麗のやり方
「レールガン……」
人工衛星『ヤマタノオロチ』に搭載される電磁加速砲による東京砲撃宣言がなされた。
人工衛星は全8基。
静止軌道ステーションと同じ軌道に存在している。
『――吉野君、返事をしなさい!』
「き、聞こえてるよ!」
スマホの向こう、銃声が止み、透き通った麗の声が飛ぶ。
『――放送は聞いていたわね? どうやらその子を呪った術式がレールガンの起動術式だったみたいよ』
もえかの体を見る。
光を放つ魔法陣はすでに消失。先ほどハンカチで触れて掠れた魔法陣だけが残されている。
『――さっきの放送によれば、カウントダウンで発射が開始される。その子は単にレールガンのスイッチを入れるために用意された入れ物よ』
東京の街を破壊する兵器のスイッチ。
もえかはその入れ物であり、誰かがそのスイッチを押すことが想定されていた。
「何だってこんなことに……」
そもそもどうしてもえかにスイッチを埋め込む!?
わざわざ人間に埋め込む必要などない、遠隔術式でスイッチを操作すればいいだけの話だ。
「なのに何でこんな回りくどいことを……」
『――気持ちは察するわ吉野君。でも考えられない? 今回の騒動では、いつもあなたの存在がある』
「僕の存在……」
『――あなたは何かを引き付ける力があるのではなくて?』
蒼汰は自分の胸に手を置く。
大天使――
いつ、なぜ蒼汰に憑いたのかも分からない正体不明の神話に登場する天使の階級。
自分が特異な存在であることは理解している。
本当にこの力が原因であるのか?
『――やっと気が付いたわね?』
麗のトーンがいつもと違う。
全てを見知っているように、彼女は高らかと宣言する。
『――あなたの大天使、それが最近の騒動を引き起こす引き金なのよ』
――僕のせい。
本当の意味で日常が失われ、代わりに舞い降りる非日常。
『――罪悪感に浸っているのなら行動をして、警備員は片付けたわ。私たちも合流する』
一方的に切られる通話。
力の限り握りしめられるスマートフォン。
「――っ!」
考えている余裕はない。
まずはもえかの身を案じる必要がある。
抱きかかえた彼女をベッドに下ろし、上から布団をかぶせて肢体を隠す。
(高熱による発汗。そして動悸が激しいな)
彼女の額に手を置き、その後胸元に耳を当てて鼓動を耳にする。
だが彼女は魔術的な呪いで体調を崩している。
今の蒼汰にできることは何もない。
「……狗神……」
彼女の名前を呼ぶ。
返事はない。
それは蒼汰にとって残酷すぎる現実だった。
「――吉野蒼汰!!」
楽屋の扉を蹴り破り、ヘスティア、ユキナ、麗が入室する。
ベッドの上のもえかを見たユキナがすかさず駆け寄る。
後ろからヘスティアと麗も覗き込む。
「……この子には術式の反応が見られない。でも衰弱がどんどんひどくなってるよ」
ユキナの診断を後ろで見ていたヘスティアが何かに気が付く。
「もしかして、この子を蝕む力の魔力源は別にあるんじゃ……」
本来何らかの術式によって衰弱が始まったとしても、その術式が消滅してしまえば衰弱は止まる。
もえかの場合は、体に術式の反応が見られない。
それでもなお、衰弱は進行していくばかり。
「そうね。だとしたら遠隔からの魔術によってこの子の衰弱を進行させている――」
そう、その魔力源を叩くか、遠隔術式を妨害しない限りもえかの呪いを解除することはできない。
「ならどうすれば。まだレールガンのことだって残ってるのに」
蒼汰の悲痛の叫び。
ヘスティアもユキナも表情を暗くする。
ただ一人、麗だけは冷静に解決策を練っていた。
ガコン、と振動が走る。
エレベーターの停止から一定時間が経ち、安全装置が解除されて再び運航を始める。
「――3人とも、今から最上部に行くわ。力を貸して」
何か考えがあるのか、意を決した表情で麗が叫ぶ。
その様子を見ていたユキナがすかさず麗の手を握る。
「もちろん! 今できることを最大限やろう――吉野君もヘスティアちゃんも!!」
ユキナに感化されるように蒼汰とヘスティアが動く。
ここまで来るときに確認した見取り図によると、各階にエレベーターは各5基設置されている。
その中で5階において、最上階の6階に続くエレベーターが1つだけ存在する。
そこから目的の6階にまで上昇する。
蹴り開けた入り口から麗たちが飛び出す。
彼女たちに続くように蒼汰も急いで入り口を出る――
楽屋をあとにする直前、蒼汰は振り返って眠るもえかの姿を視界に収める。
今はこうして彼女を置いて行かなければならなかった。
「ごめん狗神、絶対に戻ってくるからな」
そう言って蒼汰は廊下へ飛び出す。
道順は分かっている。
総勢400名が宿泊できるこのリフトだが、構造上内部の廊下は広いわけではない。
ライブ会場や宿泊部屋、その他生活施設で大きな規模を誇っているため、各施設から施設へつ繋がる通路は短く狭い。
ヘスティアたちと非常階段を駆け上がって5階へ。
ここから上へ行くエレベーターは1基、階段もない。
5階に鎮座するエレベーターに乗って6階へ上がる。
麗が左手の腕時計を確認する。
現在午後5時28分。
レールガンの発射まで残り11分。
レールガンは地表に向けて発射される。
なぜ地表なのか、そもそもなぜ発射させなければならないのか。
分からないことだらけの中、ただ時間だけが過ぎていく。
「着いたわ、最上階!!」
エレベーターの扉が開いた瞬間、なだれ込むように4人は6階へと足を踏み入れる。
「麗、最上階に来てどうしようというのですか?」
疑問を投げかけるヘスティア。
「――人工衛星は人工衛星局による遠隔操作で動かされているわ」
タイムリミットまであと少し、麗は通路を走りながら説明する。
「もしそれが魔法の力で操作権を奪取された場合でも、基本的に遠隔操作術式でないと衛星は操作できないわ――つまり遠くから魔力波で衛星を操作することになるの」
固く閉ざされた扉を蹴り開ける。
「だから――その魔力波なり電波なりを抑止ししまえばいい。つまりは妨害よ」
目的地へと繋がる最後の扉。
「それに狗神もえかが起動スイッチだとしても、そのスイッチ1つで発射されるわけじゃないわ。発射の直前まで安全装置はかかっているはずよ」
それに、最初のスイッチが発射までの行程を担わせるというリスク、彼らは決して許容しないはずである。
目的地へ繋がる自動扉が4人を迎え入れるかのように開かれる。
「私はね、ヘスティアや麗のように強い魔法攻撃ができるわけじゃない」
扉が開いた先――脱出船が収納される倉庫。
そしてその倉庫の天井にはシャッターが設けられている。
そのシャッターをくぐれば、放り出されるのは宇宙空間だ。
「だからこそ――私は私のやり方で、私にしかできない戦いをするわ――」
そう言って麗は髪を結うパープルのリボンをほどく。
バサッと背中に垂れる長い黒髪。
「レールガンは――私に任せなさい」
こちらを振り向くのは髪を下ろした少女。
そこにいたのは可憐な微笑みの向こうに確かな覚悟が浮かぶ、時が止まるほどに美しい美少女だった。
「――うん。バックアップは任せて、麗ちゃん!!」
「――今のあなたはヒロインです。引き立て役なら私が引き受けます」
仲間の思いを受け止めた麗。
麗が先行して脱出ポット倉庫に入っていく。
「吉野君も、レールガンを止めるのをお手伝いして、狗神さんを救おう!」
ユキナの励ましが心にしみる。
「――そうですね、少なくとも狗神もえかを救うことは重要です」
ヘスティアの気持ちも汲み取り、蒼汰は微笑ましい気持ちでいっぱいになる。
「――それじゃあ、僕たちも行こう!!」
そうして3人は前へと進む。
その瞬間。
3人の目の前でシャッターが出現した。
一瞬のうちに閉ざされた通路。
麗一人を脱出ポット倉庫に行かせ、蒼汰たちは足止めを食らう。
「――な、何だこれ!?」
ユキナがシャッターにそっと触れる。
指先が触れた瞬間、彼女の指がはじけ飛ぶほどの反発が起きる。
思わず身を引いたユキナ。
ビリビリと痺れる指を抑え、記憶の中からある知識をひけらかす。
「これ――対魔導リフレクターが張られてる……」
対魔導攻撃を想定して張られる術式。
魔導攻撃どころか、魔力を持つ魔法使いが触れることさえできない鉄壁の防御術式。
それがシャッター全域に展開されている。
そしていきなり響き渡る警報音。
あの声で再びアナウンスされる――
『――警告。機密区画に不審人物が侵入、館内防御装置が作動しました。マニュアル502号案により、不審人物に対する破壊措置を敢行します』




