侵入
「蒼汰様が先行して。私たちが後に続くから」
ラスコー洞窟へと繋がる神殿の入り口に佇む一行。
目の前の大きな入り口扉は何の変哲もない扉である。
だがその扉は、魔力を持つ人間を問答無用で締め出す不可侵効力を持つドライツェフを宿している。
エーデルワイスの指示通り、蒼汰を先頭に整列する魔法少女たち。
「――それじゃあ蒼汰様、失礼するね?」
そう言ってエーデルワイスは柔らかな両手のひらで蒼汰の両肩を掴む。
そうして自身の心臓に宿る魔力に語り掛ける。
「――大天使の魔力周波濃度を上昇」
彼女の詠唱に答えるように、エーデルワイスの胸元が光を発す。
エーデルワイスが魔法を使ったことにより、大天使の魔力周波濃度が急激に上昇。
無色透明な魔力周波に色が宿り、真っ白な霧が蒼汰の体を包み込む。
「す……すごい……」
後ろの幸菜が驚きの声を上げる。
過去に一度、蒼汰はこの現象を体験している。
自身の体を乗っ取られ、闇の中に自我が監禁されるあの感覚。
「大丈夫だよ蒼汰様。あの時とは違う、あなたの中の大天使の意識が外に現れるわけではないから」
蒼汰の肩を掴むエーデルワイスの両手を大天使の魔力周波が撫でる。
エーデルワイスは身を引くこともせず蒼汰の後頭部を覗き込んだままだ。
そうしているうちに、蒼汰から発せられるオーラの拡大が停止。
限界まで現出された魔力周波を視認したエーデルワイスが指示を出す。
「――今からこれでみんなの体を包み込む。だからできるだけ私に近づいて」
エーデルワイスの命令の直後、真っ先に動いたのは麗だった。
エーデルワイスの背中に張り付くように接近する。
「――幸奈」
麗はそのままの姿勢で背後の幸奈に言葉をかける。
「――何?」
不愛想に応答する幸奈。
幸奈の機嫌に気が付きながらも、麗は躊躇なく問答無用に吐き出す。
「幸菜はここに残りなさい」
「は?」
ここから先は私たちで向かう。
だから幸奈はここで待機していろ。
それが麗の指示だった。
「な――何で私だけ!? どうして私は行っちゃいけないの!?」
幸奈の反論。
それは麗も予想していたことだ。
現在ケンカ中の2人の少女。
ケンカ相手の麗が自分をのけ者にしようとしているのだ。幸奈が怒らないわけがなかった。
「もう意味わかんない! 私が足手まといだって言いたいの!?」
「そんなことは言っていないわ。ただこの場に残る人が一人でもいないと、万が一潜入隊のメンバーの身に何かがあった時、外部の人間にこのことを伝えられなくなる」
全員で未知の不可侵領域に入り込むリスクは大きい。
それよりも一人だけでも外の世界に残し、他の異世界転移者に連絡、及び必要であれば外からの支援をするメリットは大きいと麗が判断した。
「それにこれは幸奈だからこそ頼めることなのよ――ケンカ中だからといって、私は幸奈を過小評価することなんてありえないわ」
信頼しているから――
仲違いなんてものは、一時のもつれから生じるものだ。
本当に相手を嫌ってしまったのなら、幸奈は麗に突っかかることもしなかったはずだ。
「……っ」
幸奈は言葉を発しない。
彼女は気が付いている。
麗を嫌っていることなど決してないのだと。
「だから……お願い」
麗の追撃。
彼女の猛攻撃に幸奈はたじろぐ。
「――私は――」
幸奈は自身の心を掴むように胸に手を置く。
この時蒼汰はすでに分かっていた。
幸奈の答えを知っていた。
「――胡桃沢」
だから促してやる。
答えを決めているが、それを言葉にできない幸奈を諭す。
「自分の答えを口にしてくれないと、みんな分からないよ」
蒼汰は誘導する。
だがそれは強要ではなく、あくまでリードだ。
「吉野君……」
彼の真意に気が付いた幸奈。
一呼吸置き、さらに深呼吸で気持ちを整える。
「――分かった。私にできることなら何でもする」
そうして幸奈は麗と目を合わせる。
この瞬間をどれほど待ちわびたか。
まだ仲直りとまではいかないが、それでも大きな一歩だと蒼汰には感じられる。
「……あの2人はもう大丈夫そう……さて出発しますか」
エーデルワイスは大天使の魔力周波を操作。
彼の真っ白なオーラが幸奈を除く3人の身を包み込む。
これで麗とエーデルワイスの魔力反応は外部に漏れることはなくなる。
感知されるのは大天使の反応のみ。魔法使いではない大天使の反応を感知しても、ドライツェフの防御効果が発動されることはない。
「蒼汰様、進んで」
背後のエーデルワイスから指示が飛ぶ。
それを聞いた蒼汰が意を決して前へ進む。
そうして神殿入り口扉の取っ手に手をかけた。
重く大きい扉が押され、開けた視野に神殿の内装が飛び込む。
「……防御機能は起動しないわね。作戦成功かしら?」
僅かに汗を滲ませる麗の緊張がスッと抜ける。
そうして一行は神殿内部へと侵入する。
見渡す限り地味な光景。
美麗な装飾もない簡素な空間。
「何もないな……」
調度品の類もないただの屋内。
ただ一つの扉を除き、そこには物というものは存在しない。
「見て蒼汰様。あれがラスコー洞窟への入り口」
エーデルワイスの視線の先、金庫の扉を彷彿させる重量級の開閉扉が鎮座している。
「あの先にレッドクォーツがあるのね」
そう呟いた麗が扉に近づく。
そしてハンドル状の取っ手に手を伸ばし、力の限りハンドルを回す。
ガチャリ。
重々しい金属音を上げてロックが外れる。
「開いたわ」
ロックが外れた後、自動で扉が開け放たれる。
奥へと続く洞窟は薄暗く、弱々しく灯る蝋燭の炎が照らすだけである。
道を開いた麗の隣にエーデルワイスが立ち、じっと奥の見えない未知の空間を凝視する。
「視界不良、なおかつ洞窟内の地図がないからどういった道なのかは分からないの」
「――罠の存在はどうなのかしら?」
「――それも不明。それでもレッドクォーツを守る魔術的な仕掛けが施されている可能性は否定できないかな」
淡々と自分の予想を語るエーデルワイス。
麗は彼女の方を見ずに小さく頷く。
「――それじゃあ行きましょっか、蒼汰様、藤ノ宮さん」
1ビットもの緊張を持ちえないエーデルワイスが、何の躊躇いもなく洞窟内へと進出する。
その後に続くように蒼汰と麗も足を踏み入れる。




