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憎悪の利用

「蒼汰君――蒼汰君! どこに行くの!?」


 もえかの手を取って走り出す蒼汰。

 彼の急激な態度の変化に困惑しながら、もえかは蒼汰に手を引かれ走らされる。


「――展望台だよ!!」


「――え?」


 大天使の洗脳能力は絶対である。

 対象に絶対的な階級制度を植え付け、大天使の願い、命令を確実に叶えさせえることができるものだ。

 それは対象が死亡してしまった場合でも例外ではない。

 

(死亡後でさえ洗脳という呪いに縛られる。それなら――)


もう一度目を覚ませ! そう望みさえすればヘスティアは息を吹き返す――


「だから……絶対!」


 エレベーターを動かしている時間はない。

 階段を駆け上がって展望台へ――


「ヘスティアさん!!」


 彼女の姿を脳裏に描き、蒼汰は勢いよく展望台へと続く扉を開ける。


 星々の煌めきがガラスを通して展望台を照らす。

 幻想的な風景を楽しむ広大な室内。


 ガラス付近に点在する望遠鏡、おしゃれなカフェバー、設置されたいくつものソファー、大きな柱。


 その全てが何事もなかったかのように、傷一つなく存在していた。


「――え?」


 後ろで息を切らすもえかの手を離し、蒼汰はふらふらと展望室へと足を踏み入れる。


 きれいに清掃の行き届いた絨毯の上で、彼は長年付き添った自分の目を疑った。


 どうして――

 何でどこもかしこも破壊された跡がないんだ――


「……ヘスティアさん……」


 そこに彼女は眠っていなかった。

 彼女の亡骸が発見できない。


「な……んで、何で!?」


 蒼汰は彼の中の大天使に問いかける。


『――ヘスティア・シュタルホックスの遺骸は回収された可能性があります』


(回収? 誰が?)


『――分かりかねます。ですが、好意的か敵対的か分かりませんが、私の存在を知る者のやったことではないかと』


 また大天使絡みか!

 

『――どちらにせよ、追跡する手段がありません。引き返すことをお勧めします』


 蒼汰もどうしようもないことは分かっている。

 それでも――


 そんな彼の様子に大天使は声をかける。


『――あなたは私と洗脳を憎悪しています。ですが、どうして憎しみの対象である私を頼ってヘスティア・シュタルホックスを救おうとしたのですか?』


 核心をつく質問。

 蒼汰は自分の矛盾に気が付いていたが、それを押し殺していた。


『――あなたの心と行動には矛盾が見えます。都合よく私を憎み、私を頼る』


 蒼汰は何も言い返せない。


『――気に止まないでください、その矛盾は普通のことです。私を好き勝手に利用してくださって構いません。私をあなたの好きにしてください』


 それが彼女の願いである。

 自分を恨ませ、時に自分を頼りにさせる。そういう存在でありたいという彼女の願い。


『――あなたが今後、私を憎む機会や頼る機会は沢山あります。ですからその時に備えて今は休みなさい』


 その言葉の瞬間、謎の力が作用する。

 蒼汰は体重を支えきれなくなり、足元がぐらつく。

 視界がぼやけ、闇に包まれた。


 大天使は何かを知っていたのかもしれない。

 だけどその事実は蒼汰にとって残酷なものだから隠蔽した、とでもいうのだろうか。






 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「……た君。……うた君……」


 声をかけられる。

 重く閉ざされた瞼に力が入る。 


 ゆっくりと解放される視界に光が差し込む。


「蒼汰君……」


 目の前に見える可憐な少女。

 狗神もえかが自分の顔を覗き込み、名前を呼び続けていた。


「もえか……」


 彼女の呼び声に蒼汰が答える。

 蒼汰の反応を見て、もえかは表情に花を咲かせる。


 彼の首に腕を回したもえか。


「……もう心配したよ……。気を失ってから丸2日目を覚まさないんだもん……」

 

 ぎゅっと蒼汰の体を抱きしめる。

 だがここでもえかは我に返ったように蒼汰から飛びのいた。


 薄暗がりでよく見えないが、口をパクパクさせて何かを喘いでいる。


「ご――ごめん。私、2日間お風呂に入ってなくて……」


 ああ、なるほど。


「別に、もえかは臭いわけじゃないよ? 逆に汗をかいた女の子の匂いが――」


「へんなこと言わないで!!!」


 力の弱いパンチを繰り出すもえかを諫めながら、蒼汰は周囲を見渡す。


(暗くて……あまり窓がない?)


 さっきいた展望台とは別空間。

 揺れはないが、空間ごと自分の体が下へ下へ移動している感覚は確かにある。


「……エレベーター……」


 ポツリと呟く蒼汰。

 そう、ここは貨物用エレベーターの中である。


 真上を見上げる。

 高い天井。外の様子を見ることはできない、だがさっきまでいた『ヴァリアラスタン』から徐々に遠ざかっていることは分かる。


 ここで蒼汰の思考が覚醒を始める。

 彼目の前にいる3人の少女。


 狗神もえか、胡桃沢幸奈、藤ノ宮麗。

 1人足りない。


「ヘスティアさんは……」


 彼女はここにはいなかった。

 ワナワナと体を震わせ、蒼汰は思いの丈をみんなにぶつける。


「――ヘスティアさんがまだだよ!!」


 幸奈は目を伏せる、麗は何も言わずに棒立ちする。


「蒼汰君……」


 もえかは心配そうに蒼汰の顔を覗き込む。

 

 蒼汰は彼女を救うために展望台へ上がった。

 そこで彼女の遺体がないことを確認し、その後――


(あの女……)


 大天使への怒りがこみ上がっていく。

 普段温厚な蒼汰がここまで誰かに怒りを向けることはない。


 握りしめられた拳がふるふると震える。

 この貨物用エレベーターはもう上には戻らない。


 『私を好き勝手に利用してくださって構いません。私をあなたの好きにしてください』


 彼女はそう言った、そう宣言したのだ。


 蒼汰は自分の心に集中する、大天使が住み着いているであろう心臓に。

 

 お前がそう言ったんだ、もう訂正はできないぞ。

 だから俺はお前をとことん利用して、お前が嫌がってもケツを蹴ってでも利用してやる――


 蒼汰が怒りに身を震わせていると、麗が彼の前にまでやってくる。


「吉野君、2日間の夢心地でお腹もすいているでしょう? これ、倉庫の中から見つけたわ」


 そう言って麗は非常食を差し出す。


 それを受け取り、ペットボトルの蓋に手をかけた瞬間――


 その瞬間猛烈な振動が響き渡る。

 蒼汰は思わず舌を噛む。

 座り込んでいたもえかが顎がを打ち、立っていた幸奈と麗がバランスを崩してその場に倒れ込む。


 エレベーターが停止した。

  

 リニアモーターカー並みの速度で下降するエレベーターが急激に速度を落とした衝撃波は大きい。

  

 顎を抑えて涙目になるもえかを尻目に、蒼汰は窓際にまで移動する。

 地球の丸みが窓から確認できる場所であった。


「何で……止まったんだ……」

 

 貨物用エレベーターは地上のアースポートや静止軌道ステーションの操作で任意に停止、もしくは緊急事態に際し、自動で安全装置が作動し停止するかのどちらかだ。


「蒼汰君、何かあったのかな?」


 横から顎を抑えるもえかが窓を覗き込む。

 窓からはきれいな地球の輪郭が一望できる。


 先ほどまでの混乱がスーと消え去っていく感覚。

 胸の奥のつかえがとれたわけではない、それでも胸から霧が晴れる感覚は覚える。


「――? 蒼汰君、あれ何かな?」


 もえかが指さす。

 指先の向こう、視線を指先が示す遠方へと向ける。


 黒い影が2つ、こちらに飛来する。

 僅かだがそれが徐々に、徐々に大きくなっていくのが分かる。


(宇宙船? いや、こちらに向かってくる?)


 地上から発射された救命ロケットの類だろうか。


 蒼汰ともえかの様子を不審に思ったのか、背後から麗が窓を覗き込む。

 そして黒い影を視認。


 すると、それまでの冷静な麗の表情が崩れ去っていく。

 一筋の汗を額から流し、緊迫した声音を張る――


「みんな伏せなさい――ミサイル攻撃よ!!!」


 瞬間――


 飛来したミサイルがエレベーター上部、ケーブル付近で爆破。

 爆発と熱で焼き切れたケーブル。

 蒼汰たちの乗るエレベーターのつるしが切られた。

 結果――彼らは高高度からアースポートへ向かって落下する。

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