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終わり、そして新たな始まり

 内閣府


「こんにちわ吉野蒼汰、狗神もえか、胡桃沢幸奈。そして藤ノ宮麗」


 蒼汰たちは内閣府応接室に招かれた。

 護衛付きの高級車に乗っていたとき、麗以外の3人は緊張した面持ちで固まっていた。


 机を間に挟み、内閣関係者との対話が始まる。


「いきなり連行してしまってすまなかったな。だが貴様たちの身柄の拘束は最優先事項だったのだよ、許せ」


 上から言葉をぶつけるように、スーツ姿の男は語りだす。


「申し遅れた、私は総理大臣補佐官の七原だ。ではさっそくだが――」


 七原の切り出し。

 それと同時に七原の背後の大型スクリーンに光が灯る。


 『政令307号案特殊災害対応計画』

 そう名付けられた計画の一部がスクリーン上に示される。


「先日の宇宙エレベーター完成5周年記念式典から始まる騒動の数々、もちろん貴様たちは知っていて当然の事件だ」


 なにしろの中心にはいつも貴様たちの存在があったからだ。そう付け加える。


「メディアを抑え、ごたごたをもみ消すのには苦労したものだ。故に――」


「高軌道ステーションの『システム・ヴァリアラスタン』に尻ぬぐいをさせたのでしょう? 苦労するはずはないわ。回りくどいことを言わず、最初から真実だけを話しなさい」


 麗の言葉で場の空気が一気に凍り付く。

 ふんぞり返るように白い足を組む麗。

 失礼極まりない態度を表に出し、七原を睨みつける。


「フフっ怖いものだ。大天使の監視、補佐のために派遣された、魔法少女とはよく言うものだ。いったいいくつもの試練を潜り抜けてきたんだ?」


 蒼汰と幸奈の視線が麗に集中する。

 もえかは何も言わず、ただ蒼汰をじっと見つめる。


「まさしく全能的な人間だな藤ノ宮。だからこそ吉野蒼汰の傍に置かれたわけだ」


「黙りなさい、私たちはこれでも急いでいるのよ。それに、あなたはくだらない弁を聞かせるためにここに連行したわけではないでしょう?」


 急いでいる、そう言った麗の心中を察した七原。


「――ヘスティア・シュタルホックスのことで急いでいるわけか」


 蒼汰の目が開かれる。

 核心を言い当てられた麗。

 だが表情を変えずに話を続ける。


「なるほど、回収したヘスティア・シュタルホックスの身柄を寄越せと言うのだな?」


 七原の告白の直後、蒼汰と幸奈が同時に飛び上がる。

 2人の座っていた椅子が倒れ、立ち上がった蒼汰は机を思いきり叩きつける。


「――回収したって、それは一体どういうことですか!?」


「言葉通りの意味だ。あのまま放置してしまっては体が腐る」


 そういうことを聞いているのではないんですよ!!


 蒼汰の怒りを真っ向から受けた七原。

 

「彼女のことは私たちに任せてもらおう。悪いようにはしないさ」


 こいつ――何が狙いなんだ。

 七原は不敵な笑みの向こうに何かを隠している。


「吉野蒼汰に宿る大天使の実験、そのための異世界転移。こちらでもきちんと把握している。どうやら貴様は厄介な出来事の主役に抜擢されてしまったようだな」


 蒼汰だけではない、麗、幸奈も徐々にイラつきがピークに達し始めている。

 未だに立ったままの蒼汰と幸奈に便乗するように、麗がおもむろに立ち上がる。


「前置きはもういいでしょう。早く本題に入るわ」


 麗は強気に言い放ち、もえか以外の3人が心に秘める疑問を代弁する。


「日本政府は私たちの味方? それとも敵なのかしら?」


 数秒の沈黙。


「――味方のつもりだ、だが表立って動くことはできない。騒動はあくまで大天使の実験だということを忘れるな」


「利用された吉野君を救おうとしないの? 実験に関与して、あなたたちは!!」


 幸奈の激昂。

 麗が口を開く前に、幸奈が机をたたく。


「君は気持ちが高ぶると物事を俯瞰できなくなるのか? 実験への協力で多大な報酬が約束されている。1か1億か、どちらをとるのが利口な選択だと考える?」


 この分からず屋!!

 幸奈の怒号が飛ぶ。


「利益を重視するのは当たり前の考え方だ――まあ、利益の話を抜きにしても、藤ノ宮麗にとって我々の存在は悪かもしれんがな」


 麗が眉をひそめる。

 日本政府は一体どこまで知っている?


「付け加えると、我が国が東京大改造で発展できたのは神の力の賜物だ。我々はその恩義に報いる義務がある」


 そういうことか。

 異常なまでの東京の進化。

 今の時代の人間の科学力では成しえない奇跡を神が起こした。


「残念だが話は以上だ。認知しているとはいえイレギュラーな事態だ。こちらも処理に追われていてね――ああそれと、胡桃沢幸奈及び藤ノ宮麗には居住地を用意した。鍵はフロントで受け取っておけ」


 一方的に話は打ち切られ、蒼汰たちは不完全燃焼で帰路に就く。






「何だよ……まだ話は終わっていないのに……」


 蒼汰のいら立ちが募る。

 蒼汰の剣幕にビビるもえか。彼に言葉をかけられない。


「――ねえ。やっぱり私たちでヘスティアちゃんを何とかしようよ!!」


 幸奈が蒼汰の袖を引っ張る。

 

「吉野君もそれがいいでしょ!?」


「そ……そうだけど」


 必死に蒼汰に縋りつく幸奈。

 それを見ていた麗が幸奈の手をはたく。


「我儘もそれくらいにしなさい」


「我儘って……」


「ヘスティアをどうにかする――具体案はあるのかしら? そしてそれをどうやって実現するの?」

 

 予想だにしなかった麗の質問。

 幸奈は血相を変えて麗に詰め寄る。


「何その言い方!? ヘスティアちゃんを助けたくないの!?」


「彼女は助けたいわ、でも私たちにはどうしようもない。ヘスティアは政府に任せ、私たちは私たちにできることをするのよ」


「私たちにできること? ヘスティアちゃんを助けること以外に何かあるの!?」


 幸奈は声を上げて詰め寄る。

 自分たちがやらねばならないこと。

 『ワルプルギス文書』の回収である。

 今こうしているうちにも、異世界の崩壊は徐々に進んでいる。

 だからこそ早急に進めなくてはならない、たとえ友達を後回しにしてでも。


(やっぱり……胡桃沢にも話しておかなくちゃいけないな……)


 蒼汰が考え事をしている合間にも幸奈と麗のぶつかり合いは続く。


(これから一緒に文書を探索する仲だ、隠すことはない)


 そう思い、蒼汰は幸奈に声をかけようとする。


 パシンッ。

 乾いた音が響く。

 

 それは幸奈が麗の頬を平手打ちした音だった。


「何言ってんの麗ちゃん……フランスが何? 何がオルレアンなの――意味わかんないよ!!」


「だから、ミサイル攻撃をしかけた連中の後を追う必要があるのよ」


 立ちはだかる壁を超えない限り、確実な文書回収に支障が出る。


「もう本当に意味わからないよ麗ちゃんは!!」


 そう言って幸奈は駆け出していく。


「……藤ノ宮。ちゃんと仲直りはしておくんだよ」


 藤ノ宮が急ぐ理由を知っている。

 そして彼女は本当はヘスティアのことを案じていることも知っている。

 だから蒼汰は幸奈か麗かのどちらかに肩入れする気にはならなかった。

 正義感が強く、とても優しい麗。

 だからこうして誤解が生まれる。


「どちらか一方をとれないから、より重大と思える方を選択する」

  

 蒼汰の独り言は麗の耳に届いていた。


「それでも、心の陰りは残ったままか……」


「私の心の内を代弁しているつもり?」


 麗は少々不機嫌に蒼汰に詰め寄る。

 蒼汰に真理を掴まれた麗。

 それを隠そうとこうして蒼汰に凄んでいるわけだ。


「――藤ノ宮」


 幸奈と麗の仲たがいの根本を作ったのは蒼汰だ。

 ヘスティアを助けられたのに、また失ってしまった。


 それでも、麗はそのことを追求せず、あたかも自分に責任があるというふうに振舞っている。


「素直な気持ちを言い出せず、誰にも相談しない――」


「……」


 再び舞い降りる微妙な空気。

 それまで声を発していなかったもえかが困った表情を浮かべる。


「周りの人間は助けを求められることを待っているのかもしれない」


「その説教はまだ続くの?」


「自分が正しいと思っていることをしているつもりでも、それは正しいことじゃないこともある」


 蒼汰は一歩麗に近づく。

 麗は蒼汰の接近に気が付きながらも、一歩も後ろに下がらない。


「藤ノ宮が僕の味方だと言ってくれたように、僕も藤ノ宮の味方だ。だから素直な自分の気持ちに従って一人でやるなり助けを求めるなりすればいい。僕は君の意志に答える」


 麗はじっと蒼汰を見つめ、その桜色の唇を躍動させる。


「――私は大丈夫よ。あなたも私に気にかけることないわ」


「だけど――」


 なおも食いつく蒼汰に麗は首を横に振る。


「気にしないで。私は大丈夫……」


 それは本当の言葉なのか、それとも偽りなのか。

 彼女は何も言わずに蒼汰に背を向け歩き始める。


 彼女はヘスティアのことを自分たちが助け出したいと思っている。でもそれは優先できない。


 自分を押し殺し、ただ自分の役目を果たすだけの機械のように。

 藤ノ宮麗は今日も待ち続ける。

 自分を救い出してくれる誰かが現れることを。



 ――情報更新――断片座標ヨーロッパ、フランス。

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