表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/134

確約されない平和的な別れ

 先ほどまでの、涼風の吹く甘い放課後はとうに過ぎ去った。

 麗たちに続いて姿を現した集団が血を流させるための凶器を用いて、この場の空気を泥沼に変貌させる。

 もえかを見つめていた蒼汰の暖かな視線は、殺気に満ちた銃口や剣先によって邪魔立てされていた。 


 蒼汰には驚愕の表情が訪れ、もえかには憂慮の感情が巻き起こる。


 ヘスティアと幸奈も蒼汰と同様に驚きを顔に浮かべる。

 だが2人は思考を切り替え、目の前の武装集団を敵と認識。

 ヘスティアはランスを、幸奈は変身のために霊装に意識を移らせる。


「――待ってヘスティア、幸奈、彼らは敵ではないの」


 2人の魔法少女が戦闘態勢に入る直前、麗がヘスティアと幸奈の挙動を制した。


「――ですが、麗」


 麗の忠告に一旦は戦意を引っ込ませたヘスティア。

 だが頭では納得ができておらず、麗に異を唱えるべく反論した。


「あれでは明らかな敵対行動です! いくら人工魔法少女とはいえ、今では彼女は――」


 不意にヘスティアの言葉が詰まる。

 喋っている途中で真実に気が付き、その後に続く言葉の全てを呑み込んだ。


「そ、そうだよ麗ちゃん! かわいそうだよ!!」


 ヘスティアのセリフが中断され、今度は代わりに幸奈が一歩前に出る。


「『ミコト研究機関』で狗神さんを連れ戻して、今まで私たちが危害を加えられることなんてなかったじゃん! だから狗神さんは敵なんかじゃ――」


 今度は幸奈の言葉が中断した。

 いや、中断されたと言うべきであろう。


「――いいんです幸奈、これが正しい対応なのでしょう」


 幸奈を制止させたのは、先ほどまで彼女と同じくヒートアップしていたヘスティア本人であった。


「彼女が人工魔法少女であるから、拘束に似た対応を求められる……従順であろうと関係なく……」


 そんなヘスティアの言葉を受け、幸奈の思考が整理されていく。

 幸奈の握られた拳が解かれ、彼女から熱が引いていく。


「でも……それでも……」


 再び幸奈に熱がこもる。

 理解はできたが納得はできない、そんな様子だ。

 

 ヘスティアと幸奈のやり取りの尻目に、麗は胸の下で両腕を組んでいる。

 彼女たちとは正反対に、麗はあからさまな感情を表情には出さなかった。

 だが予想していたとはいえ、目の前で起きた出来事に苛立ちを覚え、微かに唇を噛んでいる。


 護衛部隊の行動の真意を捉え、それ以上のアクションを控える魔法少女3人。

 だがここに、未だ煮えたぎった感情を露わにする少年が1人存在した。


「これは……どういうことですか!?」


 一斉にもえかに突き付けられる火器や魔道具が、もえかの体の動きに合わせて照準が調整される。

 冷たい殺気を向けられ、思わずもえかの体がぶるっと震えた。


「――すまないが、これは人工魔法少女に対する予防措置だ」


 蒼汰の顔に冷や汗が流れた時、集団の中からファルネスホルン構成員の1人が声を挙げた。


「ファルネスホルンとしては、確かに狗神もえかは保護対象ではある、だがそれ以上に敵勢力の生み出した人体兵器でもある。彼女が抵抗をしないという保証もなければ信頼もない」


 これがファルネスホルン側の本音であり、絶対的な拒否反応の体現である。

 今や体制派(システマイザー)の従属から離れ、そしてファルネスホルンの監視下であるとはいえ、1人の個としての存在を確立しているもえか。

 

「だから枷を付けさせてもらう」


 だが組織という存在の前では、組織の都合が優先される。

 彼女が望む望まざるに関わらず、たとえ彼女がファルネスホルンに危害を加える可能性などなくとも、組織は組織の考えの元に行動するのだ。


「我々はファルネスホルンであるからこそ、狗神もえかを保護し、絶対的な監視下において彼女の身柄を拘束していなければならない――」


 ――敵の兵器を100パーセント解析することは困難を極める。だからこれは、最高評議会が熟慮の上に下した決定であり、組織の決断なのだ。


「っ!!」


 蒼汰が奥歯を噛み締める音が響いた。

 護衛隊長にわざわざ説明をさせ、ようやく事の真相を知った蒼汰。

 頭のいい彼なら、本来であれば自力でその答えにたどり着けていたはずだった。

 おそらくもえかに凶器を向けられた衝撃が、蒼汰の冷静さを奪ったのだろう。


「……蒼汰君、もういいの」


 蒼汰がかばう少女から言葉が漏れる。

 在るがままの現実を受け止め、この先の自分の運命を受け入れざるを得ないもえかが降伏宣言を発した。


 庇護すべき少女までもが蒼汰の気持ちに異を発し、彼の心を大きく揺さぶった。

 崩れ落ちそうな足をぐっと踏ん張らせ、蒼汰はもえかの覗き込み、どうにか説得させんばかりに口を開く。


「だ、だけど――」


 蒼汰がさらなる反論を始めようとしたところで、彼の隣の少女が大きく息を吸い込み――

 

「――いいの!!」


 蒼汰の反論を止めるため、もえかが声を張ったのだ。

 もえかは蒼汰の手をぎゅっと握り、蒼汰の瞳を覗き込み、言い聞かせるように言葉を綴る。


「私が人工魔法少女である事実は変わらないから……現実に納得がいかなくても受け入れるしかないの……」


「もえか……」


(体制派)に造られた人形である以上は仕方がないよ。研究目的で解剖されることに比べたら全然平気だから……」


 蒼汰の怒気がみるみる小さくなっていく。

 護衛隊長の言い分は正しく、蒼汰の言い分には根拠などない。

 そして組織としての意向を成し遂げようとする護衛隊長個人に何かを言おうとも、無駄な行いだと言うことを理解する。


「だから……ね? 分かって蒼汰君。私のことを想ってくれるのは嬉しいけど……分かって」


 もえかの言葉に反発したい気持ちは残っている。

 だがその気持ちを言動に反映させまいとするもえかの言霊が、蒼汰の反骨心を塗り潰していった。


 そんな2人やり取りを傍観していた護衛隊長は、部下に指示を仰いで人工魔法少女の拘束の準備に入らせる。


 現段階での人工魔法少女は至って従順。

 だが反旗を翻す可能性を前提にし、護衛部隊全員が再び闘気を燃え上がらせ、武器に殺意と魔力を再装填する。


 しかしここで、護衛部隊の面々が予想だにもしない出来事が起きる。


「――待ちなさい」


 ファルネスホルン構成員が取り仕切るこの現場で、同じファルネスホルン構成員たる少女が声を挙げる。


「いくら彼女に首輪が必要だとしても、銃を向けて脅すことなんてないでしょう?」


 その場に一歩踏み出し、ファルネスホルン構成員に向かって威勢を張ったのは紛れもない麗であった。


「確かに彼女が暴走をした時には武力が必要になるでしょう。でも、これ見よがしに武器をちらつかせてなんていれば、彼女だってあなたたちに信頼を寄せることなんてできなくなるわよ」


 かつては義務や責務を第一とし、合理性を追求し感情論を極力忌避し続けた少女。


「あなたたちの気持ちだって分かるから、丁重に扱えだなんて言わないわ。でも少しくらい礼節を弁えた扱いをしても罰は当たらないわ」


 そんな麗が、蒼汰の気持ちを真に受け止め、彼女なりの感情を吐露したのだ。


「義務も責務も大事よ。でも1人の女の子を暴力で服従させるなんて、義務の履行の仕方としては苛烈が過ぎるわ。それでもまあもちろん、常時臨戦態勢で彼女への警戒を維持することはもちろんで、万が一の時は銃撃も当然だと思うわ。それでもね――」


 ――今はごく普通の女の子。無抵抗の彼女を、これ以上怯えさせるような真似はやめなさい。


 麗がここまでこんなことを言うとは思わなかった。

 これが彼女なりの成長なのか退化なのかは知れないが、どちらでもいい。

 今はこうして、もえかの扱いに異を唱えてくれた。

 だからといってもえかの扱いに変化が訪れるとは思えないが、それでも麗の言葉は、蒼汰の心を響かせたのだ。


 麗のセリフの羅列が場の空気を固まらせるが、彼女は意を介することなく、くるりとターンした。


「……合流予定時刻が押しているわ、もう行かないと……護衛部隊の皆さん、先ほどの私の態度の謝罪をさせていただきます、申し訳ございません。それと、狗神さんのことをよろしくお願いいたします」


 麗はもえかの護衛部隊の面々に一礼をし、蒼汰の手を引く。

 

 麗に手を引かれ、蒼汰は足取りをもつれさせる。

 だがすぐに自らの意志で地を踏みしめ、戦いに赴く覚悟を見せた。


 麗に手を引かれ、そして自らの意志で歩み始めたことにより。蒼汰ともえかの間には距離ができ始めていた。

 ここで別れれば、しばらくの間はもえか会うことはできない、それは分かっている。

 だから後悔はしないように、そして心残りを残さないようにこう述べる。


「――全部終わったら、すぐに逢いに行くよ……それじゃあ、行ってくるね」


 本当は、戦争が終わるまでもえかの傍にいたかった。

 でも、それが許されない状況だから、そうできない現実だから、蒼汰は心の中にわだかまりを残したまま戦地に向かうしかない。

 どうか、どうか彼女には血みどろの殺し合いから目を背けて、争いのない場所で時を刻んで欲しい。


 決して確約できない平和的な別れ。

 蒼汰は最後までもえかの姿を瞳に刻みつけ、必ず彼女のいる世界へ帰還するのだと、そう心に誓ったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ