断罪のヘスティア姫
「ねえねえお母様。私、大きくなったら騎士になるの!!」
それは子供の戯れ言だ。
だからいつもこう返した。
「そうね。あなたが騎士になったら500年続くこの戦争も、終わりを迎えることになるかもしれないわね」
お母様の言葉に彼女は首を縦に振らない。
「ううん違うの。せんそーに勝ちたいんじゃないの、みんなで平和に暮らせるようにせんそーを終わらせたいの」
現在王国と戦争をしている帝国は、独裁体制で国民から税をむしり取り軍備を拡張し続けている。
さらに秘密憲兵隊なるものを設置し、独裁を揺るがす恐れがあると疑われた者は無実であろうと処刑される。
だからこそ少女は騎士となって前線へ赴き、不幸をまき散らす独裁者を撃ち滅ぼす――
そして帝国民を救い、王国と仲良くさせる。
物心ついたときからの思いであった。
「――あなたの夢は応援するわ。がんばりなさいヘスティア」
それは9歳のときのヘスティアと母親の会話だった。
時が過ぎること6年。
ヘスティアは母親と父親の叱責を受けていた。
「だめだ! お前はあくまで御三家の娘だ!! 戦場へ赴く必要などない!!」
ヘスティアの世界、彼女の王国。
そこでは、王を含む直系の王族は戦地へ赴き戦いを指揮するという掟がある。
だが分家である3つの有力家系である御三家は、その掟の範囲外であった。
アリスタクラリス家の一人娘であるヘスティア。
彼女は自らの生まれを呪った。
ヘスティアは母親を睨みつける。
過去に自分の夢を応援すると言った母親、今は父親の味方をして自分の願望を否定する。
これ以上ここにはいたくなかった――
その日のうちにヘスティアは家を飛び出した。
何としてでも王国騎士になるために、身分を隠して魔導騎士団候補生として着任した。
王国軍では魔法使いは騎士団に編入され、最前線の要として徴用される。
そして王家の血を継ぐ者はみな、生まれつきの優秀な魔法使いである。
魔法の適正も十分。
ヘスティアは候補生過程を最優秀で締めくくり、遂に最前線の戦場に足を踏み入れることとなった。
ヘスティアが家を出てから早1年。
彼女の捜索隊が1年で騎士団精鋭部隊にまで上り詰めたヘスティア発見した。
「――君は今すぐにでもお家に帰りなさい」
騎士団人事部から出された結論は帰省。
軍をやめて元のアリスタクラリス家の一人娘に戻れ、ということだ。
だが有能なヘスティアの身柄を巡って人事部と上層部は争った。
彼女は王家の血を引く者。
万が一何かあれば、王家からの制裁は免れない。
いや、騎士団は王国の要だ。戦力低下を引き起こす制裁などありえない。
「私は家には帰りません。平和のためにこの身を騎士団に置いているのですから」
それがヘスティアの結論だ。
そもそも彼女はたった一人で王国騎士団1個大隊レベルの戦闘力を保有する。
その他最前線で様々な功績を上げてきた。
「ですが彼女は御三家のご令嬢です。それに聞きましたよ――彼女は戦場で敵兵をまったく殺さない者だということを、そんな彼女に騎士団が務まりますか!?」
「いや、ヘスティア嬢の優しさは前線の士気を上げる。彼女が望む限り戦場に残すべきだ!!」
彼女の処遇の行方は一向に決まらない。
この間にも家族からのコンタクトはあった。
父母の命令はもちろん『家に戻れ』
そう言われたからこそヘスティアは家には帰らなかった。
戦場に赴き、敵を殺すことはないが確実に作戦を成功に導いていき、最終局面に突入した。
ヘスティアは戦争に勝ちたいのではない、双方犠牲者を出さずに戦争を終わらせたいのだ。
だから敵とはいえ決して殺さない。
彼女にとって敵を殺して勝ち取る栄光などくそくらえである。
王国も帝国もみんな家族を失わず幸せに暮らせる世界にする。
だから、ヘスティアが殺すのはたった一人だけである。
こうしてヘスティアは帝国の独裁者を殺害。
そして独裁者の側近を全て捕縛、そして秘密憲兵隊を崩壊させた。
そして終戦条約締結の前、国王は歴史上類を見ない莫大な功績を上げたヘスティアを招いた。
王室でヘスティアは国王と謁見。
ヘスティアは褒美としての広大な領地や金銭を全て拒否。
「国王陛下――私が望むのはただ一つ。王国と帝国双方の永遠の平和です」
お互いが、剣で殺し合う血みどろの戦争を二度と引き起こさない。
ヘスティアは具体案を書物にして国王に提出した。
「――我々は帝国と手を取り合い、永久な友好と平和をここに誓う」
終戦条約調印日。
全ての決定はヘスティアの具体案を基になされることになった。
彼女が提出した書物には、王国と帝国双方にメリットのある内容で埋め尽くされ、そして最後にはこのような文言が記されていた――
統一国家、と。
こうして王国と帝国が統合され、統一国家シンデレラポールが誕生した。
「――ヘスティア・アリスタクラリス。そなたを次期統一国家シンデレラポール女王としての資格を与える」
ヘスティアは直系王家シュタルホックス家の養女となり、異例の大躍進を遂げた。
こうして彼女は国王が退位する時まで、統一国家の姫君としてその名を世に広めることになった。
だがいいことばかりではない。
そんな彼女を敵視する集団も多く存在していた。
それが元王国、元帝国の極右組織。
講和を望まず、条約調印後も武力によって相手国を追い出そうとアンダーグラウンドで活動していた。
そしてそのトップに君臨していた男。
それが元王位継承権第一位、アルベルト・シュタルホックスであった。
彼はヘスティアがシュタルホックス家の養女になる前、その素行の悪さと、権力の乱用を繰り返していたため、シュタルホックス家から追い出されていた人間であった。
彼は王位継承権を得た従妹であるヘスティアを疎ましく思った。
自分が追い出されていなければ、彼女が王位に就くことはなかったのかもしれない。
アルベルトは自分の過ちではなく、ヘスティアという存在をひどく憎んだ。
だからこそ彼女を追い出す必要がある。
彼は工作員部隊を編成、そして祝終戦講和パーティに派遣した。
そして祝賀会当日。
王国、帝国の高官たちも集まり、お互いが仲良くグラスを傾けていたとき――
アルベルトの工作員が高級ワインの中に『BWP』の試作品を混入――
それがグラスに注がれ、ヘスティアが口に含んだ。
それからだった。
彼女は自我を失い、まるで体を乗っ取られたかのように暴れ出した。
そしてステーキ用ナイフを手に取り、国王やその他高官たちを惨殺。
パーティ会場を血に染めたヘスティアは騎士団によって捕縛された。
その後、図ったようにアルベルトが舞い戻り、全国民に対して訴えかけた――
「ヘスティア・アリスタクラリスは、王国と公国とのハーフです」
公国。
それは王国と帝国に並ぶ強大国家であった。
王国帝国の戦争には介入せず、あくまで中立として高みを見物しながらも、順次勢力を増員してその二国を攻め滅ぼそうとしていた節がある。
「自分が仮想敵国とのハーフだということ隠し、私たちを欺いていたのです」
彼女の目的は統一国家の共倒れ。
帝国独裁者を殺し、講和を模索させることで油断を誘う。
そこを公国が一気に軍事侵攻するための足掛かりを作った。
それがアルベルトの作り出した物語。
牢屋の中でヘスティアは正気を取り戻す。
試作品として作られた『BWP』には欠陥があった。
それは一定時間で洗脳効果が失われるということだ。
だが薬品成分は彼女の体内に残ったまま、潜伏期間に入ることになる。
ヘスティアには国王殺しの罪が着せられ、統一国家臣民からの支持はどん底にまで下降することになった。
アリスタクラリス家は徹底的に滅ぼされ、王国広場の真ん中で公開処刑がなされた。
そして当人ヘスティアも同様に断首場に立たされた。
ギロチンの刃の下に首を置き、涙を流しながらヘスティアは恨んだ。
洗脳された! 洗脳が憎い!! 洗脳をする奴なんてみんな死ねばいいんだ!!!
悲劇の姫様の断罪の瞬間――
突如、断首場からヘスティアの姿が忽然と消え失せた。
彼女が目を覚ました時、まず目に入ったものは高層の建物。
外を走る鉄の馬、レールの上を走る鉄の蛇。
見たことのない光景がヘスティアの目の前いっぱいに広がっていた。
それが異世界転移。
何もわからず何日も彷徨った。
大事な騎士服は汚れ、川で水を飲み、川魚を捕まえて食べていた。
川で身を清め、橋の下で何日も夜を過ごした。
この町は不思議だ。
彼女の世界では女が夜に一人でいれば、飢えた男たちに無理やり犯されることなど当たり前のようにある。
だがこの町は不思議だ。
通りすがりの男たちは、夜一人でいる自分に手を出すことはなかった。
「あなたも異世界転移者だよね? どうしたの?」
ある日茶髪のツインテールをした少女に声をかけられた。
その子の住む建物に招かれ、温かい食事やお風呂にも入れてもらった。
彼女の優しさが身に染みて涙が止まらなかった。
こんな自分を受け入れてくれる人がいた――
それからだった。
黒髪のポニーテールをした少女と出会ってから全てが変わった。
他の異世界転移者との戦闘日和が始まってしまった。
黒髪の少女は何も語らない、確実に何かを知っているはずなのに。
そして運命の日。
宇宙エレベーターにおける異世界転移者との戦闘。
そこでヘスティアはあの少年と出会った――




