ヴィーナスタウン
「――藤ノ宮。さっき連絡した通り、シュタルホックスさんは静止軌道ステーションに行った!」
『――こっちもレールガンは片付けたわ。目的地で合流するわよ』
スマホを切り、ユキナを背負った蒼汰は急いで『ヴィーナスタウン』の中央、スーパーアリーナへ向かう。
まずはもえかをスーパーアリーナへと送り届け、彼女の願いを叶えさせる――
(それが終わったら、シュタルホックスさんを……)
彼はヘスティアがいなくなるまで、彼女とアルベルトの会話を聞いていた。
アルベルトは『ヴィーナスタウン』の展望台に来いとヘスティアに言い放ったのだ。
まるで蒼汰に追いかけさせるように――
蒼汰の後ろを走るもえか。
ジト目で蒼汰を見るもえかが問いただす。
「……それで、吉野君が背負ってるその女の子は誰? 愛人? セフレ? 体の関係? 不純な仲?」
「だ、だから違うって! この子は知り合いだ。それに愛人以降が全部同じじゃんか!!」
どうして知り合いと一緒にこんなところまで来るの? 小声でぼそぼそ言うもえかを脇目にステーション内部へ入り込む。
空中回廊を渡り、3人は『ヴィーナスタウン』に到達する。
「狗神、スーパーアリーナはどこ!?」
「――こっち!」
もえかが先導。蒼汰が彼女の後を追う。
曲がりくねった道を駆け抜け、大きな扉の前に到達する。
もえかはその扉を手で押し開ける。
扉の向こうの視界が開ける。
「広い……」
ホワイト色の四角いステージを取り囲む座席の群れ。
高い天井は吹き抜けとなっており、5階層に及ぶ客席。
そしていくつもの大型の照明が、広大なアリーナを照らしている。
「マネージャー!!」
蒼汰たちが入ってきた出入り口は1階。
1階の出入り口から直結するステージの上のスタッフたちが振り向く。
「――狗神さん!!」
ステージを駆け下り、走ってもえかのもとへ。
お互いが大きく両手を広げ、勢いそのまま抱き合う形となる。
「よかった狗神さん。今宇宙エレベーターや『ヴィーナスタウン』で異常事態が起きているみたいで心配したのよ!!」
「異常事態?」
「ええ。何でも宇宙エレベーターの6階で事故があったらしくて。それにここからは遠いけど、人工衛星『ヤマタノオロチ』が短時間で8基爆破事故を起こしたって聞いて……」
「……」
その影響で未だ舞台の準備が終わっていないのだろうか。
まだ放送機器の調整もできていなければ、テレビ関係者の姿もない。
ステージ上のスタッフもざわざわと騒いでいる。
これでは予定時間に間に合わない。
「マネージャー。早く最終打ち合わせをしないと……」
狗神の懇願。
焦る気持ちは最もだ。
だがマネージャーは動かない。
打ち合わせを行うこともなければ、もえかの懇願に返事もしない。
「――狗神さん」
ようやく口を開くマネージャー。
たっぷり数秒の合間をとって言葉を繋げる。
「残念だけど、今回の式典は急遽中止になったの……」
「――え?」
もえかの声音。
それは何かを失ったときの、悲痛のトーン。
「テロリストによる攻撃だっていう噂もあるの。だからこれ以上ここにいるのは危険なの。だからすぐに――」
「待ってください!!」
もえかがマネージャーの話を大声で遮る。
「中止なんて――私、すごく楽しみにしてて、全力で今日のために練習だってして……」
「それは分かっているわ。でもね、イベントよりもみんなの安全の方が大事なの。あなたが残りたいとわがままを言ってもだめなの」
「――私のわがままで……多くのスタッフさんが危険な目に遭う、だから……ですか?」
マネージャーは黙って頷く。
視界が滲む。
抑えきれない大粒の涙があふれ出る。
「ごめんね狗神さん。でも仕方のないことなの」
そう言ってマネージャーは涙で声を詰まらせるもえかの頭に手を伸ばす。
手のひらを置き、彼女の頭を優しく撫でる――
「待ってくださいマネージャーさん。まだ終わっていません」
慈しみを込めてもえかを撫でる蒼汰が声を発した。
「吉野君――でも、これは事務所の決定なの」
「狗神は言っていました。万が一自分が自分の都合以外で舞台に出れなくなる日が来たら、スターをやめると」
もえかが蒼汰を見る。
その言葉は蒼汰の嘘だった。
「――例えイメージヒロインを降りるとしても、それでも命の方が大事なのよ。それに反対するスタッフだって――」
「この場のスタッフ、そして地上の事務所が反対している――だからその流れに乗り、今すぐに地球に戻るべきだと?」
マネージャーは頷く。
「マネージャーさんは関係者の身を案じているから、イベントの中止を望んでいますよね? ならば、スタッフさん方が安全に地球に下りれるのなら、イベントを行ってもよろしいのですか?」
蒼汰の質問の意図を理解できないのか、マネージャーは躊躇いがちに首を縦に振る。
蒼汰は僅かに笑う。
1つのピースが手に入った。
「それならばご安心ください、スタッフさん方は先に地球に降りてもらいます。ここから先は僕たちでイベントの様子を日本中に届けます」
あまりにも非現実的な蒼汰の意見。
何の知識も技術もない高校生が、一体どうやって放送を地上に届けるというのか?
「吉野君、テレビ関係者はすでに宇宙エレベーターに退避し、あとは我々事務所関係者だけがここに残ってしまっている状況です。もしも私たちが先に降りてしまえば、あなたたちは――」
「――その心配はありません」
彼らの背後。
アリーナの出入り口に立つ一人の女子高生。
「宇宙エレベーターは1基のみ。ですが人の乗らない物資運搬用のエレベーターであれば別に存在します」
紫色のリボンでポニーテールを結い上げる少女。
「それに、私は機械の扱いには長けています。学校の嫌いな先輩のパソコンをハッキングし、画像フォルダの中身をネットで公開させるくらいの技術は持っていますよ」
ローファーを鳴らしてこちらに歩いてくる魔法少女。
「だからご安心を。御社のスターを本当のスターにして差し上げますよ」
藤ノ宮麗がそう宣言をした。
「……」
マネージャーを含め、スタッフ一同が黙りこくる。
「狗神さん……」
眼鏡を外し、もえかに話しかけるマネージャー。
「あなたは危険な目に遭うかもしれない、自分の命を投げ出しても、今回のイベントを成功させる勇気はあるの?」
彼女の背後でどよめきが起こる。
「――はい」
小さく、だが確実に肯定を示すもえか。
「――そう」
もえかの意思を聞いたマネージャーがステージへ戻る。
「では私たちはこれで地上に戻ります。あとは彼らに任せましょう――」
スタッフのどよめきが最高潮にまで達する。
マネージャーはスタッフの困惑を鎮めるために発言する。
「いいのよ。青春には危険はつきもの。それに――あんなに輝いた目をした若者の夢を壊してしまうほど、私は落ちぶれてはいないわ」
そのやり取りを見ていた蒼汰は胸を撫で下ろす。
すると、背中のユキナが蒼汰の背中に頬を擦り付ける。
「あら? ユキナもそろそろ復活しそうね、涎を吉野君の背中で拭いたわ」
「おい!」
とりあえず背中のユキナを下ろす。
「――どうやら気を失っているけど、魔力はだいぶ部回復したわね。熱も引いているわ」
麗が床に倒れるユキナの健康チェックを行う。
覚醒に向かうユキナを麗に預け、蒼汰は涙を拭くもえかに向き直る。
「……これから本番だから準備しなよ」
何も言わず、もえかはただ涙を拭い去るのみ。
彼女の返答を待つ蒼汰。
そして不意に、もえかが蒼汰の体に寄りかかる。
「……お願い吉野君。ずっと一緒にいて……」




