。

 ブルギニオン目掛け、放物線を描くように彼の側面へと突進。


 この間にも魔導光は麗目掛けて射出される。

 運動能力がヘスティアやユキナに劣る麗は全ての攻撃をかわし切れない。

 数の暴力と化した光線を節々に受け、血を流しながらも目的地へと到達。


「―――私の側面に張り付く気か?」


 ブルギニオンの両手に携えられた物――槍のように長い棒に斧を組み合わせたハルバート。

 防御術式に発見されることもなく、問答無用で麗の脇をえぐりにかかる。


 重量のある刃が麗に激突する瞬間、彼女は言葉を紡いでいた。


「防御術式は私の見方―――これで2対2でハンデは埋まったが、すでに戦力差は大きく開いたわけだ」

 

 そうだ。

 2対2なのである。

 これでフェアな闘争ができる。

 だが麗はフェアプレーを望まない。 

 これはスポーツではなく戦争だ。

 だからこそ、彼女はこの手段をとる。

 

 大きな音と小さな音。


 防弾盾でハルバートを受け止めた激音。

 そして金属片が地面を叩く静音。


「まずは―――あなたの目から不全にさせてあげるわ!」


 強気な言葉と共に、麗の足元から噴煙が上がる。

 一瞬にして巻き起こった煙が辺りを覆いつくしていく。


 一瞬で麗とブルギニオンの視界が濁る。

 相手の視界さえなくしてしまえば、随分と迅速柔軟に行動ができる。


 麗はいったんブルギニオンから距離を離し、詠唱を口ずさみながら空間内部を周回する。


「麗―――麗!!」


 追加の煙幕手榴弾をばらまいた麗の背後から怒号が飛び込む。


「―――げほっ! 麗、何をする気ですか!?」


「煙が晴れれば分かるわよ」


 彼女の口は止まらない。

 胸元の霊装からとめどなく輝きを放ち続け、彼女の魔力を消費する。


 すべての駒を配置、麗は天に叫ぶ。


「―――OS変更! 『戦闘』から『身体保護』へ!」


 魔法の仕様変更。

 麗は霊装以外の攻撃手段を失い、魔力で全身の保護に努める。

 いつの時代の戦闘にもマニュアルを逸脱した事態は起こりうるもの。

 その場その場で機転を利かし、最大の効果を生み出す努力をし続けなくてはならない。

 

 『戦闘』状態が足かせとなるならば、戦闘用の防御術式も必然的に自分の首を絞める。


 だからこそ彼女は敢えて『身体保護』での無茶苦茶な対攻撃防御の道を選んだ。


「う―――麗!?」


「ヘスティア、あなたはもう攻撃はしなくてもいい――――私を支援することに集中して!」


 そして告げられる麗の命令。

 それはヘスティアも同様にOS書き換え、『身体保護』に専念することであった。


「攻撃をやめて防御に移る―――マニュアル通りの対応策だ。だがそれは事態の打開策にはなりえないぞ?」


「寝ぼけたことを言っていられるのも今のうちだわ。私が役に立たないマニュアル通りに動くと思って?」


 お互い一歩も引かずに口を動かす。

 麗は決して時間を稼いでいるわけではない。機会を伺っているのだ。


「―――そろそろ気は済んだか藤ノ宮麗。神へ祈る猶予は十分に与えたぞ」


「誰も私が信心深い宗徒だとは言っていないでしょう? 神とは事務的な付き合いよ」


 麗の即答をその耳で確かに聞き届けたブルギニオン。 

 麗への審判の時間を知らせるハルバートの風切り音。

 男の姿が白煙から現れる。


「ヘスティア!」


 麗の叫びと同時――

 ヘスティアが麗を背中から抱きしめる。

 そしてお互いの保護魔法を混入、一体化させる。


 そこへ遠慮のない刃物が激突する。

 麗の左肩ごと胴体を切断しそうな勢いと強さで振るわれたハルバート。


 ヘスティアと麗、二人分の魔法を結合させて強度を上げている。

 保護で威力を殺しているとはいえ、すべてを防ぎきることができるわけではない。


 麗の骨を穿つ刃先から垂れ落ちる赤黒い液体。

 力をこめ、踏ん張っていた左腕がだらりと下がる。


 神経断絶により、彼女の左腕から魂が抜ける。

 激痛で気をおかしくしながら、敢えて大げさな声を上げる。

 

 背後のヘスティアの様子が変わるのが手に取るように分かる。

 ごめんなさいヘスティア―――私から離れて。


 麗はフリーの右腕の肘でヘスティアの顔を打つ。

 急な肘鉄を鼻先に受け、鼻血を出しながらヘスティアは大きくよろめく。


 麗の体を術式が焼く。

 それでも彼女は止まらない。


 それに続けて硬い革靴でヘスティアをより後方に蹴り飛ばした。


 脇腹を貫通する光線。 

 全身を痛めつける激痛が止まらない。吐き気と悪寒がまとわりつく。


 ヘスティアは受け身も取れずに体を打ち、ごろごろと床を転げ回る。


 何の宣告もなしに麗に蹴りつけられたヘスティア。

 彼女の顔は見れないが、今頃状況を把握できずに困惑しているか、それとも別か。


 本当にごめんなさい。

 どういう方法で、どういった経緯でヘスティアが再生されたのかは分からない。 

 それでも彼女は戻ってきてくれた。

 だからもう一度彼女に命を賭けさせることなんてさせはしない。


「だからこそ―――私は」


 その言葉と共に麗はブルギニオンにしがみつく。

 左腕は動かない、だから右腕に全力で力をこめる。


「―――私は未成年に抱きつかれて喜ぶ趣味はないぞ」


 嘆息するブルギニオン。

 しがみつく麗を引きはがすように、彼女のポニーテールを頭皮ごと引き剥がしにかかる。

 

 それでも麗は決して離さない。


「麗!」

 

 遠くでヘスティアが自分の名前を叫ぶ。

 そうだ。

 彼女は麗の真意に感づいている。

 だって、あんなに悲しそうな表情をしているのだから。

 それでも半分は信じている。

 これはマジックなんだ。

 例えどんな危険な行動に出ようが、あの藤ノ宮麗なのだから絶対に無事でいてくれる。


 ヘスティアの期待に、別の意味で裏切るわけにはいかない。


 そのために、絶対にこの男を無力化する。


「…………」


 喉の奥から絞り出した麗の言葉。

 それが現実となって彼女の手の内に宿る。


 血まみれの右手でしっかりと握りしめられた大型拳銃。

 その銃口をブルギニオンの肋骨に押し当てる。


 その引き金を引き絞る瞬間。

 撃鉄が落ち、銃弾に炎が灯される瞬間。


 八方から飛来する光の刃。

 麗の命を断ち切ろうと、彼女の体に穴を空ける光の柱。

 

 ヘスティアは目の前で麗が貫き墜とされる光景を目に焼き付けた。

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