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再びの対峙

 麗の猛烈な攻撃は、死にぞこないの『Mmw』を仕留めるには十分過ぎる規模だった。

 吹っ切れた……いや、かつての自分を取り戻しつつある麗の力が、この戦いを平定したのだ。


 敵を討つという役目を終えた兵器群が再び光に包み込まれ、そして四散する。


「……」


 麗は言葉を発することなく、静かに息を吸っている

 後藤への間接的な反逆行為を行ったが、その心は平穏そのものである。


「お疲れ様、藤ノ宮」


 彼女の様子を微笑ましく眺めていた蒼汰が、麗にねぎらいの言葉をかける。 

 

 蒼汰の声に反応した麗。

 彼の方へ振り向き、微笑みを湛えて返答する。

 

「……あなたのおかげよ吉野君、ありがとう」


 麗の微笑みが笑顔へと昇華する。


 彼女の後藤に植え付けられた洗脳――義務、責務などに支配的なまでに執着、隷属してしまう呪いは薄れかかっている。

 それを体現するように、今の麗の表情は柔らかだった。


「……何だか、とっても清々しい気分だわ……」


 これから彼女は、自分の心に従って蒼汰の傍にいるだろう。

 麗のやることは変わらない。

 形だけ見れば、今まで通りに彼女は義務に追われて任務を完遂せんとする組織人である。

 

 それでも決定的な違いがそこにあった。

 吉野蒼汰の補佐をするという同じ目的であれ、そこにかける想いの種類が異なれば、心のあり様も異なってくる。


 義務か己の意志か。

 以前の麗は前者だった。

 己の意志がないわけではなかったが、それでも後藤に植え付けられた義務に固執させる呪いのせいで、義務が支配的なまでに膨らんでいた。


 だが今は違う。

 自由な己の意志で掴み取りたい世界に想いを馳せ、麗は純粋な心で再び顔を綻ばす。


 彼女は彼女を縛る過去を忘れることはないだろう。

 だが今回の出来事を通じて、過去を乗り越えるだけの勇気と力を手にしたのだ。


 もう心配する必要はないのかもしれない。


 誰もが、麗はもう大丈夫だろうと思っている。

 

 だがしかし、この場に1人、麗の復活を喜ばない者がいる。

 その者は麗の心変わりを良しとせず、トラウマに支配された状態の彼女を最も便利な手駒と認識する男である。


 一度殺され、その身を自身の血で彩った男が、熟練した動きで蒼汰の背後に立つ。


 左腕で蒼汰の首元を拘束し、右手で握った拳銃を蒼汰に突き付けた。


 その場の人間が異変に気が付いた時には、すでに状況は一変していた。


「あ……」


 麗の柔和な表情が崩れていく。

 

「――まったく、手間をかけさせてくれるものだ」


 その声、その言葉の1つ1つが麗の築き始めた自信にひびを入れ始める。


 麗は血色を失いつつある唇を震わせ、トラウマの権化たる男の名前を呼ぶ。


「後藤支部長……」


 克服しかかった麗の心に、再び陰りが見え始めた。

 

 2人の再会は予期せぬ異常事態だった。


 麗の全身に嫌な汗が流れ出す。

 胃に不快感を覚え、今にも吐き出しそうになりながら体を震わせる麗。


 自分の思い通り――そう言いたげな表情で麗の様子を満足そうに眺める後藤。

 

 後藤と麗の間で起こる静かな騒乱。

 そんな2人の空気に水を差すように、真広がサーベルの鍔を鳴らして前に出る。 


「もはや貴様が勝利を宣言することなど不可能だと、この場の全員が思っているだろう――貴様を含めてな」


 真広の言うことは真理である。

 何故死んだはずの後藤が生きて、この場に立っているのかは分からない。

 だが、そんなことを詮索するべきは今ではない。


「もう無駄だ、銃を下ろしたらどうだ?」


 後藤は蒼汰を人質に取っているとはいえ、状況が有利に動いたとは言いにくい。

 周囲には蒼汰の仲間たちが集結しており、後藤は完全に四面楚歌である。


 だが真広の忠告には従わず、後藤は蒼汰のこめかみに拳銃を押しつけ続ける。

 

 どこか不気味な余裕を垣間見せる後藤。

 何やら策でも備えていると言いたげな表情で、静かに口を開き始める。


「ここまで派手にやられるとは思ってなかったよ、2033年におけるレジスタンス日本支部残党の精鋭部隊、本当なら彼らに君たちを討ってもらう予定だったのだがな」


 ――精鋭部隊の魔法使い。

 図書館を包囲した国際保安理事会を排除し、続けて蒼汰たちを襲った連中である。

 蒼汰たちを迎え撃つため、彼らが国際保安理事会によって使役される魔法使いだという認識を植え付けたのだが――


「君たちは彼らを撃退し、さらに別動隊を撃墜するだけの戦果を挙げた。おかげで『Mmw』を2体、そしてこの世界でも7体投入することを決定したのだが」


 ――レールガンの『ヤマタノオロチ』まで奪取される始末だ、ここまで追い詰められるとは想定外だった。


 蒼汰たちが続いて向かった2022年は、東京が壊滅した後の分岐世界。

 その世界線ではレジスタンス日本支部は壊滅状態、現地のレジスタンス隊員に迎撃に向かわせることは不可能。

 よって予備作戦用の『Mmw』を投入した。

 だがそれも退けられ、次にレジスタンスも健在のこの世界線、この時代において、残存『Mmw』に加えてレールガンも投入する総力戦を仕掛けた。

 

「……どれだけ君たちのタイムマシンの到達地点に誤差が生じようとも、外で観測する私は、誤差なくタイムマシンの到達地点を絞り込むことさえできたのだが……」


「――タイムマシンの行き先を正確に探知し罠を張っても、こちらの戦闘力を過小評価してしまったのが貴様の敗因だ」


 後藤の言葉を遮り、真広が事の真相を白状する。

 

 真広の言う通り、すでに後藤の敗北は決している。

 今では後藤の揃えた戦争道具は全て灰に帰しているのだから。


 現在日本支部に駐留するレジスタンスは壊滅、『Mmw』も全滅、レールガンはエーデルワイスの手に堕ちた。


 後藤の足元は崖っぷちだ。

 そんな状況の中、黒幕は蒼汰を人質に取っている。

 

 先ほどから見せている後藤のしたり顔。

 焦りの表情を浮かべながらも、最後の手段を呼び起こすために、後藤は彼女の方へ視線を送る。


 それは後藤にとって最も有能な駒であった。

 至上命令の名の元に、どんな汚れ仕事でも請け負わせてきた。

 

 失ったそれを奪還し、もう一度従順な人体兵器として転生させるため、後藤は命令を下す。

 

「――藤ノ宮麗、こちらへ来るんだ」


 後藤が彼女の名前を呼ぶ。

 かつて彼女に虐殺を命じた時と同じ声、同じトーンで。


「どうした。私の命令が聞こえないのか?」

 

 麗は何も答えない。

 動揺が仕草に見て取れるが、それでもその瞳には何か強い光が宿っていた。


「――あなた、いい加減にしたらどう?」


 そこへ痺れを切らしたクリスティアーネが、2人の空間に介入する。


「もう抵抗は無駄よ」


 クリスティアーネの拳銃が後藤を見つめる中、彼は意に介す様子もなく口を開く。


「クリスティアーネ・シュヴァインシュタイガー、君には私の部下の世話になったな」


 『ミコト研究機関』において、クリスティアーネからアルフレッドを守るために後藤の配下が送り込まれた。

 スパイであることが露見したクリスティアーネは彼らと戦闘を行い、返り討ちに遭った。

 そして情報収集その他のため、彼女の身柄を後藤が確保していたのだ。


「だが敢えて囚われの身の状況を利用し、諜報活動を行っていたわけか」


 自力で拘束を解き、監禁場所を抜け、タイムマシンを奪取し、後藤を追いかけてきたのだ。

 

 蒼汰たちの反撃に翻弄され、用意していた手駒を次々に失いつつあった後藤。

 崖っぷちに立たされた奴は、きっと積極的な方法に――自らが前線に立って蒼汰に銃を向けるだろうと、クリスティアーネは踏んでいた。


 そして彼女は『Mmw』の投入が計画されていることを知った。

 だがそこで得られた収穫はそれだけではない――


「あなたとアルフレッドは……いや、反体制派(ファントムフューリー)体制派(システマイザー)側のアルフレッドは協力関係ってことね」


 ――だからあの女から魔導兵器――『Mmw』を貸与されていたのね。


 それはファルネスホルンでも不確定ながら噂されていた情報である。

 体制派(システマイザー)の協力者であり、今では重鎮扱いであるアルフレッドが、敵対勢力の反体制派(ファントムフューリー)とも繋がっている。


「あのデカブツは体制派(システマイザー)の『第4計画』の産物、アルフレッドの資金提供を基に建造された兵器だということも掴んでいるわ」


「なるほど、アルフレッドの元護衛役なら知っていて当然だな……さて、もういいだろう」


 後藤はそれまでクリスティアーネに向けていた視線を、今度は麗に向け始める。


「さあ藤ノ宮、そろそろお家に帰る時間だ」


 再び牙を剥く後藤の言葉。

 麗は後藤の指示に従う様子を見せないが、拒否する姿勢も見せてはいない。

 葛藤の狭間で揺れ動かされ、プレッシャーが重く彼女に圧し掛かっていた。

 

「もう一度言う、こちらへ来るんだ。君は私の命令を聞く義務が――」


「――それ以上はさせん、貴様は、ここで私と運命を共にするのだからな……」


 後藤の言葉が、第3者の言葉によって遮断される。


 その瞬間、蒼汰の首に腕を巻く後藤の胸から血が吐き出され、生暖かい感触が蒼汰の頬をなぞる。


 すぐ近くで何か起きたのか。

 蒼汰は恐る恐る後藤の方へ瞳を向けると、そこには深々と突き立てられた刃が存在していた。

 

 蒼汰他、その光景を誰もが見つめていた。

 それは麗も例外ではない。


 突如麗の自分にかけられる洗脳じみた後藤の言葉が途切れ、心の緊張が和らいだ。


 そして心のゆとりが状況判断能力を活性化させ、目の前に移る光景を鮮明に理解し始める。

 だからこそ、麗は後藤を刺突した人物が誰であるかを理解する。


「……諜報……長官」


 彼の名を呼んだ。

 後藤の元から攫い、兵器として、娘として麗を見てきた神の名前を。

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