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麗の帰還

「――麗!」


「――麗ちゃん!」


 ヘスティアと幸奈が駆け出したのは同時だった。

 いくつかの世界線を渡り歩き、それと同じ数の死線を潜り抜けた末の再会。


 2人の駆け足は徐々に速度を増していく。

 それに応えるように、蒼汰の腕から離れた麗も前へと飛び出した。 

 

「――ヘスティア、幸奈」


 そして麗はヘスティアと幸奈の体に腕を巻き、反対に2人は麗に腕を回す。


「ヘスティア、幸奈、心配かけたわね……」


 久しぶりに見る仲間たちの顔。

 長期間にわたる監禁で衰弱した麗の心を解きほぐすかのような、2人優しいハグが麗を包み込んでいる。

 

「こうして来てくれて、とても嬉しく思っているわ……」


 麗は嬉しさで頬を赤らめ、涙の滲んだ瞳を細める。


「そうですね、私も逢えて嬉しいですよ」


「私も、私もだよ!!」


 ヘスティアと幸奈も同じである。

 仲間として、そして良き友人と認めている麗が戻って来てくれた。

 まだ回復し切っていない体に鞭を打ち、2人の少女は麗を抱くことを優先する。


 そんな魔法少女たちの邂逅を遠巻きに見つめている2つの視線。

 破壊された『Mmw』の傍らに佇む真広とクリスティアーネである。


「――ようやく麗は過去を乗り越えるための1歩を踏み出した、そんな感じですね」


 微笑ましそうに頬を緩めるクリスティアーネ。

 麗とは短い付き合いとはいえ、一緒の任務に就いたこともあり、オフの日に交友を交わしたこともある仲なのだ。


 真広はホカホカとした表情のクリスティアーネの横顔を見つめ、浮かび上がってきた違和感を口に出した。


「お前はそんな性格ではないと思っていたんだがな」


 唐突な真広の感想に、クリスティアーネはムッとした表情を作る。


「私だって少しは変わります、ただの戦争人形のような物体から多少は成長したんですから!」


 今にもプンスカという擬音が聞こえてきそうに怒るクリスティアーネ。

 両手を腰に当て、赤い瞳で真広を睨み上げる。


「俺は以前のお前しか知らなかったから、当時の固定観念があって……すまん、謝るよ」


 真広は彼女から目を反らしながらも、たじたじとした不器用な謝意を見せる。


「全くです……それに、変わったのはあなたもですよ」


クリスティアーネは頬を萎ませ、真広に微笑みかける。


「そうだな……まあ、俺の場合は変わったというよりも、元々の俺に戻ったという方が正しいかな」


 そう言いつつ、真広は空を見上げる。

 自分を変わらせてくれた女性に想いを馳せる。


 戦闘の緊張が抜け、真広とクリスティアーネの間にも平穏が訪れた。

 2人にも微笑みが浮かび、談笑が始まる。


 だがそんな雰囲気を壊す出来事により、事態は一変する。


 それが起こったのは、クリスティアーネが軽い冗談を交えた瞬間だった。


 真広は腰のサーベルに触れ、クリスティアーネは服の下からアームを伸ばす。


「……奥村さん、今の音、震動は……」


 直前まで軽口を語っていたクリスティアーネの表情に戦意が浮かぶ。


「撃破確認は、もう少し慎重に行うべきだったな」


 そして2人が味わった音と震動は、大きくなって再び巻き起こる。

 乱雑に散らばった『Mmw』の残骸をかき分けるように巨大な何かが動き回る。


「……生き残りだ」


 そんな真広の呟きは、巨大な足が瓦礫を押しのける音によってかき消される。

 その直後、ようやくそれが姿を現す。


 レールガンによってボロボロにされた装甲を地面に落としながら首を持ち上げる長砲身が、息を吹き返したのだ。


 その1機は歪んだフレームにアームの稼働を阻害されようとも、何かにとり憑かれたように必死になって砲身を動かしている。


 動きは鈍重、だが確実に砲身の矛先を徐々にアジトに向かって向け直している。

 

「運よく直撃を免れた個体か……まあいい」


 真広は腰のサーベルを握り、涼し気な音を立てながら刀身を引き抜く。


「殺し損ねたのなら、今度は殺し切れるように徹底するだけだ」


 抜いたサーベルを下段に構え、真広は腰を低く落とした。


「――待ってください!!」


 クリスティアーネは今にも飛びかかろうとする真広を制止する。

 

「あれは彼女に、麗にやらせてあげてください」


 そう主張するクリスティアーネの表情は真剣そのものだった。

 何か深い想いを抱いた上での発言、真広はそんな彼女の表情に引き込まれるように足を止める。


「みなさんはきっと嬉しがっています。再び麗が帰ってきたことを、そしてきっとこうも想っています」


 ――囚われの記憶に渦巻かれた麗が、強さを取り戻した麗として舞い戻って来てくれた姿を見たいと。


 後藤と再会し、委縮し切った麗。

 だが仲間たちが麗に被さる蓋を取り払い、彼女自身が過去を乗り越えようとしている。


 『Mmw』にとどめを刺すことは後藤への反旗に他ならない。

 だがそれを達成できれば、きっと麗が自信を強めるきっかけにもなりえる。

 そしてその姿を見ることができれば、本当の意味で彼女の帰還を実感できよう。


「――こうして顔を見せてくれたあの子に華を持たせてあげるんです――麗! 受け取りなさい!!」


 クリスティアーネは服の下に忍ばせたアイテムを握り、それを姿を現した麗に向かって投擲する。

 

 麗に向かって何かが投げられたことに反応した『Mmw』の1体。

 その巨大な砲身を麗に向け直し、爆発的な魔導砲撃を敢行するためのエネルギーチャージを開始したていた。


 麗は自らに迫る物体を右手でキャッチ。

 ズシリと手の内にかかる重量を感じ、麗はその物体へと視線を吸い込ませる。


 それは後藤に回収された麗の霊装――小型拳銃であった。


 クリスティアーネはただ身を隠していたのではない。

 自分の生存を隠蔽し、密偵活動で麗たちに利益をもたらそうと暗躍していたのだ。


「――麗、私たちがリフレクターを展開している間に、あなたはあれを討ってください!!」


 そう言いつつ、ヘスティアが麗の横を抜け、前に出る。


 ヘスティアは両手を前方に突き出し、半透明に輝くリフレクターを斜めを向くように展開。

 彼女に倣って前に出たユキナも同様に、リフレクターを展開する。


 ヘスティアとユキナは万が一の魔導砲撃に備え、砲撃の軌道を反らすことに徹する姿勢を見せている。


彼女たちは攻撃に関与する素振りを一切見せず、最後のとどめの全てを麗に託そうとしている。


収容所の檻から、そして心の檻から逃げ出すことのできた麗。

もはや彼女は囚われの少女ではない。


差し伸べられた蒼汰の手を握り、彼女は自分で自分の殻を破ることができた。

 

 麗は契約を交わすように、手に握られた拳銃に唇を当てる。

 

 ――もうしばらく、あなたの力が必要になりそうね。


 口を離した拳銃をぎゅっと握り、こう呟いた。


「――私はきっと大丈夫……」


 妹を撃ったこの拳銃を持っている時、いつも亡くなった妹の表情がちらついていた。

 彼女の表情は悲し気で、麗に笑った顔を見せてくれることはなかったのだ。


「――私はもう、戦える……」


 だが今は、僅かながら麗奈の表情に華が咲き始めている。


 妹を撃ったことを忘れない。

 忘れないために捨てることがなく、肌身離さず持ち続けた記憶。


 それが徐々に光を放ち、それに連動して麗の周囲に数多の光が現れ始める。


「――ねえ、吉野君」


 麗はに後ろを振り返り、自分を見守る少年の名前を呼ぶ。


「私、これからもあなたと共に戦い続けるわ」


 魔力光を放つ拳銃を胸に抱き、勇気を出すように声を絞り出す。


「私も頑張るから、応援してくれる?」


 麗は懇願するような瞳を蒼汰に向け、彼の答えを待った。


 見たことのない麗の瞳に吸い込まれそうになりながらも、蒼汰は彼女の期待に応えるべく、胸を張って応答する。


「ああ、もちろんだよ」


 次々と霊装によって頑強な兵器群が姿を現す中、彼女の表情と声音はとても柔らかく、蒼汰たちの表情をも柔らかくしていった。

 

 いつエネルギーチャージが完了するかも分からない『Mmw』。

 そんな緊張の中、ヘスティアとユキナにも自然と微笑みが浮かび始めていた。


 ヘスティアとユキナは、振り向かずに声だけで今の気持ちを表明する。


「――おかえりなさい、麗」


「――おかえり、麗ちゃん」


 ヘスティアとユキナの口調は穏やかなものだった。

 勝手にいなくなってしまった麗の帰還を歓迎し、再び3人が集うことに嬉しさと喜びを表す微笑み。


 自分のために見せてくれた笑顔に感謝しつつ、麗もそれに応えたいと思い、そして言った。


「――ええ、ただいま」


 真広とクリスティアーネが『Mmw』から退避したことを確認し、麗は攻撃を開始する。

 陸上に展開した軍用車両軍、そして空に現れた戦闘機から、破壊の権化たるミサイルが射出される。


 それらは吸い込まれるように1体の『Mmw』へと突き進んでいき、そして着弾。

 

 直撃はせずとも、レールガンの衝撃に翻弄され、瀕死の状態の『Mmw』。

 すでにボロボロに破壊された装甲は、麗のミサイルを退ける余裕もなく弾け飛んだ。

 

 内部構造にまで到達したミサイルの炸薬が炸裂。

 一切の内部回路を根こそぎ破壊できるだけの爆発が、爆風を生み起こし麗の髪とスカートを揺さぶった。


 炎と噴煙に巻かれた残骸が地に落ち、巨大な砲身は力なく首を垂れる。

 

 再起動の予兆なし。

 『Mmw』が藤ノ宮麗という魔法少女の手によって、完全に止めを刺された瞬間であった。

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