探索
「吉野君、あなたは自分の身を守ることだけを考えなさい!」
麗の怒号が蒼汰の頭上を掠める。
先ほどまでの薄暗さが嘘のような光量。
ラスコー洞窟内部中腹。
神殿入り口のドライツェフを掻い潜り、順風満帆の潜入を成功させた後のことだった。
鼓膜を刺激するのは3人の足音だけ。
それ以外は無だった。
誰一人として口を開かず、ただロボットのように前へ前へと進んでいた。
だが今はどうだ?
「蒼汰様早くこっちへ!!」
エーデルワイスの手が蒼汰の腕を千切れんばかりに引っ張り上げる。
壁一面に描かれた魔法陣が光を発している。
その中央から出現する鋼鉄の刃先。
魔法陣から召喚された槍や剣が独りでに侵入者を貫きにかかる。
「この防御術式はいつまで続くんだよ!?」
堪え難い不安や緊張が怒りとなって口から出る。
侵入者を排除するための防御術式、蒼汰たちを襲う自動攻撃システム。
ロックオンした敵に向かって魂の宿った刃がオールレンジで吶喊する。
麗とエーデルワイスが飛んでくる剣を迎撃する間、蒼汰は何とか攻撃の隙間を掻い潜って死角へ。
「ヴィーナスタウン」でヘスティアと白兵戦を繰り広げたとはいえ、蒼汰自身に戦闘能力も戦闘知識も備わってはいない。
故に今はこうして物陰に身を隠すことがやっとだった。
「麗さん! この攻撃は一生続きます――だから前へ進みます!」
エーデルワイスは迫りくる槍を剣で薙ぎ払う。
異次元に隠し持っていた真っ黒な両手剣が槍ごと宙を切り裂く。
「――わかったわエーデルワイスさん! カウントは!?」
「3秒後!!」
麗が打ち尽くした拳銃を投擲する。
そして一瞬の詠唱で新たな拳銃を握り、すかさず銃火を散らす。
「――2!」
手あたり次第攻撃を跳ね返したエーデルワイス
壁の魔法陣からの武器召喚から攻撃までは約5秒、インターバルは約12秒。
「――1!」
最後の数字。
その瞬間に、同じタイミングで麗とエーデルワイスが魔法陣から視線を逸らす。
「――0!!」
彼女たちが同じタイミングで駆ける。
数多に存在する魔法陣の洞窟を疾走し、次弾発射準備の隙にこのエリアを突破する。
「立って吉野君! 人生の中で最も全力で走りなさい!!」
麗の咆哮に反応した蒼汰。
彼女たちと同じ方向へと足を向ける。
この先の曲がり角を抜ければ攻撃は止む――
前方に魔力反応がないことに気が付いている麗は望みを持って前進する。
あと数十メートル――
3人の視線の先。
そこにあるのは重々しく鎮座する扉。
「2人とも!! 頭と目を守りなさい!!」
蒼汰とエーデルワイスの返事も待たずに麗が発砲。
巨大な弾頭が2人の間をすり抜け、一直線に扉を貫通する。
続けて引き金を絞り、扉の穴を広げていく。
「蒼汰様! 突っ込んで!!」
エーデルワイスに背中を押され、蒼汰はバランスを崩す。
全速力からの姿勢崩壊で、蒼汰は頭を突き出す形で扉に激突する。
頭から全身に伝わる衝撃で目を回す。
麗による攻撃と蒼汰の激突で扉があっけなく崩れ落ちる。
「――霊装使用――雷撃を受け止めし鋼の盾、防弾シールド!」
麗の詠唱で大型の対弾シールドが出現する。
両手でがっちりとシールドを構え、インターバルを終えた剣と交錯する。
「――痛ってぇ――何するんですかエーデルワイスさん!?」
「ごめんちゃい!」
エーデルワイスの暴力的な行動に腹を立てながらも、蒼汰はようやく防御魔法からの攻撃を免れたことに安堵を覚える。
「吉野君! 早く奥へ行きなさい!」
再開される攻撃に痺れを切らした麗が蒼汰のケツを蹴り飛ばす。
そして傷だらけになったシールドを放棄して走り出す。
そして一刻も早く防御魔法の有効射程範囲から退避する。
これで一つの関門は突破した。
「――お前たち2人は僕に悪意でもあるの?」
2人の女性に一方的なハラスメント攻撃をされた蒼汰。
しかしそんな彼の視線を無視して麗とエーデルワイスは再び歩みを始める。
「……はあ。ようやく解放されたわね」
麗は顎先を垂れる汗を拭う。
解放されたといっても、油断するわけにはいかない。
「――多分今私たちは洞窟中腹にいると思うの、私一人ではここまで来れなかった。あなたたちのおかげ」
「――エーデルワイスさん、それは無事にレッドクォーツを確保した後に言うセリフだわ」
憔悴した表情で言葉を交わす2人。
洞窟中腹に足を踏み入れたとしても、それは同時にまだ半分の道のりが残されていることを示している。
「とりあえず先に進みましょう。とっとと目標を奪取して帰りたいわ」
麗は休憩を知らないのか、足を止めることなく前進する。
彼女に続き、エーデルワイスと蒼汰も疲労した足に鞭を打つ。
「帰ったらシャワーを浴びて、ご飯食べて……何をするべきかしら?」
帰宅後の予定を練る麗。
麗の体はすでに泥まみれだ。女子高生がしていていい姿ではない。
制服のリボンを緩め、ワイシャツのボタンを開放する。
その瞬間、服の内から熱気が沸き起こる。
自身の体から発せられる汗の香りと硝煙に鼻腔を刺激され、麗はわざとらしく嘆息する。
「――ほら見て麗さん。扉がある」
エーデルワイスの言葉通り、彼女らの先には錆びれた薄汚い扉が存在している。
扉を見た瞬間、蒼汰の表情が一気に暗くなる。
嫌な予感だ。
「扉の先に何かが待ち受けている……誰でも知ってる常識だ」
「そうやってマイナスに捉えるのはやめなさい吉野君」
軽い説教後、麗が再び詠唱で銃器を取り出す。
銃口が扉をにらみつける中、麗はゆっくりと未知への境界を開放していく。
埃臭さが漂い、年期の入った錆が削り落とされる。
不快な雑音を聴覚が受け取り、確実に扉が開いていっているのを全身で感じる。
真っ暗な空間が出現し、麗はその闇へと銃口を突き出す。
そして完全開放した扉から手を放し、その暗闇へと吸い込まれる。
「……何もなし……?」
何の防御魔法も発動しないことに不信を抱いた蒼汰。
それは麗も同じである。
そして蒼汰も闇へと誘われる。
先ほどまで薄暗がりとはまるで違う完全な漆黒。
「魔導反応はまるでなし。冒険者をもてなす憩いのオアシスなのかな?」
呑気に唄うエーデルワイス。
だが束の間、視界の漆黒が純白に変わる。
「痛っ!?」
麗が叫ぶ。
眼球に痛覚を覚えるほどのフラッシュ。
思わず片手で目元を押さえる。
目を瞑ったエーデルワイスは剣を構え、聴覚を研ぎ澄ます。
今の一瞬で一時的な失明に陥った。不意の襲撃に備え、辺りを警戒する。
「……」
「……」
「……」
三人が牙を剥きだす中、訪れるのは再びの静寂。
彼女たちの息遣いだけが空間に四散し、それが静けさをよい一層強調する。
「何もないわね……」
麗がぼそりと口ずさむ。
本当にそれならいいが。
徐々に視覚が回復し、蒼汰はゆっくりと重いまぶたを持ち上げる。
全長30メートルはありそうな広大な空間。
天井もかなり高く、恐竜でも動き回ることができそうな広さ。
「エーデルワイスさん……この場所って……」
「そうだね蒼汰様。闘技場か何か……」
すべてが白色に染まった空間。
明らかに遺跡にふさわしくない人工的な照明。
「もう確信したわ」
すっと構えていた拳銃を下げ、麗が天を仰ぐ。
「このラスコー洞窟、何らかのパトロンが関与して改装されているんだわ……」
それは蒼汰も確信していた。
そもそもこの世界は本来魔法の存在しない世界だ。
なのになぜこの場所は非現実な防御魔法が展開している?
そしてなぜレッドクォーツなどという異物が存在している?
元を正せば、この世界が非日常へと変化した所以、それは蒼汰へのサプライズイベントに他ならない。
「また大天使絡みか……」
思案にふける蒼汰。
だがその思考は中断された。
不意に訪れる浮遊感。
足場が消え去り、宙に投げ出される感覚。
「蒼汰様!!」
頭の上でエーデルワイスが叫ぶ。
突如蒼汰の踏みしめていた地面が消失し、深い穴へと落ちていく。
エーデルワイスは彼を追うように穴へと飛び込んでいく。
「――また仕掛け!?」
麗まで落ちるわけにはいかない。
彼女は穴から離れるように後退、第2の魔術起動を恐れて全身を目にする。
麗の研ぎ澄まされた感覚が、一つの生命体の反応を知覚する。
「想定外の出来事は起こりうる。それは君はよく知ってのことだろう?」




