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中央議会

「――『システム・ヴァリアラスタン』格納庫へ侵入者だと?」


 煙草の香る円卓の会議室で、ドスの効いた渋みのある男の声が轟いた。


「ええ。侵入者は『システム・ヴァリアラスタン』――吉野美帆と接触をしたようですが、すぐに人工魔法少女の量産型に追われ、脱出したものと思われます」


 男の質問に答えるのは、手元の報告書をぺらぺらとめくる若い男であった。

 

「――今回システムに接触したのは3人、その中の1人が吉野蒼汰です」

 

 会議室にどよめきが広がる。

 『体制派中央議会室』――そう呼ばれるこの会議室では、主に体制派(システマイザー)軍政官のトップ、最高幹部が集まっていた。


「ですが、特にシステムに影響はありません。報告書にあります通り、彼らは吉野美帆の奪還を成すこともできずに撤退しました」


 ――あそこは時空間航行路と同質の超環境です。加えて警備要員との戦闘を危惧しての撤退でしょう。


「ただ気がかりなのが、なぜ彼らは『ナノタウン』に到達することができたのか――こちらをご覧ください」


 机の上に報告書を置き、若い最高幹部は全員の手元のパソコンに映像を共有する。


「こちらは『システム・ヴァリアラスタン格納庫前』の記録映像です」


 全員が見守る各々のノートパソコンの画面が動き始める。

 そこには『システム・ヴァリアラスタン格納庫』へ向かった蒼汰と真広の姿が映し出されていた。


「確かに吉野蒼汰だな。もう1人の青年は……奥村真広か!」


 1人の幹部が声を荒げたことが周囲の喧騒を掻き立てる。


 ――ファルネスホルンに保護されたとは聞いていたが、まさか実働部隊として使われていたとは……。


 ――これは好機ではないか? ファルネスホルンに横取りされた男だが、こうして表の舞台に出てくるのであれば、体制派(システマイザー)が確保するチャンスはある。


 ――奴を奪還できれば、『システム・ヴァリアラスタン』の兵器使用を本格的に進められるぞ。


 ――あの男と吉野美帆の関係から考えれば、再び吉野蒼汰と共に『ナノタウン』を目指すであろうな」


 どよめきがどよめきを呼び、会議の進行が停止した。

 そんな状況の中充満した煙草の煙を追い出すように、重い音を上げて会議室の扉が開かれた。


 何人かが扉の開く音に気が付き、発声にストップをかける。

 それでも気が付かずに発言を繰り返す出席者に向けて、その来訪者は声を張る。


「――静粛に願います、皆様」


 ピタリ、と会議室に充満した喧騒が止んだ。

 全員が会議室の扉の方へ視線を向け、その中の1人がすぐさま驚きの表情を浮かべ、来訪者の素性を明かす。


「――アルフレッド? なぜ貴様がここに!?」


 怒声を張った幹部に続き、その他の者の目つきにも鋭さが宿っていく。


「忘れわけではあるまい? 今は『ミコト研究機関』での失態が咎められているのだぞ」


「ええ、それは存じております。そしてそれがきっかけで私に責任を追及されることとなったことも――」


 ――ですが。


「それを承知で、この場に参上いたしました」


 アルフレッドは妙に自信に満ちた表情で、自分本位で身勝手な主張を貫いた。


 そんな彼女に嫌気が差し、1人の最高幹部が蔑視にも似た嘆息をする。


「何をバカなことを。招致されていない会議に顔を出すなど――」


「――まあ待て」


 不機嫌そうに言葉を並べる最高幹部を遮り、円卓の一角――体制派(システマイザー)最高指導者の男が会話に参入した。


「貴様の失態を鑑み、しばらく方針会議といった場への出席を自粛するよう命令を出したが、それでもなお、この場に顔を見せるだけの重要な要件は何だ?」


「――はい、先ほどこの場でも話題に上がっていた『システム・ヴァリアラスタン』に関する内容です」


 最高指導者の圧力にも一切屈せず、アルフレッドは流れるような口調で明言をした。

 それ以降並閉口を続ける最高指導者を観察し、要件の詳細の開示を求められていると判断したアルフレッドは、もう一度口を開いた。


「先ほどの、吉野蒼汰が『システム・ヴァリアラスタン』に接触した件につきまして、追加情報を皆様に共有させていただきます」


 アルフレッドは脇に挟んだファイルから1冊の資料を取り出す。


「彼らは後藤信一から、確か藤ノ宮麗という魔法少女を奪還した後に崩壊を迎えた世界から脱出したところでした――」


 ――ですがタイムマシンは航行困難なところまで破損し、元の世界に接近しつつあったとしても、運よく『ナノタウン』に不時着できたということは、ほぼ不可能だったということが調査により判明しています」


 資料のページをめくり、流れるよう説明口調を続けるアルフレッド。

 そんな彼女のどこか興味のなさそうな、さも淡々と文章を読み上げる違和感に、誰1人気が付くことはない。


「――『システム・ヴァリアラスタン』、いえ、吉野美帆が吉野蒼汰を引き寄せたのではないか、そう考えられます」


 アルフレッドは説明するだけ説明し、パタンと資料を閉じた。

 そして全員を見渡すように視線を這わせ、もう一度口を開く。


「実の姉が体制派(システマイザー)のシステムとして運用されていた。そのことを知った今、おそらくもう一度『ナノタウン』を目指すでしょう」


 誰もが共有している認識。

 『システム・ヴァリアラスタン』の正体が蒼汰の実の姉であり、ずっと彼が探し続けた女性であると。


「いずれ吉野蒼汰が『システム・ヴァリアラスタン』の真相を知る時が来ることも考慮しておりましたたが、その時が今来たというだけです――」


 ――彼らが再び『ナノタウン』に乗り込むことは想定されています。来たるべき日に備え、こちらは相応の準備を整えているところです。


 そう言いつつ、アルフレッドはファイルからもう1つの資料を取り出し、その内容に目を走らせる。


「後藤信一に貸与した『Mmw』から良い実戦データが取れました。正式量産型へのフィードバックも完了し、すでに第1ロッドの実戦配備も完了しています」

 

 会議室に歓喜ともとれるざわめきが走り回る。

 アルフレッドは会議室の空気に頬を緩ませ、さらに喧騒を増長させるように、次なる重大なトピック

を語り出す。

 

「加えて、狗神もえかの正式量産クローン体も実戦配備が完了しています」


 高まる喧騒。

 アルフレッドを中心とした計画の中で、期待度の高い人工魔法少女クローン計画。

 たった1体でも、大抵の戦場を支配できるだけの性能を備えた狗神もえかのクローン。

 それが正式量産型として配備されたことは、体制派(システマイザー)にとっての著しい戦力増強にも繋がる。


「さらに、オリジナルの狗神もえか奪還の準備は滞りなく進んでいます」


 かつてアルフレッドが犯した失態――吉野蒼汰らによる人工魔法少女・狗神もえかの奪取。

 

「魔法少女を模して造られた模造品といえど、史上最強とも言える彼女を奪還できれば、戦況を有利に働かせることができるでしょう」


 ひとしきりの主張を終えるアルフレッド。

 そんな彼女の言葉を真摯に聞いていた体制派(システマイザー)指導者が口を開いた。


「――なるほど、貴様が裏で動いてくれていたことは分かった。だが具体案はあるのか?」


 アルフレッドが語った言葉は、あくまで結果論に過ぎない。

 過程をすっ飛ばした不明瞭な主張に、一喜一憂するのは尚早である。


「――無論です。皆様のPCにデータを共有します」


 アルフレッドは議会室出入口から背を離し、本来自身に分け与えられた座席へと足を進める。

 今は空席となった椅子に腰を下ろし、PCを起動させる。


「――今から具体案を共有します」


 会議室の面々は、アルフレッドより共有された画面に注視し、表示された文字の羅列に目を迸らせる。


「狗神もえかの奪還のため、連中を『ヴァリアラスタン』へ誘い込みます――」


 ――吉野蒼汰は吉野美帆という餌に食いつくでしょう。無論彼女を連中に渡すつもりはございません、すでに奴らを迎え撃つための手段は備蓄済みです。

 

 高らかに謳われるアルフレッドによる戦略概要。

 そして実行から経過、そして成果に繋げるまでの流れの練られた計画の詳細が、全員の覗き込むPCに描かれていた。


「なるほど……了解した。しかし、これほど大規模に渡る計画を近日に迫ったファルネスホルンへの大攻勢に組み込むことは、時間的に現実的ではないな」

 

 計画の委細を流し読みした指導者が、椅子に背を預けながら葉巻を口に付ける。


「――だが、それ以上に……」


 指導者の声音に、僅かに怒気が孕まれていた。

 吸っていた葉巻を奥歯で噛み潰し、火の付いた先端からほろりと灰が零れ落ちる。


「――反体制派(ファントムフューリー)の理念たる大天使の殺害を念頭に置かれた作戦など、組織への叛乱に等しいぞ?」


 ピリっとした場の空気が、冷たく熱い敵意じみたものに変化した瞬間であった。

 何人かが服の下に隠した拳銃に手を伸ばし、万が一の場合に備えて銃の安全装置を解除した。


「叛乱ですか? 私は組織にとっての最適解を提案させていただいただけだと思いますが?」


 何人かの手が拳銃に触れていることに気が付いてもなお、アルフレッドは挑発的な態度を改めなかった。


 場の空気に屈せず、飄々としたアルフレッドを見据える指導者。

 何を考えているか分からない不気味さを誇った表情に不安が残る中、指導者は腹をくくってアルフレッドを食い破る。


「――貴様には只今を持って体制派(システマイザー)の中枢から外れてもらう。『人工魔法少女計画』から『Mmw計画』に至るまでの全権限を接収させてもらう」


 事実上の降格宣言。

 

 彼女は体制派(システマイザー)にとってのスポンサーである。

 だが単なるスポンサーと言うには、あまりにも行き過ぎた権力と影響力を保持しているのがアルフレッドという女である。

 元より彼女の存在を目障りに思っていた中央議会の面々は、密かにアルフレッド除外計画を可決したのだ。


「――そういうことだアルフレッド。我々は貴様という存在を看過できない、これまで我々に最大限の貢献を成したのは認める、だがこれも体制派(システマイザー)のためだ」


 指導者の降格宣言を皮切りに、それまで服の下で拳銃を握っていた幹部たちが立ち上がる。

 そして各々が冷たい銃口をアルフレッドに突き付け、議会室からの退場を促すように、無言の圧力を放ち始める。


 そんな彼らを、未だ感情の揺れない瞳で一瞥するアルフレッド。

 舌で唇を湿らせ、獲物を狙う肉食獣のように視線を尖らせ、再度言葉を口にする。


「――私が呼ばれてもいない今回の会議に顔を出したわけ、それはもう1つあります」


 銃口を向けられ、今にも威嚇射撃が始まりそうな状況の中、アルフレッドは構わず会話を続行する。

 引き金にかかった指に力が入るか否かの瀬戸際で、彼女は指導者にだけ目を向け、過去最大の要求を叩きつける。


「――現状を正しく認識せず、与えられた椅子に座って仕事をしている気になっているだけの豚どもに、全ての権限を私に寄越せと要求しに参りました」


 彼女の口から語られる、確信的な犯行声明。

 椅子を吹き飛ばす勢いで立ち上がる幹部、握っていた拳銃をアルフレッドの頭に向け直す幹部、そして拳銃を握りながらも、場の流れを見据えて冷静に周囲を観察する幹部。


「……それが、貴様の望みか?」


 そして、分かりやすく憤りを表情に浮かべる指導者。

 そんな彼の様子を満足げに、そして蔑視気味に見下ろし、アルフレッドは止めを刺すが如く最大級の革新的主張を舌に乗せる。


「――我々アルフレッド派は、反体制派(ファントムフューリー)と統合する」


 革新とは従来の慣習への反抗である。

 指導者の持つアルフレッドへの味方意識に完全に止めを刺し、敵対意志を増長させる革新的大宣言の経てもなお、アルフレッドはその口調を抑えることを知らなかった。


「その方が合理的だからです。実戦を通じた大天使の強化によって、結果多大な戦闘力を有する化け物に進化するという『シラユリ壱号』の算出データなのですが、未だその兆候さえ全く観測できていないのです。これ以上の吉野蒼汰の野放しは、組織にとって害でしかありません」


 ――でしたら、大天使の殺害を目論む反体制派(ファントムフューリー)は合理的……無論、反体制派(ファントムフューリー)体制派(システマイザー)と統合することには難色を示しましたが――


「――友好の証として、人工魔法少女計画に関する機密情報、狗神もえかのクローンや『Mmw』の譲与を匂わせたところ、相手の反対行動は徐々に沈静化していきました」


「アルフレッド貴様……反体制派(ファントムフューリー)に取り入るため、そこまで向こうに有利な条件ばかり提示し、尻尾を振るような真似を……」


「――(向こう)の計画に乗っかる形での統合……これまで強硬に大天使の非殺害を貫いてきた我々の面子は丸潰れでしょう」


 ――ですが。


「――面子を気にして合理的な行動をできなければ、それが綻びとなって組織は瓦解していきます」


 一旦の終わりを見せるアルフレッド。

 彼女の主張には、体制派(システマイザー)の現状を把握し、古き礎を捨て去って最良を選択しようとする意志が感じられる。


 だがいくら彼女が強硬に統合を主張しようとも、円卓を囲む彼らを賛同の渦に巻き込むことはできなかった。

 ――むしろ。


「――貴様の離反証言は十分に会得した。これ以上、体制派(システマイザー)の根底を覆す過激派のパフォーマンスを演じさせるわけにはいかないようだ!!」


 指導者の怒りが頂点に達し、それまで俯瞰に勤しんでいた残りの幹部も握った拳銃を宙に突き出す。

 

「議会室が先決で染まろうが構わん! 全身全霊を持ってアルフレッドを射殺しろ!!」


 放たれる射殺命令。

 体制派(システマイザー)を蝕む忌まわしき女を処刑する拳銃が、烈火の如き亜音速弾を撃ち出した。


 数発もの炸裂音が議会室を支配し、煙草の煙に混じって硝煙が辺り一面を覆い尽くす。


 落ちる薬莢、噴き出す鮮血。

 足から力が抜け、円卓に顔を叩きつけながら数人の幹部が倒れ込んだ。


「な……」


 指導者も驚きを隠せない。

 本来であれば、この場で血みどろとなって床に伏せているのはアルフレッドただ1人。

 だが当の彼女は五体満足に不敵な笑みを湛え、射撃手に喝采を送るように白い歯を露出させる。


「貴様ら……何を――」


 ようやく事の真相を掴み、幹部たちを撃った()()に怒声を浴びせようとした指導者。

 だが怒りの言葉が声帯から射出されるよりも早く、複数の銃弾が指導者の体を貫いた。


 血で汚れた円卓に突っ伏せるように倒れこむ指導者。

 激痛で顔をゆがめながらも、ワナワナと震える全身の筋肉を駆使してアルフレッドを睨みつける。


「アルフレッド……」


「そのお体では指導者の役目は務まりませんね? 体制派(システマイザー)は私にお任せください。新しい時代の到来は、因習を踏み台にしてこそ成されるものです」


 頭の凝り固まった上層部に対するクーデター。

 中央議会に在籍する何人かの隠れアルフレッド派と共に現上層部を物理的に打倒し、体制派(システマイザー)という巨大組織を手中に納める。


 未だ息のある議会議員の頭を機械的に破壊してくアルフレッド派幹部。

 そんな中、未だ執行猶予の与えられている指導者に対し、アルフレッドによる後任指導者登壇演説が行われる。


「――ただいまを持って、体制派(システマイザー)反体制派(ファントムフューリー)は私の元で統合されるわ。組織の最高司令官はこの私、アルフレッドが務めるわ」


 指導者が思い切り歯を食いしばる。

 それは政権転覆の悔しさからなのか、そして自身の死への恐怖なのか、それとも両方か。


「――ではこの時を持って、我々はファルネスホルン最高評議会への徹底抗戦を本格始動するわ」


 死に損ないの幹部を撃ち殺したアルフレッド派幹部が、遂に指導者へ銃口を突きつける。

 そして向けられた拳銃に力が込められた。


「さあファルネスホルン、戦争を始めましょう?」


 巻き起こる発破音。

 再度机に真っ赤な花を咲かせた指導者は硬直し、命の糸を断裂させる。


 今、この時を持って――

 体制派(システマイザー)反体制派(ファントムフューリー)統合軍による、ファルネスホルンへの徹底攻勢が開始された。

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