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彼女の始まり➂

「……」


 彼女は真っ暗な部屋にいた。

 母親と妹を銃殺してから数時間後、彼女は遺体の処理が終わった収容所に投獄されていた。


 命令不服従による禁固刑。

 麗は麗奈を自らの意志で撃ち殺すことができず、鉄格子の中へと入らされた。

 

 妹の血の臭いの消えない忌むべき場所で、麗は膝を抱えて虚空を眺めていた。

 

 最愛にして、生きる意味であった妹を亡くした。

 後藤が引き金を引かせたしても、麗が殺したも同然である。


 流しても流しても枯れない涙を流し続けながら、麗の心は罪悪感と哀しみに食いつくされていった。


 ――妹を殺したのは自分だ。

 ――もっと職務に忠実で、義務に服従するだけの気合を見せていれば、あの男は麗奈を殺すように仕向けなかったかもしれない。

 ――でも嫌だった、そんなに責任感に縛られたくなかった。

 ――あの男の課す異常な義務を全うする日々なんて嫌だ。

 ――でもそうしないと、そうしないと……


 ――そうしなかったから、麗奈が死んでしまったのではないか。 


 地下にあるこの収容所では、日の光も当たらなければ時計もない。

 今が何時で、何回太陽が顔を出したのかも分からない。


 一睡もできず、投獄生活を一秒一秒噛みしめながら生きる日々。

 

 1週間が経ったある日、麗は釈放された。

 手首にはめられた手錠が外され、久しい太陽の光に目を細めた。


「――藤ノ宮、今日から君は特別任務を負うこととなる」


 後藤直属の特務。

 

 この時、すでに後藤は反体制派(ファントムフューリー)と合流していた。


 数多に蔓延る世界の中で、自由自在な平行世界、そして時間軸に飛ぶことのできる技術を持った後藤の世界。

 そしてその技術をタイムマシンという手段で所持する後藤は、神にとっても重宝される人材であった。


 反体制派(ファントムフューリー)は後藤に協力を迫った。

 この時、反体制派(ファントムフューリー)は秘密裏にある計画を進めていた。


 ――『タイムパラドックス計画』


 過去に遡り、大天使発現を直前で阻止する計画である。

 莫大なエネルギーが大天使を形成させる瞬間に介入し、そのエネルギーを根こそぎ奪い取っていくことで大天使の出現を阻止。

 そして奪取したエネルギーを兵器転用させるという一連の流れが『タイムパラドックス計画』である。


 大天使殺害が反体制派(ファントムフューリー)の理念であり、彼女が初めから存在しなかったことにしても、理念は果たされるのである。


 後藤がいなければ成し得ない計画。

 彼の協力を取り次ぐために、反体制派(ファントムフューリー)は莫大な見返りを提示することを約束。


 それに対し、後藤はエネルギーの一部を提供するように要求した。

 話を聞く限りでは、大天使は想像を絶するほどの莫大なエネルギーをため込む未知の存在である。

 そのエネルギーがあれば、きっと後藤は()()を叶えられる。

 

 所詮、後藤は神に利用されるたった1人の人間に過ぎないのかもしれない。

 それを理解してでも、後藤はそのエネルギーを欲したのだった。

 

 後藤の野望と反体制派(ファントムフューリー)の要望を叶えるために、麗の力は非常に頼りとなるものだ。

 大天使発現を阻止しようとすれば、それを阻止しようとする勢力の介入が予想される。

 それを退けるためにも、麗の武力は必要である。


 この時同時に、とある超大組織が藤ノ宮麗という逸材に目を光らせていた。


 それがファルネスホルン最高評議会である。

 来たる大天使実験に備え、実験場である蒼汰の世界に設立された日本支部が、麗の奪取に力を入れていた。


 そしてそこの諜報課の長官である1人の神が、自分の世界の住人である麗に接触した。


「――藤ノ宮麗、だな」


 突然かけられた声に、麗は激しい警戒感を露わにした。


 だがそれもすぐに委縮した。

 巨人を前にした小人のように、麗の全身に戦慄が走った。


 魔法使い……いや違う。

 今までに感じたことのない重圧感が、目の前の男から発せられていた。

 思わず屈服させられてしまいそうなほどの強大な威圧感を漂わせる男が、再び口を開く。


「――君が理解できないかもしれない、納得もできないかもしれない。それでも、君にはこちら側に来てもらいたいと思っている」


 男の突飛な発言。

 彼が何を望み、なぜ麗を欲するのかは分からなかった。

 

 分からない、分からないからこそ目の前の男がどこまでも怪しく、武器を取れと直感が叫んでいた。


 怪しい、いや不可思議と表現する方が正しかっただろう。


 その理由を、麗自身の口で表現する。


「あなた……人間じゃないわね……」


 その言葉。

 創造主に慄いた状態の麗の震えた言葉に、諜報長官の身が震えた。


 ――何て目をしてるんだ。


 麗のことは事前に調べがついている。

 望まぬ魔力体質に恵まれ、迫害され、理解者であった父を、そして妹を亡くした。

 そして後藤という男によってトラウマを植え付けられ、今では身を任せたくもない義務や責務という者に囚われている。


 それでも麗の瞳には強い光が宿っていた。

 

 この子は非常に強力な駒になる。

 敵対組織に対抗するための矛に、そして『ゼネラルメビウス』完成のための柱に。

 

「――すまないが、私と共に来て欲しい」


 神にとって人間は子供である。

 だが自分の世界に無数に存在する人間を抱える神にとって、人間に1人1人に特別な愛情を抱くことは稀有なことだ。


 諜報長官自身、人間を所有物としか考えていなかった。

 それでも、人間に対して情がないわけではない。

 彼女の駒として捕まえることに、抵抗を感じないわけではなかった。

 だが、最高評議会の圧力には逆らえない。


 だから麗の意志とは関係なしに、無理やりにでも彼女を自分の道具箱の中に連れこもうと思っていた。


「これも運命だ。君には神の元で有能なる働きを期待する」


 震えるだけで何もしてこない麗への最終通告を終え、諜報長官は麗に歩み寄る。


 彼女は諜報長官の圧倒的な圧力を前に委縮し切っている。


 抵抗の心配はない。

 諜報長官は警戒もせず歩み寄る。


「さあ行こう」


 彼女の手を取るため、諜報長官は手を差し出した。

 

 麗は自分に差し出された手のひらを一瞥し、数秒の時を経て手を差し出した。


 彼女が諜報長官の手を取れば、麗は晴れてファルネスホルンにとっての駒となる。

 その時、期待を胸に秘めていた諜報長官の手に激痛が走ったのであった。


「――あなたも……ですか」


 諜報長官の手のひらから、ずるりと刃が抜け落ちる。


「――あなたも私を……」


 霊装によって生成したナイフを地面に落とし、今度は小銃を披露してみせるのだった。


 それは麗の宣戦布告だった。

 そして麗による、諜報長官への本格的な攻撃が始まったのである。

 

 麗の全身全霊をかけた武装召喚、そして大地を揺るがす一斉砲撃。

 だがそれも、神の前では無力だった。


 砲撃もミサイルも爆撃も、この世のあらゆる暴力を網羅した麗の奮闘は成す術なく打ち砕かれた。

 

 


 諜報長官に打ち負かされ、麗は元の世界を後にした。

 ほぼ拉致に近い形で連れ出された麗であったが、その後は抵抗をすることもなく従順であった。


 ファルネスホルン最高評議会に連れて行かれ、この世の真相を聞かされた。

 とはいうものの、これまで人間の世界を出たことのない麗にとって、それは違和感なく受け入れられるようなものではなかった。


 だが、麗が理解しようがしまいが関係はない。

 彼女をファルネスホルンにとっての構成員として差支えがないように洗脳を施し、そして諜報長官の元、とある世界に設立された日本支部に配属となった。


 そして諜報員として、敵対勢力への工作活動に勤しむことになったのである。

 そんな忙しい日々を送る中、ある日、諜報長官から命令が下された。


 大天使を宿した少年の補佐監査任務。

 

 大天使――その名前は、これまで何度も聞かされていた名前である。


 そんな大物を宿らせた少年の傍で、『ワルプルギス文書』の回収をサポートするのが麗の任務である。


 大天使が宿り、その存在が露わになるのは1年後である。

 それまで麗は他の諜報員や、ユーロ支部のクリスティアーネと共に諜報活動に従事していた。


 そして2019年、大天使が姿を現したのを確認し、麗は蒼汰に接触した。

 その日に大天使が姿を現すという情報は、ファルネスホルン以下、体制派(システマイザー)反体制派(ファントムフューリー)も掴んでいた。


 だが実際に大天使が出現する前に蒼汰に接触してしまい、それが大天使の出現に影響を与えてしまう可能性を考慮し、どの勢力も運命の日までは積極的行動に移ることはなかった。


 故に蒼汰は、1年間自らに宿る異質な存在に気が付かずに過ごしていたのだ。


 そんな表面上は平和な生活を送っていた蒼汰を、麗は陰ながら監視していた。

 麗はこのようにファルネスホルンに来てからも、洗脳によってトラウマを抑えつけらけた上で義務に縛られていた。


 その洗脳下にあろうとも、麗の葛藤が消えたわけではない。

 諜報長官は麗の心情を察してはいるが、それでも彼女の力を悪く言えば利用しようと考えている。


 それでも、後藤の下にいる時よりも遥かに楽だった。


 麗奈を殺してしまった傷も徐々に癒え、心に余裕を持つこともできるようになった。

 そんな頃、麗にも年相応の女の子らしい心が取り戻されていった。


 17歳。

 本来であれば高校2年生の女子高生として、青春時代を楽しんでいる時期である。

 だが、麗は昔から常人としての生活を捨てざるを得なかった身だ。


 過酷な日々を送ってきたからこそ、同じ世代の女の子よりも成熟した精神を持つ。

 それでも、彼女は1人の少女である。


 恋愛だって憧れていた。

 愛しい人と恋人らしいことをしてみたいと妄想していたものだ。


 そんな人に心の痛みを聞いてもらって、同情するように心を痛んでくれたらどんなに嬉しいことか。 

 自分の気持ちを共感してくれる人を、待ち焦がれている。


 だけど、後藤と再び顔を合わせたことで、洗脳の効果を吹き飛ばすだけの衝撃を受けた。


 自分が壊れてしまう前に、助け出して欲しい。


 自分の名前を呼んで、この牢から連れ出して欲しい。


「――!!」


 ……何だろう。


「――――!!」


 ぼんやりした思考の煤を払いのけるように、誰かの叫びが轟いていた。

 その声の主は麗を夢の世界から連れ出すように、必死に手を伸ばし続けていた。

 それに応えるように、麗の意識は覚醒へと向かう。




「――藤ノ宮!!」


 記憶の渦から現実へと回帰させる少年の声。

 

 ゆっくりと持ち上げた瞼の先に広がる外の世界。

 みすぼらしい収容所に備え付けられた鉄格子が、真っ先に麗の視界に映った。


 もはや麗にはこの牢屋の光景も見慣れたものであったのだ。

 

 だが今は、見慣れた光景にも変化が訪れていた。


 自分を助けるため、自分の殻を打ち破るために来た吉野蒼汰という少年が、鉄格子の向こうにいたのだ。

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