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再生

 隠密術式によって隠された魔法のトラップが蒼汰とエーデルワイスを飲み込んだ。 


(私たちを分断するのが目的?)


 もしも分断の意図があった場合、彼女らはそれにまんまとひっかっかったことになる。

 

(……好都合だわ……)

 

 穴の中がどういった状況なのかは分からない。

 何があるか分からない以上、3人全員が落ちてしまうリスクはあまりにも大きい。

 麗が敢えて2人を追わなかったことは正解と言える。


「――それに幸運なのはそれだけじゃないわ――」


 彼女の口元が微かに動く。

 それは殺し合いに従事する狂者の言葉だった。


 手元に現れる異物。

 人を殺すことに特化した鋼の刃がギラリと煌めく。


「――どういう風の吹き回しなのかは十分に伝わったわ。だから全力で阻止させてもらうわよ――糞執事」


 常人の目を霞ませる麗の美貌を一層狂おしく強調させる微笑み。

 万物を噛み殺す怒涛の殺気を糞執事に叩きつける。


「――藤ノ宮麗。体制派にも反体制派にも属せず、第3の目線でこの騒動を俯瞰する使徒」


 ぼそぼそと麗の素性を語る男。漆黒の執事服を纏った男がどこからともなく持ち出した武器を披露する。


 どことなく余裕で、しかしわずかに緊張した脈動を打ち続ける麗が吐き捨てる。

 

「哀れな下僕の独断行動? お嬢様の意思に逆らって私たちに牙を剥けるなんて。反乱分子が鉄の塊を振りかざすのかしら?」

 

 絹の黒髪を払って軍用ナイフを手にする麗。


「――せっかくおいでくださったのよ。私と仲良く火遊びにでも興じましょう? あなたが全身火傷を負ったその時、私があなた問い詰めてあげる――ブルギニオンさん?」


 蒼汰一行をマルセイユ宮殿にまで導いた男。 

 エーデルワイスの執事を務めていた男。

 その男がこうして目の前に立っている。


 麗は悟った。

 私の素性はこの男に知られている。

 この場には麗とブルギニオンの2人のみ。

 それならば、秘密の殻を打ち破ってもよいだろう。

 

「神の犬に悪意を抱いたことを、謝罪してもらうわよ」

 

 人間の運動性能を超えた速度で麗は爆進。

 音速を超えた速度で大気を切り裂く刃がブルギニオンの喉を狙う。


「――いいか? この洞窟は仕掛けだらけなのを忘れるな」


 彼の一言。

 麗が状況を判断し、急激な軌道変更を実行するには十分すぎるほどの説得力。

 

 一閃。

 バックステップで後退した麗の顎先を掠める光線。

 スカートの一部を貫き、胸元のリボンを焼き焦がす刹那の直線。


 麗の戦意行動に反応した防御術式が起動した。

 

「この部屋は術式の宝庫。戦意を見せる限り、永久に貴様を追い詰める」


 人間の戦意に反応して発動する魔術。

 軍用ナイフを剥き、戦意の権化と化した今の麗を陥れる不幸。


 原因は武器か? それならばブルギニオンも焼かれてしまって当然だ。

 だがあの男に術式が反応した様子はない。


「……戦いを意識する感情……」


 ぼそりと麗が呟いた。

 それならば戦う気を起こさずに戦えばいい。


「そんな無茶はできるわけがないわよね……」


 今まで麗は幾戦の戦場を経験してきた。

 目の前の敵を死体に変えるとき、麗の心は何を訴えた?

 

 悲痛か憎悪か、もしくは快楽か。

 だが彼女はそんな感情を持ち込む愚かな娘ではない。


(そこにあったのは戦う意志だけ。それ以外の感情は持ち合わせていない……)


 だが現状、いつもの心持がネックになっている。


(このクソッたれな状況下で、目の前の陰湿男を処分する方法……)


 この部屋に張り巡らされた術式の性能の如何は測定できない。

 どれほど過敏に、どれほどの数の戦意をキャッチして光線を打ち出すのかは不明。

 

「せめて誰が仲間がいれば、もう少し順調に……それは希望的観測かしらね……」

  

 彼女の独り言。

 だが神の使徒という特別な種類の人間であれば、何らかの特典があるのではないか? 

 そしてそれが現実となる――


 瞬間。

 麗後方、自分たちがこの部屋に入ってきた扉の方向。 

 物理的な力で頑丈な扉を吹き飛ばす壊音。

 衝撃波が麗のポニーテールを揺さぶった。


 彼女は振り返る。

 扉があった場所、踏み潰す勢いでがれきの上に足をかける。


 紅蓮の長髪を垂らす長身の女性。

 白銀のランスを握りしめ、麗の向こう、ブルギニオンを睨みつける。


「――遅くなりました、麗」


 日本政府に回収された遺骸のはずだった。

 自ら脳を破壊し、絶命したはずの故人。


「――ヘスティア」 


 半信半疑で彼女の登場を見つめる麗。

 カツカツとブーツを鳴らし、凛とした表情を浮かべるのはあのヘスティア・シュタルホックスである。

 

 そして麗の隣にまでやってくると、急に辺りを見渡すように首を動かす。


「……どうしたの?」


 驚異的な状況適応能力で平静を取り戻した麗が問いかける。


「……蒼汰君がいないようでしたので」


「彼は下よ。急に地面がぱっと消えて吸い込まれてしまったわ。第三婦人と一緒にね」


 ヘスティアの眉がピクリと動く。

 麗の第三婦人というセリフ。もえか、ヘスティアを手玉に取るあの天然ジゴロを皮肉った言葉だ。


「へ――へえ。そうなんだ、私がいない間、蒼汰君はそこまで獣になっちゃったのですか」


 居心地悪そうにそっぽを向き、頬を膨らます姫様。


「そんなことはどうでもいいわ――あなた、一体どうして」


 どうしてこの場に存在しているのか。


「……」


 ヘスティアは何一つ答えることがない。

 石像のように口を閉ざし、返答を拒否する。


 日本政府による何らかのコンタクトがあったのは確実だ。

 彼らがヘスティアの遺体を回収、再生したことは現実としてこの場に顕現している。


「詮索はやめてください。今は術式を掻い潜って目の前の壁を叩き壊すことが先決でしょう?」


 いつの間にか、ヘスティアの視線はブルギニオンの方向に向けられていた。


「……そうね。仕事が先ね。計画遂行の障壁となる敵を征服することが私の務めだものね」


 何人たりとも、吉野蒼汰と自分の足枷になるものには容赦はしない。


(こちらが戦意を見せれば術式が発動する――それなら無心に無情に敵を殺すしかないわね)

 

 これは麗とて初めての試みだ。


「――無情に――」


 ぼそりとした麗の独り言。

 彼女の作戦は完璧のはずだった。

 あらゆる感情を殺し、ロボットのように接近し、ナイフを振り上げたはずだった。


 それならばなぜ彼女の太腿は焼かれたのか?


「――っ!?」


 術式が発動した。

 彼女は感情を殺しきれなかった。

 

 幸い直撃は避けた。

 だが高熱の術式が麗の足を痛めつける。


「――貴様が感情を殺して人間を殺すことなど不可能だ」


 近づく足音。

 麗はブルギニオンの接近を阻止すべく詠唱した。


「戦いに身を置く貴様だ。その時点で貴様の感情は高尚すぎる」


 強制されて人を殺さざるを得ない一般人ならできるであろう、戦意なき悲痛の死刑執行。

 だが目の前の敵を殺す使命と役割に縛られた麗にとって、戦意をなくすことなど不可能に近いということだ。


「――麗! 距離を置いてください!」


 ヘスティアの叫びが飛ぶ。

 だが彼女もまた戦乙女。麗と同様アルベルトへの攻撃は難しい。


(こちらにはヘスティアもいる。2対1である限り、ブルギニオンのハンデは重過ぎる)


 手にした拳銃の重みを感じる。

 この時、麗は不自然にも笑顔だった。


「ヘスティア、マジシャンの真似事は嫌い? イリュージョンの失敗をこの身で体現しようと思っているわ。目の前の男と一緒にね」 

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