到達
2人の魔法少女による爆発的な推進力の獲得。
1人の魔法少女による猛烈な保護機能。
その2つが合わさり、遅れて発射された『御華江瑠零号多段式ロケット』は、狗神もえかの乗る宇宙エレベーターに追いついた。
自身の魔力を大量投入して一気に上昇した反動は大きい。
急激な体温上昇による発汗。
その汗の冷却機能がまるで効かないほどの高熱は、徐々に3人の体を蝕んでいく。
胃の中の全てを吐き出しても込み上げる嘔吐感は留まることを知らない。
ここで魔法使用を抑え、休養を取らなければ彼女たちの命は失われる。
「――見えました、上昇中のエレベーターです!! ユキナ!! 麗!!」
それでも彼女たちは止まることはない。
ヘスティアの声に反応し、ユキナと麗は再度OSの変更を行う。
ユキナと麗は『巡航』から『保護』に設定されたOSを駆使。
へステイアが保護魔法を自分に限定。
彼女の保護機能が撤去されたロケット。
一瞬にして外壁に亀裂が走り、空力過熱で機体表面が1万℃を超える。
空中分解から始まり、断熱材によって外側の炎上は防げたが、機体内部は炎が上がる。
身体保護によってどんな環境にも適応できている4人。
ユキナも3人に合流し、4人が同じ場所に足を付ける。
目の前には巨大な宇宙エレベーターのリフトがある。
すでに『巡航』は消失している。
ロケットは徐々に減速し、やがて推進力を失って海上へと真っ逆さまだ。
だから――
「――みんな、跳べぇぇぇぇぇ!!!」
蒼汰の一言がスターターピストルの役目を負う。
4人がボロボロになったロケットの残骸を踏み台にし、空を翔ける。
蒼汰たちの足元は消失。
このタイミングで急激に減速を開始したロケットとの距離がみるみるうちに遠ざかっていく。
この間も宇宙エレベーターはリニアモーターカー並みの速度で上昇している。
ロケット上昇で速度を合わせていたとはいえ、その速度でエレベーターにしがみ付くなど並みの考えではない。
だがそれをやってのけなければ意味がない。
「――大天使の力、こんな時には便利だな」
そう言って蒼汰は笑う。
正直自分はこの力を忌避している。
魔法少女を洗脳して言いなりにする。
これは彼女たちの気持ちを踏みにじり、統制下に置くという最低最悪な能力である。
大天使の力が伴った脳波を魔法少女に送る。
それを受信した魔法少女に絶対的な階級制度を植え付ける。
大天使は魔法少女の上級上位個体である。
大天使の命じること、願うことは魔法少女にとって最優先最重要遵守義務。
故に彼女たちはやってのける。
それが大天使を持つ吉野蒼汰の望みである限り――
「「「ご要望通り到達――蒼汰様」」」
蒼汰と同じ赤い瞳。
彼の赤色が伝染した3人の魔法少女が、上昇するエレベーターにしがみ付いていた。
一般人である蒼汰の力ではしがみ付いていられない。
よってユキナが蒼汰を片手でサポートし、自分は左手一本で高速上昇するエレベーターに掴まっている。
4人ともエレベーター入り口付近の出っ張りに指をかけ、荒ぶる暴風雨に抵抗している。
4人が飛びついた衝撃がエレベーターの安全装置を作動させる。
館内に警報が鳴り響き、安全のために航行を中止、その場で停止。
徐々に減速していくエレベーター。
そして完全停止。
しがみ付く4人は宙ぶらりんである。
何とかして中に入る必要がある。
穴を空ければ急減圧で内部の物が外へ吸い出される。
この宇宙エレベータ―の緊急事態に備えた安全対策に期待するしかない。
「霊装使用――不浄と汚れを払いし橙色の爆炎よ、この手に顕現せよ――信管、プラスチック爆弾!」
霊装によって麗の固有魔法が出現する。
麗の胸元が光る。
彼女の服の下、胸の谷間に隠した霊装――銀色の小型拳銃から発せられる霊装の光。
そして、麗の右手のひらに1つのプラスチック爆弾、そして起爆用無線スイッチ。
どんなOS使用時でも霊装は常時使用可能である。
麗が片手で扉付近に爆弾をくっつける。
それを見ていたヘスティアとユキナが再びOSを変更。
『保護』から『戦闘』に再設定し、蒼汰ごと『対魔導・防御術式』で全身を包み込む。
麗もOS変更で防御術式を張る。
そしてゆっくりと持ち上げたスイッチの安全装置を外す。
「起爆!!」
おもいきり押されたスイッチ。
それと同時に頭の上で大爆発が起きる。
扉の破片が吹き飛ばされ、熱波が空中に散布される。
「みんな急ぐわよ!!」
麗に続いて3人が内部に侵入を試みる。
麗が内部へと入り込み、続くユキナの手を取って引っ張り上げる。
「ありがとう麗ちゃん」
「礼ならあとで聞くわ。ヘスティア! 蒼汰様!」
ヘスティアはスルスルと素早く登り、悠々と空いた穴を通過する。
残り蒼汰1人。
安全装置が作動し、空いた穴を補修する密封ジェルが流し込まれる。
ゼリー状の補修物質が、まだ登り切らない蒼汰を締め出そうと穴を小さくしていく。
「「「蒼汰様!」」」
3人の声が飛ぶ中、蒼汰は力の限りを尽くして這いつくばる。
足をついて踏ん張る場所などない、限界を迎えそうな上半身の力だけで登るしかなかった。
ヘスティアとユキナが蒼汰の両腕をとって引きずり上げる。
靴のつま先まで内部に引きずり込んだところでジェルが満たされる。
プラスチック爆弾で開けられた大穴が完全に塞がれ、自動で気圧調整の機械が作動する。
無事に4人がエレベーターの中に入り込むことはできた。
「――あ、ありがとう。みんな……」
そして無意識のうちに蒼汰の瞳の色が引いていく。
彼に呼応するように変色する3人の瞳。
全身から汗を流し、熱を帯びた全身がひどく痛む。
あれだけの魔力を使った直後だ。
体へのダメージは無視できないレベルをはるかに超えている。
死ぬ直前であると言っても過言ではない。
「ゲホッ、ゴホッ!」
ありったけの胃液をぶちまけた後だ。
彼女たちの口から出るのは糸を引く涎のみ。
彼女たちはしばらくは立ち上がれない。
ここで休養を取らせなければ、いつ体が壊れてもおかしくはない。
「……」
この中でまともに動けるのは蒼汰だけ。
もえかを探し出し、術式を発見する。
そのあと3人に知らせ、対処してもらうしか方法はない。
蒼汰は何も言わずに立ち上がる。
「――吉野蒼汰?」
背後から弱々しいヘスティアの声が聞こえる。
「唯一活動できる僕が狗神を探しに行ってきます。ですからヘスティアさんたちは――」
「シュタルホックスです」
彼女の言葉が介入する。
「私のファミリーネームはシュタルホックス。私はファーストネームで呼ぶことを親しい人間にしか許していません。だからシュタルホックスと呼びなさい」
ヘスティアの鋭い眼光。
体調を崩しながらもその瞳には強い気持ちがこもっている。
「――分かりましたシュタルホックスさん。ここで待っていてください」
走り去る蒼汰。
その様子をじっと見つめていた少女がいた。
そう、それでいい。
早く狗神もえかを救い出し、ワルプルギス文書を――
一刻も早く『暁の水平線計画』に着手しなさい――
藤ノ宮麗は彼の消えゆく背中をじっと見ていた。
保護観察補佐対象である彼を。
――情報更新――ワルプルギス文書断片座標『ヴァリアラスタン』静止軌道ステーション『ヴィーナスタウン』、速やかに回収を実行してください――




