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多段式ロケット

『――もしもし幸奈だよ! もうこっちは発射ボタンを操作するだけ』


 ロケット内部に響き渡る幸奈の声。

 スマホを介して幸奈が発射許可の有無を請う。


 麗をロケットの中にまで連れていき、必要な燃料を注ぎ込んだロケットは発射準備に入っている。

 給油ノズルを外し、車両を退避させた。

 

 蒼汰、ヘスティア、麗はロケット内部で掴まれる場所を探し、必死に自分の体を固定する。

 座席ではないただの空間に入り込んだ三人だが、麗を除く二人の表情は晴れない。


「いいわ幸奈。警備隊が来る前に早く発射して!!」


『――うん。安全装置強制解除、発射!!』


 彼女の合図でロケットに火が入る。

 轟音が内部に響き渡り、地揺れのような振動が三人を揺らす。

 

 灰色の煙を周囲にまき散らし、オレンジ色の炎を吐き出しながらその巨体が打ち上げられる。


 蒼汰は足元から込み上げる浮遊感によってさらに不安を募らせる。

 暗くて表情は見えないが、おそらくヘスティアも同じ気持ちであろう。


 ぐんぐんと上昇する機体。


「胡桃沢? 藤ノ宮、胡桃沢は!?」


「分からないわ、これ以上時間をかけるとあの子は追いつけなくなる!!」


 麗は備え付けの小さな窓にへばりつく。

 必死に外の景色の中から幸奈を探す。


「幸奈……幸奈……」


 ここからではよく見えない。

 それでも彼女の姿を血眼になって探す。


 そうこうしているうちに固体ロケットブースターが切り離される。

 みるみるうちに切り離したエンジンとの距離が遠くなる。


 もう無理だ。

 いくら魔法少女といえど、その飛翔魔法能力には限界速度や限界高度がある。

 現代技術との間にある大きさ隔たり。

 それを目の当たりにした麗。

 幸奈は自分たちに追いつけなければ地上で帰りを待つしかない。


 麗はそっと目を伏せる。 

 友達を置いて先に行くのは気が引ける。

 こんな非常時に友達に対する私情を交えるべきではないことくらい麗にも分かっている。


(私も……変わっちゃったみたいね)


 上昇の衝撃で体を揺らせながら、彼女はヘスティアと幸奈に出会う前の自分を思い出していた。

 以前までの自分なら、こんな思いはするはずもなかった。昔は――


 激突音。

 上昇の振動音ではっきりは聞こえないものの、明らかな異音。


 不審に思った麗が慎重に窓の外を見る――




『――麗ちゃん!! お待たせ!!』




 窓から見える彼女の顔。

 盛大になびく栗色のツインテール。

 フリルだらけのスカートに大きなリボン。

 変身し、ミラクル☆ユキナとなった胡桃沢幸奈が第1段ロケットにへばりついていた。


「――ユキナ!?」


 麗が彼女の名前を叫ぶ。

 振り落とされそうになるのを、機体のスリットに指を差し込むことで何とか堪える。 

 すでに下半身上半身とも宙ぶらりんとなり、指の力だけでこの場を凌いでいる。


「ユキナ! そこは切り離す第1段ロケットよ、上ってきなさい!!」


 返事はない。

 この轟音の中、しかもユキナは麗のいる位置からずいぶん下の位置で止まっている。


「そうしないとあなたが吹き飛ばされるわよ!!」


 その怒号はユキナには届かない。

 だが麗の気持ちが通じたのか、ユキナは勇気を振り絞って上へと上がる。

 幸い機体の溝はロケット全体に存在している。

 

 腕の力だけでユキナは上を目指す。

 数秒後、第1段ロケットの切り離しが開始される。

 機体のロックが外され、大きな質量を持ったロケットが減速。

 分離した第1段ロケットは海上へ落下していく。

 

 ユキナは順調に上へ上へと登っていき麗たちのいる上部ロケットにまで到達する。

 ユキナは両手が塞がっている、よって頭で機体を叩き、内部の人間に合図を送る。


「聞こえてるわよユキナ!!」


 麗も壁を叩き返す。

 その音がユキナに伝わる。

 小さく微笑み、悲鳴を上げる筋肉を振り絞って窓の方へ。


『――麗ちゃん! やっと着いたよ!!』

 

 額の汗が凍り付き、顔色の悪いユキナが窓を覗く。

 麗も窓の外を覗く。


 ガラスを通して二人の少女が顔を合わせる。


『――よかったぁ。やっと会えたよ』


 寒冷空間に取り残されたユキナは無理して笑う。

 振動のせいか寒さのせいか、ユキナは全身を震わせ、歯をがちがちと鳴らしている。


 本当ならばユキナを内部に入れてあげたい。

 だがそれをしてしまえば急減圧で自分たちが外に投げ出されてしまう。

 万が一の空中分解のことも考え、ユキナを中に入れることはできない。


 だからこそ、その事態を考慮し飛ぶ前に話し合った。


「ユキナ――どうして魔法を使わないの?」


 仮想OS術式。

 それは魔法使いが持っている魔法とは別の、仮想的に作り出した魔法を実際にある魔法のように使用するための特殊術式である。

 ユキナは戦闘タイプの魔法しか使えない。

 例えば魔力を砲撃として使用などの他、対攻撃用の防御術式など。

 そして戦闘空中機動を可能にする空飛ぶほうきがある。

 これは戦闘用魔法だが、移動手段としての応用も効く。

 だが戦闘系魔法以外は通常使用することはできない。

 よって環境の変化に適応させるための非戦闘魔法は使用することができない。


「そうじゃないと本当に死ぬわよ!? 急激な環境の変化であなたの体は――」


『――大丈夫』


 大丈夫なはずはない。

 最悪宇宙空間にまで登っていく必要があるかもしれない、そんなことになったらユキナは――


「早くOSを変更しなさい! それで身体保護機能をオンにするの!!」


『――麗ちゃん!』


 麗の指示を聞かず、ユキナは傲慢にふるまう。


『それよりも優先すべきことがあるでしょう? 私のことは後回しでいい!!』


「で――でも!」


 涙目になって押し問答を続ける麗。

 その時、誰かが彼女の肩を叩く。


「ヘスティア……」


「ユキナは優先すべきことがあると言いました。それはあなたにも理解できていますよね?」


 そうだ、理解できている。

 このままのスピードで上昇してもエレベーターには追い付かない。

 だから3人の魔法少女はやらなければならないことがある。


「……」


 麗は歯を食いしばる。

 そんな彼女の様子を見守るユキナとヘスティア。

 

 握りしめられた拳。

 絡み合う幾多の思考。

 決着のつかない意思選択。

 だが遂に、麗は一つの選択肢に手を伸ばす。


「――OS変更!! 『戦闘』から『巡航』に設定!!」


 麗の叫びを聞いたユキナが復唱。


「魔力をロケットエンジンに注ぎ込んで加速!!」


 麗とユキナが『巡航』に設定。ロケットの速度に拍車をかける。

 ヘスティアは『保護』に設定、急激な加速から空中分解を防ぐため、機体全体を魔力で保護する。


 三人の魔力貯蔵庫であり、魔力エンジンでもある心臓が熱を持つ。

 これだけの質量を持つロケットを加速させ、これだけの大きさを誇る機体を完全に保護する。


 魔力消費量は普段とはけた違いである。

 体温の上昇、発汗での冷却が追い付かない。

 吐瀉物をぶちまけ、足腰ががたつきながらもさらに魔力を込める。


 ヘスティアの保護術式による耐G作用で非魔法使いの蒼汰の体は保護されている。


 ぐんぐんと上昇するロケット。

 第2エンジンを切り離し、さらに上昇する。

 そして3人の魔力が限界に達する前、4人を乗せたロケットがエレベーターリフトに到達する――

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