彼女の思想
「A-MI……大天使、実験実験実験じじじじじじじじじ!!!」
人語を逸脱した言葉を放つヘスティアが吶喊。
蹴り出した絨毯が大きくえぐれ、下の床までもが粉砕される脚力。
「大天使、僕に力を貸せ!!」
『――了解。ヘスティア・シュタルホックスの魔導攻撃をオートで無効化します』
爆発的な魔導砲撃が数発、蒼汰へ突進。
それが全て彼の目の前で跳ね返される。
大天使の洗脳は魔法少女の魔力までも操ることができる。
故に魔力の塊である魔導砲撃など他愛もない。
彼女の魔力を灯したランスが吹き飛ばされたのも同じ理由だ。
魔力がランスに灯っている限り、言葉一つでその魔力をランスごと吹き飛ばす。
「シシシシシシシンデレラポール――統一国家、ヘスティア騎士団、アルベルト国王候補――」
蒼汰の目の前までヘスティアが接近――
紅蓮の長髪を翻してブーツが飛ぶ!
「っ!?」
咄嗟に身を引き攻撃回避。
ブーツのつま先で抉られた鼻先。
「――ヘスティアさん!!」
彼女の両肩を掴み、蒼汰は顔を近づける。
もはや人間を超えた力で彼女の肩を握りしめる。
「何やってんだよ!? 何でそんな風に全部投げ出しちゃうんだよ!!!」
「忘却忘却忘却忘却――講和を望んだ講和を望んだ講和講和講和講和こうこうこうこうこうこう!!」
凄まじい力で蒼汰の拘束から逃れようとする。
蒼汰は彼女を離さんばかりに強く抱きしめる。
「離せ離せ離せはなせはなせはなせハナセハナセハナセ!!!」
腕の中でヘスティアの抵抗が強まる。
腹を撃ついびつな衝撃が連鎖――
「離さない、離さない!!」
男女の逢瀬はさらにヒートアップ。
こうしているうちにも、もえかの演説は続いている――
『――本来であればこの話はこの場でするべきものではありません、ですがここで訴えなければならないのです』
「あなたは何のために生まれてきて、何のために今日まで生きてきたのか考えてみてください!!」
『――私は私の戦いをします。こうして話しているときにも、戦い続けている彼に笑われないように――』
今のヘスティアに大天使の洗脳は効かない――
理論上は不可能。
だがそれは、今の蒼汰にとって希望を捨てる理由にはならない――
彼女を抱く力を強める。
そして自分の額をヘスティアの額に叩きつける。
身長が彼女より10センチは低い蒼汰。
背伸びをしてヘスティアの額に額を擦りつける。
「直接洗脳を流してやる――だから屈しろ! 支配されろ!! お前の主は一体誰だ!!!」
お互いの額を通して脳波を送信――
大天使の洗脳能力は折り紙付き。
薬品による紛い物の洗脳とは性能が違う――
聞こえる――
触れ合う全身を通して彼女の声が聞こえる――
彼女は元の自我を失っている。
失くしたのではなく、亡くしている。
それなら洗脳の力で亡くした自我をもう一度復活させればいいだけだ!
これは蒼汰の妄想かもしれない。
それでも蒼汰が彼女の手を差し伸べ続ける確固たる決意の基盤にはなる!
ヘスティアの声。
そう、言っているのだ。
助けて――と。
そうして蒼汰の脳波がヘスティアの脳に到達――
大天使権限でヘスティアに強制的な階級制度を発現!
そしてアルベルトのクソッタレな洗脳を完全排除!!
彼女の自我を蘇生!!
薬品による洗脳効果が除外され次第、大天使の洗脳は即時撤退!!!
莫大な蒼汰の脳波が止めどなく注がれる。
徐々に壊れたヘスティアの言動が鳴りを潜め、沈黙。
視界いっぱいに広がるヘスティアの顔。
ちょうど蒼汰の瞳の先にあるヘスティアの瞳。
右の目を支配していた赤色が薄まり、彼女の本来の青色の瞳に姿を変える。
蒼汰は額をそっと離し、目の前の姫様の瞬きを見つめる。
一度ならず二度までも。
一回瞼を瞑るごとに彼女の頬が紅潮する。
「あの……恥ずかしいです……」
普段のヘスティアの口調。
至近距離で見つめられていた恥ずかしさから思わず蒼汰から顔を背ける。
「ヘスティアさん……」
成功した?
本当に成功したの?
本当にあったのかも分からない可能性。
その幻想に全てをかけて、蒼汰はこうして彼女を取り戻した。
「――えと、ありがとうございます――あのままだったら私……」
「洗脳中のこと覚えているんですか?」
ヘスティアは小さく頷く。
大天使の洗脳とは性質も性能も違う。
『BWP』の洗脳が解かれた後でも、呪われていたときの記憶は残っているらしい。
「私の存在を問い続ける、私を見つけてくれる――それは、このことだったのですね?」
「……こんな形で、言った言葉を実現できるとは予想してなかったけどね」
蒼汰の微笑みがヘスティアの心を溶かす。
彼女も蒼汰の背中に手を回し、男女の抱擁が続く。
『――その彼は私を救ってくれました。幼いころからずっと、いつでも、今日まで』
一つの戦いが終わり、もう一つの戦いが続く。
静まり返った展望台の中で、スピーカーを通してもえかの演説が続く。
『――今の東京に慣れ親しんでいる方も多いのは分かっています。人類の歴史上、今日の東京よりも平和な楽園はなかったはずです。ですが――』
長い深呼吸。
もえかは何かを言い放つために間を置く。
『――今の東京は素晴らしい都市です。ですがやり方に問題があるのです』
「……蒼汰君……」
ヘスティアの耳にはもえかの声は入っていかない。
彼の頬に自分の頬をくっつけ、蒼汰の体温と香りに酔いしれている。
愛おしく蒼汰の体を抱くヘスティア。
もっと力を入れたい。
彼を独占するためにもっと体を密着していたい。
でもなぜだろう。
どうして体が上手く動かないのだろう。
『――ですから私は願っています。人間が、本当の意味で平和な環境で暮らせるようになることを――』
もえかはそんなことを思っていたのか。
確かに、どうして『システム・ヴァリアラスタン』が平和な街を作り出せたのかは謎である。
もえかはやり方に着目して現状の不満を訴えた。
彼女の父親は『システム・ヴァリアラスタン』が搭載される高軌道ステーションを設計開発建造した最高責任者。
娘のもえかが父親から情報を引き出し、一般国民の知らない事実を知っているのかもしれない。
こうしてもえかのトークイベントは幕を閉じた。
本当にこれでもえかが満足したのかは分からない。
それでも、これは彼女の選択。
蒼汰があれこれと疑問を呈する話じゃない。
これで残すは大天使が語ったワルプルギス文書の捜索だけだ。
この場にいないアルベルトとはいずれ雌雄を決するときが来るだろう。
腕の中のヘスティアの髪が蒼汰の顔を撫でる。
こうして彼女は戻ってきた。
もともと蒼汰のものではないが、こうして彼女を縛る洗脳は消えた。
消えたはずだ。
洗脳は消えたのだ。
ならどうしてだろう?
どうしてヘスティアを取り巻く真っ黒な魔力周波が発現するのだろうか。
「そ……たくん」
掠れたヘスティアの声。
蒼汰の耳元で彼女は呟く。
「に……げ……て……」




