魔法少女到来
西暦2019年。A-MI東京都市。
10年前の東京大改造で発展した元東京都。
人間のさらなる発展を標榜し、『未来の世界』を実現するための実験都市。
人間同士の争いを強制的に解決し、東京都市に住む人間たちが幸せに暮らすことを目標としたもの。
人間の負の部分を徹底的に封鎖する『システム・ヴァリアラスタン』が宇宙エレベーターの高軌道ステーション『ナノタウン』に搭載されている。
機密レベル最高ランクの『システム・ヴァリアラスタン』のおかげで、東京都市は世界最高の幸福都市としてその名を全世界に知らしめた。
A-MI東京都市誕生のきっかけはある神話であった。その神話で、このような内容の文書があるという――
『過去の凄惨な歴史を繰り返さないため、全ての人間が互いを想い合う世界を実現すべきだ。
感情と意思は相反する概念である――』
それより先は、千切られていて読むことができない。
噂では神の手によって書き記されたと言われるこの文書は、とある災禍によって大部分が失われたとされる。
失われた文書の断片。その場所を突き止め、文書を完璧な形で復元する使命を与えられたのは彼だ。
そしてこの人間の未来を実現するための宝『ワルプルギス文書』は、これから始まる物語を握る鍵となる――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「皆様、長らくお待たせ致しました。第5回、世界初の宇宙エレベーター『ヴァリアラスタン』完成記念式典を開催します!!」
開催宣言の直後、海上から盛大な花火が打ち上げられる。
大田区の空一角を埋め尽くすグラデーションが、参加者100万人を活気に染め上げる。
マーチングバンドのパレードが始まり、お祭り気分に包まれたA-MI東京都市 大田区 羽田空港隣海に作られた人工島
そこにそびえ立つものは宇宙エレベーターである。
「今や宇宙観光ができる時代。近日には、静止軌道ステーション『ヴィーナスタウン』に駅を設け、地球上に向けて降下の旅を堪能できるツアーが実施されます」
MC女性の背後の大型スクリーンに光が灯される。
『プロジェクト・ミカエル』と名のつく地球降下ツアーの概要が表示される。
「そして、今回第5回完成式典のために、世界各国から宇宙航空開発関係の有識者の方々が来日されました――それではどうぞ!!」
野外特設ステージの壇上、コスプレをしたMCの女性の合図で、次々と有識者がステージへと登っていく。
「――さらに、『ヴァリアラスタン』開発建造最高責任者、狗神正親の一人娘、現役女子高生ピッチピチの17歳であり、公認イメージヒロインの狗神もえかさんによるトークイベントを開催します!!」
歓声と喝采に煽られながら一人の少女が壇上へ姿を現す。
「――みなさんお久しぶり、公認イメージヒロインを拝命する狗神もえかです。今日はみんな来てくれてありがと!!」
手を振る彼女に追随するように声援が上がる。
「いやーそれにしても、もえかちゃん。かわいい衣装を着てらっしゃいますねー」
「ありがとうございます。衣装デザインの方が言うには、これは宇宙エレベーターの擬人化コスプレ衣装なんですよ」
青と白のコントラストを重視し、赤いリボンやフリフリのスカートに包まれたもえかが解説する。
「ちなみにちなみにー。今誰にその衣装を一番見てもらいたいですか? 恋人さんとか?」
「私は年中無休のフリーですけど――そうですね、敢えて見せてあげたいとすれば……えへへ」
MCの口車に乗せられたもえか。観客のヒートアップは止まらない。
「――その反応を見ますと、衣装を見せたい意中の方が存在すると判断できますな。せっかくですから、会場の皆様にも紹介してもらえると、生放送的には嬉しいんですよー」
MCの言葉でテレビカメラのレンズが一斉にもえかに集められる。
彼女の言葉で内心ドキドキとするもえか。喉の奥まで出かかったセリフを絞り出す。
「……名前は言えないですけど高校で同じクラスの人です……」
羞恥で顔を真っ赤にしたイメージヒロインが観客の熱をさらに底上げする。声援の熱狂と悲痛の叫びが絡み合ってボルテージは十分。
マイクを握りしめたもえかが心中で語る。
(恥ずかしいし言えないよ。片想いだし……それにしても、どこから見てくれてるんだろう、そう――)
「蒼汰」
野外特設会場から数百メートル離れた出店。
小豆バーを頬張る吉野蒼汰と言う少年の名前を誰かが呼んだ。
「――急がないと赤城。狗神のステージもう始まってんだから」
「優雅に小豆バー食ってるお前に言われたくねえよ」
蒼汰に話しかけたのはクラスメイトの赤骨赤城。よく一緒につるむが、最近は蒼汰が委員会活動で一緒にいることは少なかった。
「とっとと行こうぜ。お前のフィアンセが数万の男の視姦にさらされてるんだからな」
「変なこと言わないでくれ――というか、僕は狗神と愛を誓い合った覚えはないよ。委員長と副委員長の関係で一緒にいることが多いだけだ」
「おい見ろよ蒼汰。大型スクリーンでも放映してるぜ」
「話を聞いてください」
備え付けのスクリーンを鑑賞した後、二人にはすぐに特設会場へと向かう。
何百人もの人間の間をすり抜け、蒼汰と赤城はようやくステージを視界に捉えることができる場所まで移動した。
「やっと着いたぜ――にしても超絶美少女の狗神はすげえ人気だな? 勉強しかできない蒼汰にはもったいないぜ」
「だから付き合ってるわけじゃない」
蒼汰の突っ込みを無視し、赤城はどんどん前へと進む。
人の迷惑を考えずに人ごみをかき分ける赤城に嘆息しながらも、蒼汰は彼について行く。
「――なるほどなるほど。もえかちゃんは人気者の裏では学級委員長を務めていて、しかも偏差値70の秀才、加えて例のクラスメイトと淡いラブコメを――」
「ちちちちちちち違いますぅ!! ラブコメはまだ迎えていません、まだセーブも必要としないプロローグ段階です!!」
「というわけで、もえかちゃんの恥ずかしいプライベート追及会でした。続きまして――」
もえかを無視して進められるトークショー。
スピーカーを通して会場全域に響き渡る二人の会話。式典に集まる市民たちには彼女たちの声しか響いていない。
だがその中で一人、吉野蒼汰の頭の中にだけ響き渡る違和感と言う名の不協和音。
どこからか、言葉にできない特別な力の存在を感じる。
(何だろう……この変な感じ)
辺りを見渡す。だが小柄な蒼汰の目に見えるものは人々の体。何とか見える野外ステージ以外は人の山だ。
「――さて皆さま、もえかちゃんのトークショーが佳境に入りましたところで、もう一度盛大な花火を打ち上げたいと思います!! みんなも一緒にカウントダウン――さん!!」
「「「「「「「「にぃ!!」」」」」」」
「いちぃ!!」
MCによるカウントダウン「1」、そして――
「「「「「「「ゼロォ!!!」」」」」」」
観客総出、さらにMC女性、もえかを含むカウントダウンの終末――そして来る打ち上げ花火。
耳をつんざく炸裂音が会場の熱気を吹き飛ばす。
宇宙エレベーターの高さ50メートル付近で大爆発が起き、瓦礫が真下へ落下する。
直後予定された打ち上げ花火が上昇、空に花を咲かせる。
観客の悲鳴――盛り上がるはずの花火は無駄に終わり、生み出されたものは死への恐怖。
「え……あの……ちょっと」
MC女性は何が起きたのかを理解できず、エレベーターと観客へと視線を相互に泳がせている。
「え……MCさん! すぐに逃げましょう! ――有識者の方々も!!」
咄嗟のもえかの指示で野外ステージが放棄される。
逃げ惑う観客たち、恐怖でパニックになった市民が逃げ出す。
本土へ続く道は非難民ですし詰め状態。警察の交通整理も間に合わない。
「――赤城? 赤城!? 大丈夫か!?」
返事はない。
完全につれとはぐれた蒼汰が何とか人ごみから逃れる。
ほぼ無人となった野外ステージ前に出てきた蒼汰。爆破されたエレベーターを見上げる。
立ち昇る煙の中、二人の人影が目まぐるしく絡み合っているのが見える。
はじけ飛ぶ閃光、再度の爆発――煙の中からそれが姿を現す。
紅蓮の長髪をなびかせ、白銀のランスを持った女性が一人。
ひざ下までかかるスカートが舞い、優雅に地上へと落下する。
ふわり、蒼汰の目の前に降り立った彼女が蒼汰の姿を視認する。
「あ――あなた!」
いきなり敵意むき出しでランスを蒼汰に突き付ける。長身の騎士服を着た女性の背後、もう一人の人間が接地した。
「おいおいおいおい! 戦闘中に他所見たぁ余裕だな嬢ちゃんよぉ!」
黒いジャケットを羽織り、サングラスをかけた白髪の男。
「君のことは後でじっくりと尋問するわ、下がってなさい」
そう言って彼女は蒼汰の体を蹴っ飛ばす。
野外ステージの床をぶち抜いて地下にまで落ちる蒼汰。
頭を打ち、痛みに悶えながら蒼汰はあることを考えていた。
(煙の中の光、着地の時に光った足裏の蛍光色――あれはまるで)
蒼汰は思い出した。
ゲームや小説でしかお目にかかることができない非科学的な未知の存在。
酷似しているのだ、魔法少女に――
――情報開示――登録、吉野蒼汰。順次ワルプルギス文書探索を進行してください。ワルプルギス文書断片を発見、獲得次第異世界生成が開始され、生命が転移されます。神域本法第2条に基づき、異世界移民計画開始します――