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2人で歩く最後の放課後

 秋という季節が終盤に差しかかり、街は来るべき冬への準備期間という様相を呈していた。

 誰もが温暖な衣装に身を包み、勢力を強めていく寒冷への対抗策を練っている期間である。

 それは、この寒空の下で肩を並べて歩く2人の男女も例外ではなかった。


「――もうすぐクリスマス会だね」


 1人の少女が空を見上げ、隣を歩く男の子へと会話を振った。


 私立第一高等学校における冬の文化祭。 

 秋の文化祭に次ぐ第2の文化祭として毎年運営されるクリスマス会は、秋よりも規模が小さいとはいえ、生徒たちの士気は劣らない。


 大勢のカップルが親睦を深め、そして更なるカップルが誕生する傾向にあるクリスマス会に備え、クラスメイトからの猛烈な恋の支援砲撃を受けつつも、決して浮かれた顔を見せることもなく、その少女の表情には陰りが見え隠れしていた。


「でも、蒼汰君はクリスマス会の準備に勤しんでる時間はないんでしょ?」


 狗神もえか。

 人体兵器として人工的な魔法少女へと改造された少女は、寂し気な瞳を蒼汰に向ける。


「そうだね……ファルネスホルンからも通達が来てるみたい……体制派(システマイザー)が近いうちに大規模攻勢に出てくるって……」


 今までは異世界転移者やその世界の魔法使いたちが主役の、表向きの代理戦争が主流であった。

 だが今回は背後に備える神たちが表立った活動をし、直接神と神がぶつかり合うような戦闘も大いに想定されている。


 現状予想されるファルネスホルンの損害は、全兵力の約7割の損失。

 それも楽観的に予想された数値であって、ここに反体制派(ファントムフューリー)までもが全力で戦力投入を行えば、壊滅は目に見えている。


 そのような状況の中、ファルネスホルンは文書回収、異世界創造を行う蒼汰たちの面倒を見なくてはならない。

 

 これがおそらく最後の戦闘状況である。

 蒼汰にとってはほんの数か月程度の出来事、そして神にとっては人間の感覚で数万年、それ以上続いた血みどろの厄災。

 

 それらが全て幕を下ろすのである――どちらかの敗北によって。


「――もう時間はないんだよ。今すぐにでも文書断片を回収して、一刻も早く『ゼネラルメビウス』を完成させなくちゃいけないからね」


「そうだね……蒼汰君は背負ってるんだもんね……あらゆる人の命と、生きる場所を――」


 ――それに私も……。

 

 蒼汰に同調するように、もえかも自分自身の立場を顧みる。


 体制派(システマイザー)が大規模攻勢を仕掛けてくる段階で、彼らがこの戦争に決着を付けたがっていることは目に見えている。

 そのためにもファルネスホルンに奪取された、体制派(システマイザー)の宝剣とも言える狗神もえかの身柄の確保を計画していることも分かり切ったことだ。


「私だって体制派(システマイザー)の道具として、今次大戦に関わってる身だから……」

 

「――もえかには戦いとは無関係なところにいてもらいたいよ、僕はそう思ってる」


 言葉を繋げようと再び口を開いたもえかに、蒼汰が待ったをかけた。

 蒼汰が彼女を戦いに関わらせたくはないという気持ちを読み取り、もえかは舌の上まで出かかった言葉を呑み込んだ。


「それでももえかはファルネスホルンにとっても重要な存在だから、敵の手に渡らないように絶対的な配慮はされると思うけど……」


「どちらにしろ、私は遠くの場所で平穏な日々を送り続けていることはできないんだね……」


 人工魔法少女として存在してしまった不幸。

 約束された1人の女の子としての人生などあるはずもなく、確約された兵器としての不動の人生に縛られる。


「それでも、それでもこの戦争が終わって、お互いが戦う必要なんてなくなった時代が来れば、もえかだって……」


「……そうだね。戦争が終われば、私は殺戮の旧時代の遺物に成り下がっちゃうもんね。本来の存在意義もなくなって……」


「も、もえか……」


 彼女のネガティブ発言に愕然とした表情を浮かべる蒼汰。

 別にそんなことが言いたかったわけじゃない。

 彼女の言葉がある意味真実だったとしても、そんなことが言いたいわけじゃ――。


 そんな折、不意に蒼汰の手が暖かい何かに包まれた。

 優しく、それでも力強く彼の手を握ったのは、紛れもないもえかである。


 どこか緊張気味な表情を蒼汰に向け、静かに唇を震わせる。


「――だから私の生きる意味は、蒼汰君に造ってもらおっかな?」


 告白にも似た発言。

 主張した本人はもちろん、言葉をぶつけられた蒼汰もその意味を十分に理解していた。 

 2人の顔が朱色に染まっているのは、決して夕日のせいだけではないだろう。


 だが言ってしまった以上取り返しは付かない。

 もえかはじわじわとした羞恥に耐え切れず、蒼汰の視線から逃げるべく顔を反らした。

 だが決して蒼汰の手を離さず、それどころか握った彼の手を自分の胸に抱き始めた。


 そんな2人のやり取りを眺めていた少女が、黒髪を払いながら介入する。


「――迎えに来たわよ」


 蒼汰ともえかの前に現れた黒髪のポニーテールの少女。

 女騎士とセーラー服の少女を侍らせ、少女は蒼汰の前に姿を現した。


「藤ノ宮……」


「吉野君、調子はどう? 元気?」


 寒々とした冬風に近い秋風に下ろした長髪を揺らされながらも、寒さを感じさせない暖かな言葉で蒼汰に問いかける麗。


 後藤信一に奪われた青色のリボンは、かの世界の崩壊によって共に失われている。

 代替品であるピンク色のリボンで髪を纏め、いつも通りの雰囲気を崩さない様相で蒼汰の前に立っているのだ。


「うん、どこも調子の悪いところはないよ」


 麗の健康チェックに笑顔で答える蒼汰。

 彼の返答に一瞬顔をほころばせる麗であったが、すぐに表情を引き締め、重要事項の伝達を開始する。


「ファルネスホルンの方で吉野美帆奪還作戦の認可が下りたわ」


 麗の言葉を受け、蒼汰、そしてもえかの瞳に強う光が宿る。

 蒼汰が『ナノタウン』で三人再会して以来、まだかまだかと求め続けた悲願。

 

「学校帰りで疲れているかもしれないけれど、私たちはあなたを連れて、これからすぐにでも『ヴァリアラスタン』に向かうわ」


 作戦決行は今この時。

 事前連絡なしゆえ、十分な準備と休息に邁進している時間などはなかった。


「――分かった。ずっと願っていた瞬間が……この時が来たんだね」

  

 それでも蒼汰には一切の焦りはない。

 

 蒼汰の士気が上々であると判断し、麗は僅かに胸を躍らせる。

 麗に続き、ヘスティアと幸奈にも心の高鳴りが舞い降りる。


「――途中で私たちの護衛に就くファルネスホルン最精鋭部隊と合流して、そのまま『ヴァリアラスタン』へ行くわ」


「精鋭部隊?」


「ええ。ファルネスホルン最高評議会直下の遊撃部隊、魔法と科学を結合させて開発した魔導兵装を装備した多種族混合部隊だとは聞いているけど……」


 顎に手を当てながら、麗は思い出すために脳を稼働させる。


「少なくとも並大抵の魔法使い程度であれば、間髪入れずに殲滅できるだけの実力と装備を有しているのは間違いないわね」


 その言葉を聞き、蒼汰は心に圧し掛かる不安が軽くなるのを感じた。

 今まではずっと自分たちだけで戦ってきた。

 だが今回は、それほどまでの精鋭部隊が護衛に就いてくれる。

 裏を返せば、それほどまでの精鋭部隊が護衛に就かざるを得ないような、かつてないほどに困難な状況であるということだが。


「そっか。それならすごく心強いよ」


 それでも蒼汰は表情を落ち込ませない。

 『ヴァリアラスタン』で美帆と再会してからずっと思っていたことだ。

 もう一度あの場所で彼女に出会い、彼女を救い出すこと。

 どれほど過酷な状況であろうと、強い目的があればへこたれる暇も余裕もないのだ。


「そう、よかったわ」


 極めて沈着。

 蒼汰が最後の戦いを前に、取り乱すことなく目標を見定められていることを把握した麗は、蒼汰の隣、狗神もえかに視線を合わせる。


「――狗神もえかさん」


 麗が静かに彼女の名前を呼ぶ。

 自分の名前を呼ばれたもえかは、僅かに緊張の色を浮かべて背筋をピンと伸ばした。


「悪いけど吉野君は借りていくわ。あなたは戦地に向かう彼のことを想っていてあげて」

 

 もえかは今回の作戦には連れて行けない。

 ファルネスホルンにとって彼女は保護対象であり、好きに使える戦力ではないのだ。


「は……はい。彼のことよろしくお願いします、藤ノ宮さん」


 もえかはペコリと頭を下げる。

 麗を目の前にしてから、もえかの態度にはぎこちなさが垣間見える。 

 それも無理はない。

 元々もえかにとって、藤ノ宮麗は重要破壊対象の1人であった。


 もえかは麗のことを知っている。

 『人工魔法少女計画』完成のための最終フェイズたる実戦試験において、殺害対象の1人に含まれていたのが藤ノ宮麗その人である。


 戦う運命であった2人。

 一方的に殺害する予定であった少女。

 今ではもうそんな間柄ではないが、もえかには僅かばかりの気まずさが残っていた。


「……ねえ、狗神さん」


 もえかの心境を察したのか、麗は優しく、ゆったりとした口調でもえかに話しかける。 


「そういえば、こうして顔を合わせて話すのは初めてかもしれないわね」


 自然な会話の掴み。

 

「私は藤ノ宮麗。ファルネスホルン最高評議会日本支部の諜報課所属で、吉野君の補佐監査官よ」


「はい、ええと……私は狗神もえかです。蒼汰く……吉野君のクラスメイトで、幼馴染です」


 ゆったりとした表情の麗と、戸惑いの顔色のもえか。

 どことなくかみ合わない空気を修正したいが、麗たちにはあまり時間は残されていない。

 できるだけ簡潔に、麗はもえかに伝えたいことを伝えようと口を動かした。


「ねえ、狗神さん」

 

「は、はい」

 

「あなたを一緒には連れて行けない、けれど吉野君があなたを必要とするのならば、あなたが吉野君を必要とするのならば、自分の心に従って行動するといいわ」


「心に……」


「ええ。強要ではなく、あなたのしたいようにするといいわってことよ」


 今回はファルネスホルンの威信をかけた作戦となる。

 全員が無事に帰ってこられる保証もなく、絶対に死んではいけない蒼汰でさえも命の保証はない。

 彼を愛する者として、彼を守れるだけの力を持ったもえか自身、1人で何もできずにいることは辛いことであろう。


 そしてファルネスホルン側の主張としては、狗神もえかの絶対的な監視下における隔離。

 体制派(システマイザー)による人工魔法少女奪還の懸念が非常に大きくことから鑑みて、連中と接触することとなる戦闘への参加は看過できるものではない。


 それでも麗は、もえかに自分のしたいようにするといいと言ったのだ。


「でも、絶対に吉野君が悲しむようなことになってはだめよ、絶対にあなたも無事でいなさい。そうして平和な時代が来たら、私もあなたのライバルとして踏み出せるでしょう?」


 即座に理解のできない抽象的な麗の言葉。

 しかしもえかは、女の勘で麗の真意を正確に掴み取る。


「――藤ノ宮さんよりも10歩も100歩も先行していると思うけど?」


「100歩前を行っていたとしても、今がそうなのであって将来の状況までもが確約されたわけではないわ。人の想いはきっかけがあれば変わるものだもの」


 そして麗はちらっと蒼汰に視線を移す。

 もえかも麗の意味ありげな視線を瞬時に察知し、対抗心を燃やすように目じりを釣り上げる。


「ええと……2人とも?」


 空気の変化に動揺する蒼汰。

 2人の女の戦いが繰り広げられられる中、遠くの方から近づく人影に感づいた麗が瞬時に闘気を収束させる。


「迎えが来たわ、狗神さんのね」


 1人、2人と、その他大勢の軍靴や鎧の足音を響かせ、蒼汰たちの目の前で歩みを止める。


「――待たせてすまない、こちらはファルネスホルン最高評議会より人工魔法少女護衛のために派遣された者だ。彼女の身柄は我々が引き継がせてもらう」


 手前の軍服を纏った護衛隊長が背筋を伸ばし、敬礼をする。

 それに続き、後ろの護衛隊の全員が靴を鳴らした。


「――ファルネスホルン最高評議会日本支部諜報課所属藤ノ宮麗よ。彼女のこと、よろしく頼むわ」


 麗も護衛部隊に対してローファーを鳴らし、敬礼を返す。


「――ところで、そこにいるお嬢さんが件の人工魔法少女、狗神もえかで間違えないね?」


「ええ、間違いないわ」


 そのように返答し、麗は胸元の霊装に意識を集中させる。

 これから起こる、いや、起こる可能性のある事態を想定し、麗は万が一の事態に備えるべく、いつでも武装を取り出せる態勢に入る。


 目の前にいる護衛部隊は間違いなくファルネスホルン構成員である。

 ファルネスホルンである以上、自分たちの仲間であることは当然なのだが――


 護衛隊長は蒼汰の隣の少女が狗神もえかであることを再度確認する。

 そして彼女本人であるという照合も追えると、先ほどまでの柔らかな雰囲気を一変させた。


 彼ら護衛部隊が味方であるはずのファルネスホルンであろうとも、ファルネスホルンである以上当然とも言える措置を下すべく、護衛隊長は声を張り上げた。


「了解した――総員全力警戒! 人工魔法少女が抵抗を見せた場合は即座に鎮圧!! 各自の判断で武装・魔法の使用を許可する!!!」

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