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術式発動

「さっきの警報は誤報かもしれません。一応警備員が見に行くということなので、狗神さんは心配しなくても大丈夫ですよ」


 蒼汰たちがこのエレベーターに侵入する際に鳴り響いた警報。

 侵入者がいるなど、もえかもマネージャーも知る由もない。


「それじゃあ狗神さん、少し休んでがんばってくださいね」


 マネージャーから差し入れをもらい、楽屋のソファーに腰を下ろすもえか。

 人工島のアース・ポートから出発し、2日以上が過ぎ去った。

 あと数時間後には静止軌道ステーションに到着する予定である。

 出発の日からさっきに至るまで、本番のシュミレーションはきっちりと行った。

 これ以上の調整は必要ない、明日に備えて休むだけ。

 

 ペットボトルに入っていたお茶を飲み干し、スマホを取り出す。

 画面を点けて表示するのはラインである。

 

 吉野蒼汰――彼との個人チャットの画面を開く。


(明日……やっと夢が叶えられる)


 その嬉しさを指に乗せて文字を打つ。

 

 送信。


 彼にメッセージを送った。

 スマホを台の上に置いてソファーの上に寝転がる。


(……何だか寂しくなってきちゃった)


 視界に入る真白い天井。

 疲労がピークに達し、思考するだけで億劫だ。

 だけどそんな中でも彼のことは頭に残っている。


(明日を迎える前に、また会いたいな)


 不意に訪れる眠気、もえかは目を瞑る。


「――狗神!!」

 

 自分の名前を呼ぶ声。

 一瞬にして眠気の吹き飛んだもえかが飛び起きる。


「え――」


 視線の先にいる男子。

 会いたいと願っていた張本人が目の前に現れる。

 願いの叶ったもえかの顔が赤く染まっていく。


「え? えええええええぇぇ!?」


 突如としているはずのない想い人がプライベートルームに現れた。


「狗神!」


 必死に名前を呼ぶ。

 どうして彼がここにいるのか。

 何も分からないまま彼の接近を許してしまう。


「狗神、どこか体のおかしいところはない!?」


「え? 練習でくたくた……」


 ここから見える範囲で魔法陣の類は発見できない。

 不思議そうに蒼汰の瞳を見つめるもえか。


(どこにも術式なんて見当たらない……)


 目に見えない術式の可能性も否めない中、蒼汰はまだ捜索していない箇所を探す必要がある。


「狗神……」


「は……はい」


 これを言えば嫌われる可能性だってある。

 でもここで躊躇う時間はない。


「お願い……その服の下を見せてくれない?」

 

 それは蒼汰が勇気を振り絞って出した言葉だ。

 やましい気持ちなんてない。

 全部はもえかを救うため、全力で言ったことだ。


「や……やだ」


 もえかは怒る様子はなく、ただ弱弱しく鳴くだけだ。

 羞恥に染めた頬が熱を宿し、耳まで赤くなった顔を背ける。


「お願い――お願いだから!!」


「そんなこと……するためにここまで来たの?」


 彼女は蒼汰の要請を拒む。

 これは当たり前の反応だ。

 でも、今だけはその当たり前の反応が毒になる。


 自分の力なら無理やりもえかの服をはぎ取ることができる。

 でもそんなことは自分の良心が許さない。

 だから彼女の意志に任せるしかない。

 

 彼女が自分の意志で肌を見せるまで、蒼汰は説得を続けるしかない。


()()()に無事でいてもらいたいから、それが僕の本当の気持ちだ!!」


 その言葉が響き渡る。

 静寂に包まれた一室で、蒼汰の声はとても大きな影響を与える。

 

 蒼汰の名前呼び。

 そして彼は本当の気持ちという言葉を使った。


 吉野蒼汰からやましい気持ちはまったく読み取れない。

 なぜだか自分の身を案じている様子だが、ただ虚言を張っているだけかもしれない。


 真実か嘘か。


 蒼汰は自分に嘘をつくだろうか?

 今までそんなことは一度だってなかった。

 だから彼を信じられる――


「――あっち向いて、今から脱ぐから」


 もえかの決意表明を確かに聞き届けた蒼汰。

 彼女に背を向け、事を待つ。


 背後で聞こえる布擦れの音。

 普段着として履くスカートを床に落とし、ゆったりとした上着を脱ぎ去る。

 

 そして時が止まる。

 上着を脱ぎ、下着姿となったもえかの動きが停止する。


「な……何これ……」


 疑問を呈する。

 彼女が理解不能なものを発見し、思考が詰まる。


「狗神?」


「よ、吉野君。胸元に落書きが……」


「どんなの?」


「その……ゲームとかで見る魔法陣……」


 ――術式!?


 蒼汰はすぐさま振り向いてもえかと正対する。


「ま――まだ振り向いていいなんて……」


 彼女の不満を無視して胸元に注視する。

 そこには確かにくっきりといた黒色の魔法陣が描かれている。


 すぐさま連絡を取る。

 

「――藤ノ宮!! 術式を発見したからこっちに来て!」


『――悪いけど今は無理。あなたが処置をしなさい!』


 切羽詰まった麗の声。

 スピーカーの奥から聞こえる銃声の嵐。


『――聞こえているでしょう? 今手が離せないわ。それよりも魔法陣はどのように描かれているの? 魔導閃光? それとも塗料か何かで描かれているの?』


「黒いマジックペンみたいなものだよ!」


『――それなら処置は簡単よ。その魔法陣をこすって消してしまえばいいわ。通話は切らずにすぐに消しちゃいなさい!』


 通話中のスマホを置いてハンカチを取り出す。


「な……何するの?」


 目に涙を溜め、怯えた様子で蒼汰を見る。

 片手で胸を隠し、もう片方の腕で下を隠す。


「その魔法陣を拭くだけだよ――腕どかすよ」


 力づくで胸を隠す片腕を払いのける。

 豊満な双丘を顕わにしたもえかが思わず目を瞑る。


 これを消せば、術式は消滅する――

 

 ハンカチを当てた。


 その瞬間、胸元に眩い光が灯る。

 蒼汰ともえかは思わず目を瞑る。

 一瞬のフラッシュ、蒼汰は目を開ける。

 視線の先に出現する新たな魔法陣。


(トラップ!?)


 ペンで書かれた魔法陣は掠れ、それが引き金となって上書きされる魔法陣。


「藤ノ宮――もう1つ別の術式が発動したよ!!」


『――!? それは隠密術式(ステルス)よ!! 先に描かれていたマジックペンの魔法陣がスイッチ、触れると発動するもの。そしてスイッチによって発動する別の術式が隠密術式によって隠されているのよ!!」


 三重術式。

 麗も気が付かなかった巧妙な罠にはまってしまった。

 何か別な術式が発動するはずである。


「狗神、今から――」


 逃げるよ。

 そう言うはずだったのに。

 

 彼女はその場で意識を失っている。

 荒い呼吸で力を失い、そして倒れ込んでいた。

 

「狗神! 狗神!!」

 

 彼の呼びかけに彼女が答えることはない。

 熱を出し、不規則な呼吸が彼女の苦しみを物語る。


「まさか……これが術式の呪い……」


 それだけであればまだましだ。


 キーンという異音。

 備え付けの館内スピーカーに火が灯る。


 そして機械のような合成音声で宣告がなされる。


『――術式が起動しました。人工衛星『ヤマタノオロチ』1号機から8号機、対特別緊急案件『ケース666』を受領』


「な……何だ……」


 蒼汰の思考が追い付かない。

 彼を置いていくように、さらに人工音声が響き渡る。


『――遠隔地砲撃用『150ミリレールガン』起動。順次電力供給を開始します。砲弾装填。初弾発射まで900秒――目標A-MI東京都市』

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