表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/134

人工洗脳

「――レールガンの発射まで5分切ってるよ!!」


「分かってるよ胡桃沢! でも僕たちはしばらく動けない!!」


「分かり切った事実確認は結構です! それよりもあれを何とかしないと!!」


 宇宙エレベーター内部最上階において蒼汰、ヘスティア、ユキナは苦戦を強いられていた。

 館内の防御システムが作動――

 機密区画に無断侵入した3人を火力で圧倒する全自動射撃システム。


 ヘスティアとユキナの『対魔導・物理防御術式』で弾は防げている。

 だけどそれは時間の問題だ。


 ヘスティアとユキナは消耗が激しい。


(ロケットのときのダメージと疲労が抜け切れてない――)


 2人は相当量の魔力を消費している。

 これ以上の魔法使用は限界だというのに、弾丸の発射は終わらない。


 背後には対魔導リフレクター。

 魔術師でない蒼汰だが、それでも自分の力でこじ開けることはできない頑丈さである。


 ちょうど右にはプロジェクター室と書かれている、扉には鍵はかかっていない。

 左には消火器が置いてある。


 どれもこれも使えそうにない。

 

『――顔認証。大天使吉野蒼汰を確認。実験対象の彼を撃滅対象から除外します』


 再び流れるアナウンス。

 大天使吉野蒼汰を除外、それも実験のため――


 大天使の実験――

 

 それが意味するところはよく分からない。

 だが分かることは一つ。


(アナウンスによると、顔認証で僕が僕であることを特定した……)


 ならば――


「シュタルホックスさん、胡桃沢、息止めて目を瞑れ!!」

 

 蒼汰が目の前に向けて消火器を噴射する。

 辺り一面が真白い煙に覆われた。



「――さあ、こっち!」


 そうして蒼汰はプロジェクター室の扉を開け、2人の手を引いてなだれ込む。


 消火器の煙によって射撃は停止。視界を失った銃座は沈黙する。


 扉を閉め、中から鍵をかける。


 汗まみれで床に倒れ込むヘスティアとユキナ。

 苦しそうな息遣いで、胸が大きく上下する。

 心臓が破裂しそうな勢いで鼓動を打つ。


 もうヘスティアとユキナは動かせない。


 1つの苦難が去りまた苦難が訪れる。


 あの射撃装置は顔認証で自分を吉野蒼汰だと確定した。

 ならば消火器の煙をまき散らせば、誰が吉野蒼汰で、どこにいるのかが判別できなくなる。


 だがもうあの通路には飛び出せない。

 麗が先に行ったポット倉庫には、今は行けない。


 せめてヘスティアかユキナが復活すれば、あの防御装置を破壊できるだろう。


(……)


 もう蒼汰たちは間に合わない。

 麗に期待するほかなかった。


 目の前の魔法少女を見る。

 すぐに体を冷やしてあげて、水を飲ませる必要がある。

 だがここには水がない。

 体を冷やし、水分を補給させる術はない。

 熱が下がるのが先か、脳に損害を与えるのが先か。


 ひとまずできる限りの応急措置はする必要がある。

 できるだけ熱を逃がせるように彼女たちの服をはだけさせる。


 ボタンをはずして熱で染まった肌を露出させる。

 赤く色づく柔肌を汗が流れ、それが床に落ちていく。


 最後にスカートの固定を緩める。


 非常事態だ、彼女たちの煽情的な姿に変な気を起こすことはない。


 蒼汰は壁に背を預ける。

 彼の心はごちゃごちゃだ。

 色々な不幸をまき散らす大天使への怒り、そして何もできない自分への不満、そして――


『――大切な人を巻き込んだ黒幕が憎い。そう言いたいのだろう?」

 

 蒼汰の目が見開かれる。

 プロジェクター室中央に配置された大型スクリーン。


 そこにヘスティアと色違いの黒い騎士服を着た男が映っている。

 

 気味の悪い微笑みを浮かべたその男が口を開く。


『――私は今から彼女を回収しようと思っているんだ。そうヘスティア・シュタルホック――』


 男の言葉を遮るように、天井の監視カメラが破壊される。

 そして天井に深々と突き刺さった白銀のランス。


 ランスの刃先で掠められ、蒼汰の頬が血を流す。


「――今更あなたに用なんてないわ」


 蒼汰の背後。

 上半身を起こし、腕で胸元を隠すヘスティアがランスを投擲した。


 きょとんとした男の顔。

 だがすぐに表情を崩し、意味ありげに笑う。


『――まったく、カメラが壊されて君たちの姿が見えないよ』


「知ったことではありません」


『――まあとりあえず、こちらには用があるんだ。実験の最終フェイズ、君の協力が必要になったんだよ』


従兄(おにいさま)の息は腐った内臓の臭いがすると思っていましたが、とうとう頭まで腐ってしまったようですね?」


 腹違いの兄?

 この男は――


『――僕に対する態度の悪さは相変わらずだねヘスティア? シュタルホックス家の面汚しである君がよくそんなことを言えるものだな』

 

 ヘスティアの眉間にしわが寄る。

 憤怒と憎悪を込めた瞳で男の映像を睨みつける。


『――残念だがこちらにも時間がない――実力行使で行くよ』


 従兄の宣言の直後――

 プロジェクター室の壁を突き破り、瓦礫と砂塵の陰から銃身が覗く。


「――さっきの!?」


 蒼汰は思わず身を引いた。

 それでも避けられない。


 銃火と共に銃撃が開始される。

 発射されたのは一発だけ。

 それが真っすぐ蒼汰に直進していく。

 空気をかき分け、回転を加えた高熱金属の塊が目の前にまで迫る。


 そして着弾。

 

 目の前に現れた人影。

 紅蓮の美髪をなびかせた少女が血を噴き出す。

 銃弾を受けた衝撃で、その体が蒼汰の胸に飛び込んだ。


 蒼汰は細い肩を掴み、彼女の顔を覗き込む。

 胸の穴から血を流して蒼汰に抱かれるヘスティア・シュタルホックス。


『――予想通りだ。やはり吉野蒼汰を守ったな』


 蒼汰の腕の中で、彼女は全身の力を抜いている。

 まだ荒い息は続いている。血が胸のラインに沿って下に流れ落ちていく。

 ちょうど心臓に撃ち込まれた弾丸。


 彼女の命が吸い取られていくように、荒かった息が次第に弱まっていく。


「シュタルホックスさん……」


 こんな時はまず止血をしなくてはいけない。

 だが蒼汰は思うように動けなかった。


『――さあ吉野蒼汰君。()()()()()()()


 男の言葉の意味は分からなかった。

 だが意味の分からない言葉が現実となって現れる。


 何事もなかったかのようにヘスティアは起き上がった。

 右の碧眼を赤色に染め、止まらない流血が鳴りを潜める。


『――弾頭内部に魔力で生成した『BWP』、Brainwashing Poisonを内蔵して心臓内部に撃ち込んだ。大天使の洗脳を人工的に行う技術だよ』


 男の声が脳内に木霊する。

 自我を失い、ロボットのように命令され、使役される人形。

 

「……シュタルホックスさん……」


 彼女の名前を呼ぶ。 

 以前の彼女に届くとは思えない、それでも呼ばずにはいられなかった。

 赤と青の瞳をしたヘスティア、彼女がゆっくりと蒼汰を見下ろす。

 

「――やめておきなさい」


 気が付いた時、ヘスティアが蒼汰の頭を撫でていた。


「――あなたのような未熟な子、その莫大な力を乱用するには早すぎます」


 赤色が抜けていく蒼汰の瞳。

 無意識のうちに発動していた洗脳能力。

 彼女の意識を横取りせんがための能力が失われていく。


「あなたは未完成の実験体。替えの効かない自分を大切になさい」


 ヘスティアの手のひら。

 蒼汰から力が抜けていく。


「そんなに怒らないでくださいね? アルベルトが狗神もえかを巻き込んだのは、必要な措置なんですよ?」


 必要な措置?

 思い描いた夢を踏みにじって、平和な世界で暮らす女の子を火中に放り込むのが必要な措置だと?


 アルベルトの言葉を代弁したヘスティア。

 彼女は蒼汰を大切な実験動物として大切に慈しむ。

 そして彼女はあの声でこう言った。


「大丈夫……大丈夫」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ