観光デート
「ほら! おいしいでしょう?」
レストランの一角。
エーデルワイスが注文したフレーバーティーで喉を潤す蒼汰。
美食の街で名高いフランス・パリ。
エーデルワイスに腕を引かれ、蒼汰はあらゆる観光名所を巡り巡っていた。
私服に着替えたエーデルワイスと半強制的なデートをしている蒼汰。
別に嫌ではないのだ。
だがあまりにもくっついてくるのが正直困る。
レッドクォーツの回収。
彼女に敵対するドイツ勢力が計画するパリへの大規模魔導攻撃の阻止。
そのために蒼汰たちに協力を仰いだのだ。
「エーデルワイスさん。デートよりもレッドクォーツの回収の方が大事なんじゃ……」
蒼汰の意見は至極当然である。
「そうだよ。でもデートも大事でしょ?」
蒼汰の意見に肯定するも、軽く流される。
「それに蒼汰様は非日常の連続で疲れてる。だから、クォーツ回収のまえにリフレッシュが必要でしょ?」
優しく微笑むエーデルワイス。
彼女は蒼汰の体を案じ、こうして彼を外に連れ出した。
やり方は不器用ではあるが、それでも彼女の優しさには感謝している。
(今は……身を預けてもいいのかな……)
そう思い、蒼汰の意識は2人の時間に溶け込んでいく。
瞬間、蒼汰の胸元に振動が走る。
我に返った蒼汰。
胸ポケットに手を入れ、中からスマホを取り出す。
国際電話着信中――狗神もえか。
「ご――ごめんなさいエーデルワイスさん」
蒼汰を席を立ち、通話を開始する。
『――もしもし蒼汰君?』
「も、もえか。どうしたの?」
『――そんなの蒼汰君のことが心配だから電話かけたの! 宇宙エレベーターで色々あったし、政府に連行されたし、そしたらフランス渡航!? どうして蒼汰君は色々と巻き込まれちゃうのかな!?』
心配と怒りが綯い交ぜになった声音。
「い、いや。僕にもいろいろ事情が……」
『――ふーん、事情ね』
不機嫌に不満な声を出すもえか。
電話の向こうの彼女にどんな声をかけるべきか。
エーデルワイスは悶々と思案にふける蒼汰からスマホを奪い去る。
「やっほぅ、もえかちゃんだっけ?」
『――え? 蒼汰君が女の人になっちゃった!!』
「いやいやそうじゃなくて。蒼汰様からお電話を変わっただけ」
奪い取ったの間違いだけどな。
『――何ですか? どうして彼と一緒にいるんですか?』
「そりゃデート中だし」
時が止まる。
息遣いさえも停止し、狗神もえかは完全に沈黙した。
「デートの途中だから切るね?」
『――ま、ままま待って!」
エーデルワイスは一方的に通話を切り捨てる。
「蒼汰様をよろしく――だって」
「それはないでしょ……」
本当ならすぐにでももえかに詫びを入れたいところだが、おそらく目の前の女性はそれを許してはくれないだろう。
心を痛めながら再びの着信を無視し、蒼汰は本題に切り出すことにした。
「……僕は十分にリフレッシュできました。ですのでそろそろレッドクォーツの在処まで下見に行きませんか?」
エーデルワイスの顔色をうかがう。
蒼汰は本当に満喫できた。だからこそそろそろ当初の予定に着手しなければならない。
「――じゃあそろそろ行こっか。私たちを監視する2人の視線も気になるし」
そう言ってエーデルワイスはカフェの一角、一番端の席でこちらの動向を伺う2人の少女に目配せする。
そこにいたのは幸奈と麗である。
エーデルワイスが蒼汰の手を引いて宮殿を出たあたりから張り込みをしているらしい。
「お金払ってくるから蒼汰様は待っててね」
エーデルワイスが席を立つ。
一人テーブルに取り残された蒼汰は残りのティーを胃の中に流し込む。
そんな蒼汰に近寄る2人。
「――吉野君、いつまでイチャコラしてるつもりなの? そろそろ行こうよ」
腰に手を当てた幸奈。
何やら不機嫌そうにこちらを見下ろしている。
「大丈夫、これから下見に行くんだってさ」
ティーカップをテーブルに置く蒼汰。
スマホを取り出して時間を確認する。
宮殿を出て2時間が経過。
ラスコー洞窟はパリから離れており、今から向かえば夜になることは確実である。
「徹夜になればせっかくのリフレッシュも台無しに……何か考えでもあるのか……」
そう呟いた蒼汰はエーデルワイスを一瞥する。
蒼汰の視界に入る彼女はランランと支払いを済ませている。
「いいかしら、吉野君――」
胸の下で腕を組む麗が話しかける。
神妙な表情でエーデルワイスを見た後、若干の鋭利を含んだ瞳を蒼汰に向ける。
「随分とイチャコラしているみたいだけど、懐柔でもされたのかしら?」
「何で藤ノ宮まで不機嫌なの……」
揃って機嫌の悪い魔法少女2人組。
「あの女……正直気に入らないわ」
ドストレートな敵意を向ける麗。
鋭い眼光で遠方のエーデルワイスを射貫き、意味ありげに舌を噛む。
「何? 藤ノ宮さん。嫉妬でもしてるの?」
麗をからかう幸奈。
「勘違いしないで幸奈。私は単にエーデルワイスが気に入らないだけよ」
悪態をつきながら、麗は優雅に髪を払う。
「少なくともあの女は……」
なお疑い深く思案する麗。
「私が――どうしたの?」
突如麗の背後から届く声。
反射的に身を引く麗。
そんな彼女を見下ろすように顎を上げ、腰に手を当てるのはエーデルワイスである。
「私は敵対するドイツ陣営に対抗するため、あなた方に協力を要請した。それが真実」
そうである。
彼女は嘘は言っていない。
「もうパリの街は堪能できた? そろそろラスコー洞窟の下見に行きましょう」