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ナノタウンへ

「――全員搭乗したな!?」


 世界の終わりを告げる大災害の中、地揺れの轟音に負けないだけの絶叫が響き渡る。

 奥村真広はタイムマシンの中に蒼汰、ヘスティア、幸奈、麗、エーデルワイス、クリスティアーネが搭乗していることを確認し、殴る勢いで扉の開閉スイッチを押し込む。


 真広はそのまま飛び込むように座席に腰を落とし、即座にシートベルトを装着する。

 

 開閉扉が閉ざされ、全員が座席近くの取っ手に手を伸ばす中、タイムマシンの船体が持ち上げられる。

 頭上に時空間航行路の入り口が開けられ、タイムマシンが吸い込まれるように上昇していく。


「じ、時空間航行路に突入するわよ!!」


 緊張に満ちたクリスティアーネの声音。

 世界の完全崩壊はすぐそこにまで迫っており、搭乗員全員が一刻も早く時空間航行路への突入を祈っていた。


 世界崩壊に伴う轟音は音量を上げ、タイムマシンの船体に嫌な軋み音が走る。

 蒼汰はタイムマシン全体を揺らす振動で舌を噛みそうになりながらも、ぐっと歯を食いしばる。

 

 タイムマシンがゲートに差し掛かり、遠慮のない異音と振動のピークは徐々に過ぎ去り、そして潰えた。


「……間に合った?」


 蒼汰の独り言に続き、全員が窓から外の世界に視線を向ける。


 先ほどまでの廃墟街はどこにもなかった。

 あるのは物体ではなく空間そのもの、7色に光る超常的な光景が広がっていた。

 それはまさしく、異空間航行路に突入したことを意味していた。


 世界崩壊に巻き込まれる寸前での、時空間航行路への突入成功。

 誰もがその事実に安堵し、緊張で固まった表情に柔らかさが戻っていく。


 シートに背中を預け、心地の良い振動に身を浸していく。

 その振動は最初は小さく、時を刻むごとに大きなものへと変化していった。


「……?」


 蒼汰は徐々に激しくなる振動に違和感を覚え、無意識に閉じていた瞼を持ち上げた。

 そしてタイムマシンの空間を見渡していると、唐突にそれは現れた。


 全身が大きく揺られるほどの衝撃。

 後部から聞こえる爆発音のようなものが鼓膜を刺激する。

 

 蒼汰はシートベルトに体を抑えつけられ、一瞬の出来事を理解することができず、巨大な振動に翻弄される。


 赤色の警告灯が光り、サイレンが鳴り響いた。


「な、何が起きてるの!?」


 顔面蒼白な幸奈の叫び。

 何か問題が起きていることは明らかだが、それが一体何なのか、得体の知れない恐怖が襲い掛かる。


 クリスティアーネはベルトを外すと、滑り込むように操縦席に座りこむ。

 そこかしこの機器に目を通し、モニターの操作を始める。 


「……時空間航行路に突入する直前に、あの世界が完全消滅したみたいね。おそらくゲートを潜り切る前にタイムマシン後部が世界崩壊に巻き込まれたんじゃ……」


 クリスティアーネは自分で言った言葉に恐怖を覚える。

 システムスキャンによってタイムマシン後部――ジェットエンジンが抉られていることが判明した。

 

 さらにAIによる自律制御が停止し、操縦を失ったタイムマシンが大きく安定性を失い始める。


「どこかに緊急対策マニュアルがあるはず……マニュアルを出して!!」


 クリスティアーネはAIに向かって指令を下した。

 だがクリスティアーネの言葉は船内に木霊するだけで、搭載されたAIが口を開くことはなかった。

 

 歯がゆさを表情に湛えるクリスティアーネ。

 そこへ座席を立った真広が、嫌な汗を流しながら奥歯を噛み締めた彼女の肩に手を置いた。 

 

「このタイムマシンは完全自動制御ではあるが、それでも従来通りの手動操縦だって可能なはずだ」

 

 真広はそう言いつつ、隣の副操縦席に腰を下ろす。

 目の前の機器に手を伸ばし、操縦を手動操縦に切り替えるべく設定をいじくる。


 モニター上を何回かタップし、AIから全ての権限を切り離すレバーに触れ、一気に下ろす。

 これによって制御権がAIから、2人の目の前にある操作盤に移行された。

 

 クリスティアーネは破損したエンジンへの負荷を抑ええるめ、操縦席横のレバーを動かした。

 そして手元の操縦桿を、胸元に向かって一気に引いた。


「――っ!? 機動が安定しない!!」


 何とか操縦桿は動かせる。

 だが舵を切れても、タイムマシンの振動や機動は安定することを知らない。


 顔面蒼白で操縦に四苦八苦するクリスティアーネを尻目に、真広は後部座席に向かって絶叫する。


「――全員シートベルトの装着を再確認して、対ショック姿勢をとれ!!」


 すでにエンジン出力も大幅に減退しており、無理に出力を上げようとすれば、爆発の危険性さえも孕んでいる。


 これ以上の航行は困難である。

 それでも前に進み、何とか時空間航行路を抜けなければならない。


 クリスティアーネは何とかタイムマシンの安定性を確保すること、そして微速ながらも元の世界に戻るために操縦桿を握り続ける。

 

「どんどんと流されてる……? 現在位置は?」


 最早タイムマシンの航行能力は皆無に等しい。

 時空間航行路に漂う波に抗うだけの出力も出ず、タイムマシンは()()()()()()()()()()()()()漂流を始めた。

 

 操縦席の真広とクリスティアーネの緊迫した空気は伝播し、通常座席に腰かける少女たちにも重たい空気が漂っていた。


 比較的冷静に息を呑むヘスティア、麗、エーデルワイス。

 精神的に限界に近づき、涙を溜める幸奈。

 

 蒼汰は精一杯歯を食いしばり、全員の安全を心から祈っていた。

 ようやく麗を助け出し、自分たちを救うために諜報長官が命を賭したのだ。

 元の世界に還れなければ、ここまでやってきたことが全て無に帰してしまう。


 そんな蒼汰に希望を与えることになるのか、もしくは苦難を与えることになるのか、彼に宿る存在が意を決して口を開く。


『――情報更新』


 不意に訪れる大天使からの情報伝達。


『――文書断片座標が判明しました』


「――こんなタイミングで!?」


『――はい。諜報長官の世界では未発見文書の座標の情報更新が滞っていましたが、元の世界に還ってきたことで更新が開始されたようです』


「元の世界に……時空間航行路の中を流れていくうちに戻ってきたの!?」


『――戻ってきた……というよりも、呼び戻されたという方が正しいのかもしれません」


「呼び戻された!?」


 蒼汰は舌を噛みそうになりながらも、率直な疑問を口にせずにはいられなかった。

 だが蒼汰が疑問に関する追加情報を探り出そうとする前に、大天使が再び口を開く。

 

『――あなたにとって、辛く感動的な再会になることは免れないでしょう……』


 意味深に言葉を濁す大天使。

 蒼汰は呪文めいた大天使の言葉に理解を示すことができないが、心の奥底から湧き上がる一抹の不安を覚えた。


 蒼汰の内心を推し測りつつも、大天使は続けて言葉を綴った。


『――文書座標、『ヴァリアラスタン』高軌道ステーション『ナノタウン』です』


「ナノタウン……」


 宇宙エレベーター『ヴァリアラスタン』。

 かつて蒼汰たちがアルベルト・シュタルホックスの策謀を討つために乗り込んだ場所である。

 

『――はい、座標は『ナノタウン』にある『システム・ヴァリアラスタン格納庫』です』


「だけど今は……」


 明日も見えない状況である。

 少なくともタイムマシンがこんな状態で『ナノタウン』に行くことは難しい。

 

『――大丈夫です。()()()()()()()()()()()()()

 

 妙に自信を持った大天使の声音。

 一切の淀みなく言い切った大天使に眉を顰める蒼汰であったが、不意に先ほど彼女の言った言葉を思い出した。


 ――戻ってきた……というよりも、呼び戻されたという方が正しいのかもしれません


 何者かがタイムマシンを引き寄せ、元の世界へと引っ張り上げた。


(何らかの未知の作用が働いて……でも一体――)


 その時、大きな振動が蒼汰の思考をシャットダウンさせる。


「――!? 機体の制御が……」


 ガクン、と船体が大きく揺れたかと思うと、操縦席で操作系を必死に動かすクリスティアーネの姿が見えた。


 彼女は真広と共にモニター上の項目を何度か操作し、エンジン出力に気を配りながらハンドルを動かし続ける。


「だ、ダメです奥村さん! 機体が操縦を受け付けないんです!!」


 これまでは何とか彼女の操縦が機体に反映されていた。


「エンジン出力関係は何とか動くけど……操縦桿が……」


 操縦席の空気が一気に緊迫したことが明らかであり、後ろの登場席にも同様の色が広がる。

 操縦が封じられ、必死にモニター操作で原因を究明しようとする真広とクリスティアーネを見守る蒼汰。

 

 そんな彼の脳を、突如風のように吹き抜ける声音が擦った。


 ――こっちにいらっしゃい!!


 突如響き渡る声。

 蒼汰は周囲を見渡すが、誰も蒼汰に話しかけた様子はない。


 ――蒼汰! こっちにおいで!!


 まただ。

 脳内に直接呼びかけられるような女性の声。

 大天使とは違った声が、何度も蒼汰の頭に指示を促す。


 ――『システム・ヴァリアラスタン』の格納庫前に時空間航行路のゲートが開くわ! だからこっちにいらっしゃい!!


 その言葉が脳内を反響した時、蒼汰は座席を立ち上がって操縦席の後ろまで走っていた。

 1度目、2度目の呼びかけまでは半信半疑だった。

 それでも3回目、彼女の声が蒼汰の中で眠っていた記憶と結びついたのだ。

 

 そうだ、間違いない。

 あの声は、絶対に――


「――シュヴァインシュタイガーさん! 何とか着陸態勢に移ってください、ゲートが開きます!! 『システム・ヴァリアラスタン』前です!!!」


「――ええ!? わ……分かったわ!!」


 蒼汰の突飛な指示に面食らうクリスティアーネ。

 だが彼の表情に底知れぬ確信を見出したクリスティアーネは、すぐに彼の指示通りに減速をかける。


 クリスティアーネは横目でモニターに視線を移す。

 そこにはエラー表示が出ているだけで、目的地への到着やゲート展開の予告表示などもない。

 彼女は蒼汰の言葉と機材の故障を信じ、タイムマシンの車輪を展開する。


 そしてその直後、代り映えしない時空間航行路の壁に穴が開いた。


「――じ、時空間航行路の出口が開くわ! 着陸するわよ!!」


 窓から覗く7色の空間に、新たな風景が現れる。


 どこまで白い世界が窓一面を覆い、神秘的な光景に蒼汰の目が奪われた。

 だがそれも束の間、タイムマシンの船底が真っ白な地面の上に擦り付けられ、足元が削り取られてしまいそうなほどの擦過音が鳴り響いた。


 船体が摩擦で焼け、真っ白な床を黒く汚しながら減速し、やがてタイムマシン停止した。


 蒼汰はすぐに操縦席から離れ、搭乗口の開閉ボタンを思い切り叩いた。

 そしてタイムマシンの扉が開かれた瞬間、一目散にタイムマシンの外へ飛び出す。


「吉野蒼汰君!?」


 突然外に飛び出した蒼汰に驚愕の表情を浮かべるクリスティアーネ。

 そんな彼女の隣で、真広がシートベルトを外しつつこう叫ぶ。


「シュヴァインシュタイガー、お前はここでタイムマシンを見張っていろ!!」


 真広は蒼汰を追い、自らも扉の開閉スイッチを押してタイムマシンの外に飛び出した。

 タイムマシンの外に出たことによって、真広の全身が白の空間に浸される。


「……これは」


 全身を覆う違和感。

 タイムマシンから出た時には感じることのなかった恐怖すら覚える違和感に、真広は毛が逆立つ錯覚を覚えた。


(もしかしてこの空間、時空間航行路と同質の……)

 

 そうだとすれば、大天使を宿す蒼汰と違い、機械化人間(アンドロイド)であること以外常人の真広が生身でこの空間にいることは自殺行為である。

 

 この場に長時間いることはできない。

 真広は一刻も早く蒼汰を捕まえるため、強靭な脚力を使って一気に加速した。


 みるみる詰まっていく真広と蒼汰の距離。


 だが蒼汰は真広が追いつくよりも先に白い壁を――正確には奥の部屋に繋がる扉に触れ、全身全霊の力をこめて解放した。


 真広は手を伸ばし、蒼汰の肩を掴み、強引に引き寄せた。


「――待て吉野君! いきなり駆け出してどういうつもりだ!?」


 声を荒げて叱責する真広。

 思わず身をすくませてしまうほどの剣幕であり、普通であれば蒼汰は身を縮こまらせていたはずだった。


 だが蒼汰は、至近距離で張られた怒号に屈することはなかった。

 いや、蒼汰の耳には真広の声が届いていなかったのだ。


「吉野君……」


 蒼汰の視線は真広には向いていない。

 彼の視線の行き先を追い、真広のそこへ瞳を『システム・ヴァリアラスタン』へ向けた。


 『システム・ヴァリアラスタン』。

 それは記憶やメンタルの面にまで統制をかけ、人間の負の感情を徹底的に撲滅させることができる。

 人々を矯正して平和をもたらし、人間から争いやいがみ合いという概念すら捨てさせ、平和的人間という発展形態をもたらそうとするシステムである。


 システムと名の付く以上、誰もが『システム・ヴァリアラスタン』を機械だと思い込むだろう。

 だがそこにあったものは機械と呼ぶにはあまりに生々しく、そして可憐だった。


 真広は表情を硬直させ、今までに見たことがないような顔色を浮かべていた。


 二度と出会うことができないはずだった。

 一緒に異世界に飛ばされ、敵同士として殺し合い、そして最後は真広だけを基の世界に還し、自分だけは異世界に残った。


 元の世界に還される前、真広は気を失っていた。 

 意識が朦朧とする中、どこまでも美しく綺麗な彼女の顔を見た気がした。


 それが真広が最後に見た彼女の顔である。

 あれから1日でも忘れることもなく、記憶の中で燻り続けた彼女の顔が、再び真広の瞳に焼き付けられる。 


 真広は驚愕の表情をしながらも、唇を紡ぎ、再び言葉を絞り出した。


「「何で……ここに……」」


 ――こんなところに、いる……。


 不意に蒼汰と真広の言葉が重なった。

 

 そう、彼女はそこにいたのだ。

 

 蒼汰にとって、彼女は家族であった。

 1年前に突如失踪し、その後は何の情報も転がり込んではいなかった。

 人々の記憶から、そして世界の記憶からすっぽりと抜け落ちてしまい、あたかも最初から存在しなかったように、その存在は抹消された。 


 覚えていたのは蒼汰だけであった、1人を除いて。


「――ね、姉さん……」


 吉野美帆。

 吉野蒼汰の実姉であり、そして奥村真広の元同級生である。


 そんな彼女は以前のような美貌を保ち続けているとはいえ、2人の目に映る美帆は、変わり果てた姿でそこにいた。

 目の前の美帆の頭に取り付けられた幾本ものコード。

 胸元に設置されるモニター付きの機器が、何らかの数値を表示している。


 人が入れる大きさの水槽の中で体を拘束され、何らかの液体で全身が浸されていた。


「そ、それに……」


 真広の視線が隣へシフトする。

 彼女の体に取り付けられたコード類は、すぐ隣に鎮座するもう1人の女性にまで伸びていた。

 

「ディルデヴァンガー総帥……」


 過去に真広は、その女性と面識があった。

 彼が以前異世界転移を経験した際、転移先の世界のとある国で出会った女性。

 彼女はその国で政管軍を指揮し、特に戦争において多大な実績を上げた。

 1歩進んだ他世界の軍事技術を、その世界の軍事技術と統合させ、圧倒的な戦闘力で敵軍を粉砕するという戦略を立て、それを成功させてきた。

 その戦略は評され、ファルネスホルン聖域で『令嬢総帥の異世界征服マニュアル』とあだ名をつけられたものだ。


 名をエレナ・フィルデナント・ディートリヒ・エーアリンガー・カルテンブルンナー・ジークフリート・ディルデヴァンガー。

 

 ファルネスホルン最高評議会所属の女神であり、世界を統治する管理者である。


 そんな彼女が吉野美帆――『システム・ヴァリアラスタン』という人体コンピューターと接続され、水槽の中で碧眼の瞳を覗かせていた。

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